奮闘
「・・・何やらおかしくはないか? ライナス」
「お前もそう思うか、ベルフェルト? さっきから、どうも同じところをぐるぐる回っているような気がする」
「カーン団長たちの姿も一向に見えん。・・・もしや、賢者くずれに何か策でも弄されたか?」
「あー、どうだろうなー。俺は凡人だからどうとも言えないが、こうもずっと誰とも出くわさないのは流石に・・・って、おい。何やってんだ? ベルフェルト」
見れば、ベルフェルトが剣をすらりと抜いて、腕に軽く傷をつけている。
浅い傷だが、うっすらと血が滲みだしていて。
「いや、なに。もしや幻でも見ているのであれば、少しの痛みで解けたりはしないかと思ってだな・・・」
「そんなわけあるかよ。だいたいいきなり自分の腕、切るなっつーの。吃驚するだろうが」
「切ったといっても、かなり浅いぞ。オレは痛いのは嫌だからな」
「普通、誰でも痛いのは嫌だろ・・・」
ぶつぶつと文句を言うライナスバージの横で、ベルフェルトが腕の傷を抑えながら少し遠くの方を見ている。
「・・・ただの思いつきだったのだが、何でも取り敢えずやってみるものだな。なぁ、ライナス。そうは思わないか?」
「あん? お前何を言ってるんだ?」
「道が見えたと言っているのだ。こっちだ。ついて来い」
◇◇◇
「アイスケルヒさまっ! ありました。おっしゃっていた通りです。このような細長い石が邸の入り口近くの壁際に置いてありました」
「アイスケルヒさま、こちらの繁みの中にも」
「こちらへ持って来い」
護衛の騎士たちが、アイスケルヒの掌に細長い透明の石を置いた。
「見つけたのは全部で三つ、か。他にもまだあるだもしれんが、これ以上時間を取るわけにはいかん。一刻も早くエレを助けにいかねば・・・」
掌の上の石を地面に落とし、ざりり、と足で粉々に砕くと、アイスケルヒは大声で叫んだ。
「・・・では皆の者、賢者くずれの探索を再び開始する!」
◇◇◇
目の前で剣を構えたケインバッハに向かって、バークリーは嘲るように語りかけた。
「おやおや、野蛮じゃないか、ケインバッハ。こっちは丸腰だっていうのに、いきなり剣を抜くなんてなぁ」
そう言いながらも、バークリーの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
なにか手がある・・・ということか。
ケインバッハは、ぐっと剣の柄を握り直す。
息を吸い、腹に力を込める。
腰を落として、意識を集中する。
勝つことより守ること。
目的を忘れるな。
エレアーナを生かす、その目的を。
「・・・孤児院ではバークリーと名乗っていたが、それは本名か?」
「時間稼ぎのつもりかい? 今更この私の名など聞いても仕様がないだろうにねぇ」
「何故だ」
「決まってるだろう。お前たちふたりが、今からこの私に始末されるからだよ。ほぅら、見てごらんな。綺麗なお姫さまのために、親切な私は薬まで作ってきてやったんだよぉ?」
そう言って、懐から小瓶を取り出して見せた。
濃い緑色の液体が揺れている。
「・・・エレアーナ嬢」
後ろにいるエレアーナに、低い声で囁く。
「は、はい」
「奴にやられる気など毛頭ないが、貴女を守る人数は多い方がいい。タイミングを測って合図するから、その時は邸に向かって走ってほしい」
「・・・っ」
それは、つまり・・・ケインさまを、置いて・・・?
「・・・出来るか?」
ケインバッハの静かな声が、エレアーナの耳に響く。
・・・嫌、だけど。
貴方を置いていくのは、嫌だけど。
今のこの状況で、貴方が最善だと思う方法が、それだというのなら。
そうしないと、貴方が安心できないというのなら。
・・・だったら、そうするしかないじゃない。
「・・・出来ますとも。わたくし、こう見えて結構、お転婆ですのよ」
後ろにいるエレアーナには、ケインバッハの顔は見えない。
でも、ふ、と思わず笑んだような声が、一瞬、聞こえて。
「・・・流石、俺のエレアーナだ」
そう、言った。
・・・空耳?
そんなことを考えた瞬間。
バークリーが、ザリ、と足を踏み出して大声で叫んだ。
「なぁにコソコソ喋ってんだぁっ!?」
そして右手を振り上げた。
ごとり。
手の動きに合わせて、庭石の一つが浮き上がる。
そして、丁度人の目線ほどの高さでぴたりと静止した。
「っ!」
「・・・なるほど、これが賢者くずれの力という訳か」
息を呑み青ざめるエレアーナを背に、ケインバッハが静かに呟きを漏らした。
その言葉に、バークリーが思いきり眉根を寄せる。
「・・・今、何て言った? この私のことを賢者くずれって言ったかい?」
そう言いながら、ゆらり、と一歩近づく。
それに合わせて、ケインバッハはエレアーナを背に庇いつつ一歩下がる。
「つくづく失礼な奴だなぁ、お前は。それに生意気だ。・・・いいか、私は賢者くずれなどではない」
なるほど、あれをぶつける気か。
どうする、剣で弾けるような大きさではないぞ。
ケインバッハは柄を両手で握ると、思い切り力を込めた。
「よぉく、聞け! 私は・・・偉大なる賢者、ワイジャーマのバルクルムさまだぁっ!」
大声を上げながら、バークリーは振り上げた右手を大きく横に払う。
刹那、宙に浮いていた大石が、ケインバッハに向かって飛んできた。
「今だっ! 行けっ、エレアーナ!」
その声を無視して背中に縋りたい気持ちを堪え、エレアーナはドレスの裾を掴んで駆け出した。




