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待ち人来たる

レオンハルトの姿が視界から消えて。


ケインバッハは、ゆっくりと頭を上げた。


今、自分はどんな顔をしているだろう。


幸せなのに、辛い。

嬉しいのに、泣きたくなる。


後悔はしていないのに。


不安に呑み込まれそうになる。


この幸せに、酔っていいのだろうか、と。

そんな資格が自分にあるのか、と。


分不相応の幸せを恐れるのは人間の常で。

何か不自由がある方がむしろ安心していられるものだ。

これ以上、奪われることも失うこともないと。


迷いそうになって、大きく息を吐いた。

最後に見たレオンハルトの顔を思い出す。


馬鹿なことを考えるな。


『頼んだ』


そう言って笑った、誇り高い男を失望させるな。


自分の手を取ってくれた愛しい女性(ひと)の信頼を裏切るな。


人生に転がり込んできた最大の幸運を、自分が疑って何になる。


罪悪感も、不安も、申し訳なさも、切なさも、感謝も、すべて抱え込んで。

墓場まで持っていく。


そうして最後までエレアーナを愛しぬくのだ。


貴方で良かったとエレアーナが笑えるように。

お前で良かったとレオンハルトが笑えるように。


もう一度、深く息を吸い、気持ちを整える。

それからケインは温室の扉を開けた。


王宮付きの侍女が用意したお茶を飲みながら、ガラス越しの花を眺めていたエレアーナは、扉を開けて入ってきた人物を見て、嬉しそうに顏を綻ばせた。


「ケインさま」


さっと椅子から立ち上がり、裾を持って礼を取る。


「お礼を申し上げるのが遅くなりまして。先ほどは助けて下さってありがとうございました。ケインさまがいて下さって、本当に心強かったです」

「大したことはしていない。君が無事なのは、駆けつけてくれた皆のおかげだ」

「でも」


歩を進めて側まで近づくと、何もしていないのにエレアーナの頬が紅く色づいて。


「・・・え?」


その反応に驚いて、思わず声が漏れる。


「も、申し訳ありません。なんでしょう、急に胸がドキドキしてしまって・・・」


両手で頬を抑え、小さな声でそう呟くと俯いてしまう。

その仕草が可愛くて、抱きしめたくなる衝動をぐっと堪え、少し屈んで耳元に口を近づけ、そっと囁いた。


「そんなに心配しなくても取って食べたりしない。というより、まだそれが出来ない。婚約どころか、まだ君のお父上の許しも頂いていないのだから」


耳朶に吐息がかかるほどの距離で柔らかく譬く低音を注ぎ込まれ、エレアーナの頬がますます朱に染まる。


あたふたする姿が可愛くてさらに何か仕掛けたくなる衝動に駆られるが、壁と同化して沈黙を保ってくれているとはいえ、いい加減、侍女の目も考慮しなくてはいけない。


耳元から顔を上げ、今度は目を覗き込みながらこう告げた。


「お楽しみはまた別の機会に取っておくとして。ルシウス卿たちが来られるまで、一緒に待たせてもらっても?」


告白前までの遠慮がちな態度とは打って変わった、余裕も多分に含んだ攻めの態度に動揺してしまったエレアーナは、その言葉にただ黙って頷くしか出来なかった。



◇◇◇



話し合いを終えたルシウスたちが迎えに来たのは、夕刻に近い頃だった。


「待たせたな、エレ」


アイスケルヒ、続いてルシウスが扉の向こうから顔を覗かせる。


椅子から立ち上がって駆け寄る姿に大事な家族の無事を改めて実感したのか、ふたりはケインに向き直って頭を下げた。


「賢者くずれが現れたときにもし君が側にいなかったらと想像するだけで、恐ろしくて気が狂いそうになる。賢者さまが治癒してくださったとはいえ、手首の骨を傷めてまで守ってくれたそうじゃないか。本当に感謝している」

「いえ、当然のことをしたまでです。ですが、エレアーナ嬢が無事だったことは自分も安堵しております」


ほんの少し口角を上げてそう語るケインバッハと、それを眩しそうに見上げる娘の表情を見て、ルシウスは、ふむ、と何やら納得したようで。

対するアイスケルヒは少し眉根を寄せていた。


王城から自邸へと戻る馬車の中のこと。


揶揄い混じりでルシウスは口を開いた。


「私たちが迎えに行った時、あの場でお前と一緒にいたのが殿下ではなく、ケインバッハ・ダイスヒルだったのは、つまり、そういう事だと理解していいか?」


思いきり渋面になるアイスケルヒの隣で、エレアーナが真っ赤になって俯いた。


それが答えと判断したルシウスは、わざとらしくため息を吐きながら、アイスケルヒにこう言った。


「やれやれ。どうやら、この子との婚約を願い求めて、彼が我が邸を訪れる日もそう遠くなそうだな。なぁ、ケルヒ」


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