王太子の恋の行方
「エレアーナ! 無事だったか!」
王城に到着し、馬車を降りるなり、ルシウスが娘のもとへと駆け寄った。
「お父さま。ご心配をおかけしました。皆さまが守ってくださったおかげで、この通り無事でございます」
「賢者くずれが現れたとき、ケインバッハがエレの側にいたようで、彼は怪我を負いながらもエレを警護の者たちのいる所へと逃してくれたそうです」
「そうか・・・。ケインバッハ、すまんな。心から感謝する」
「いえ、当然のことをしたまでです。どうか頭をお上げください」
頭を下げるルシウスを、ケインバッハが必死に止める。
「それに自分は大して足止めも出来ませんでした。まだまだ腕が未熟で、カーン団長たちが駆けつけてくれなかったら、どうなっていたことか・・・」
「いやぁ、あんな大きい石が吹っ飛んでくるのを、ケインは逃げもせずに二つも砕いたんだ。騎士でもないのに大したやつだよ」
ケインバッハにとっては、素手であの大きな石を砕いたカーンこそ「大したやつ」なのだが、カーンは酷く嬉しそうに褒めてくれた。
「父上、とりあえず皆への礼はまた後ほどと致しましょう。陛下も執務室にてお待ちですし、エレもまだ緊張が解けていません。どこかで少し休めるといいいのですが」
「む、そうだな。またあの男の話を聞かされるのも辛かろう。報告が終わるまで、どこか別の場所で待てるか? エレアーナ」
「それなら、庭園に茶を用意させようか?」
最後に馬車から降りてきたレオンハルトが、ルシウスたちに提案する。
「外は寒いから、温室内の休憩室はどうかな? そこなら花も楽しめるし」
「ああ、それは有難い。お心遣いに感謝いたします、殿下」
「では早速、用意させるからね。エレアーナ嬢、こちらへどうぞ」
「は、はい」
侍女にお茶の用意を言いつけてから、王宮の庭園を抜け、奥の温室へとレオンハルトが案内する。
休憩室の扉を開けると、テーブルへと案内して座らせ、報告が終わったら戻ると言って出て行った。
間もなく侍女たちがやって来て、お茶の用意をしてくれた。
休憩室はほんわりと温かく、大きく張られたガラス越しに咲き乱れる花々が美しい。
「綺麗・・・」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
香り高いお茶を飲み、花を眺めているうちに、少しずつ先ほどまでの緊張がほぐれていくのを感じた。
終わった、のね。
私は生きているのね。
お父さまやお兄さま、レオンさま、ケインさま、ライナスさま、それから・・・。
本当にたくさんの方々に助けられて。
良かった・・・。
その時、背後で扉の開く音がして。
振り向くと、レオンハルトがライナスと共に立っていた。
「ルシウス卿たちはまだ話し合いの最中だけど、僕たちはもういいって言われたから」
そう言って侍女を下がらせる。
「ケインには、今、外で待ってもらってる。少しだけ・・・いいかな?」
「あ・・・はい。もちろんです」
テーブルに着き、エレアーナと向かい合う。
ライナスは少しだけ距離を取って後ろに立っていた。
「突然、走ってどこかに行ってしまったときは吃驚したけど、上手くケインが追いついたみたいで良かったよ。あの時、君が一人だったらと思うと考えるだけでも恐ろしい」
あの時。
バークリー先生の薄ら笑いが脳裏に浮かぶ。
「・・・・ご心配をおかけしまして申し訳ありません。邸内とはいえ、皆さまを置いて、ひとりでどこかへ行くなど浅慮でございました。あの、わたくし、少々気が動転してしまって・・・」
リースを眺めるケインの眼差しに焼きもちをやいたことを思い出し、恥ずかしさで思わず俯きそうになるエレアーナに、レオンは優しく語りかけた。
「うん、そうみたいだね。普段のエレアーナ嬢らしくもない、衝動的な行為だった」
「あの、本当に申し・・・」
「何に動転したの?」
「え・・・」
「どんなことを考えてたの?」
「あ、の・・・」
思わず口ごもるエレアーナに、レオンハルトはふわりと笑いかける。
「僕のことなら気にしないで。君は本当のことを、ただそのまま口にしてくれたらいい」
「レオンさま・・・」
「ケインが外で待っているよ? 寒いからあまり長く待たせない方がいい」
静かにエレアーナの眼を見つめながらそんな言葉を告げるレオンに、その穏やかな瞳に、エレアーナはレオンハルトがすべてを分かっていることに気づいた。
ケインさまを愛している、と。
レオンさまの手を取ることは出来ない、と。
そう私が告げられるように、こうして場を用意までして。
涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
どうして、貴方は。
そこまで私に優しくできるの?
「・・・レオンさま・・・」
「うん?」
「わたくしのことを好きだと・・・おっしゃってくださったこと、嬉しく思っております。・・・本当にありがとうございました」
「うん」
「ですが、わたくしには・・・お側にいたいと願う方がおります・・・」
「・・・うん」
「レオンさまは、お優しく、穏やかで、細やかな配慮をなさる素晴らしいお方です。でも・・・わたくしは貴方さまのお手を取ることは出来ません・・・」
「・・・」
「わたくしは・・・王太子妃となることは出来ません・・・!」
「うん・・・そうか」
泣いて謝るのは何か違う。
そう思って、必死に堪えた。
いつだって愚直なまでに真っ直ぐに向き合ってくれた貴方に。
いつだって私の気持ちばかり考えてくれた貴方に。
せめて最後くらいは、罪悪感を持たせるような振る舞いをしたくなくて。
「レオンさまを、心から尊敬しております。これからも一臣下としてお仕えし続ける所存にございます。・・・ですが、わたくしの心をお捧げすることは出来ません」
「そうか」
一旦、言葉が途切れて。
一瞬だけ、その場を静寂が支配して。
だがすぐに、レオンハルトは表情を変えることもなく、言葉を継いだ。
「・・・では、最後に、教えてもらおうかな。君が心を捧げたい相手とは誰だろうか?」
「・・・ケインバッハ・ダイスヒルさまにございます」
顔を上げて、レオンさまの目を見つめて。
心からの敬意を込め、きっぱりと、そう告げた。
下手なごまかしは、却って礼を失する。
そう思ったから。
貴方こそ、次の王座に就くにふさわしい、高潔で、清廉で、心優しいお方なのだから。




