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伝言ゲーム

「ちゃんと話できてるかな、ケイン」

「うーん、心配ですね。あいつ、エレアーナ嬢の前だと、更に無口に拍車がかかりますからね」


そんなことをエントランスで話していたとき、外門に人影が現れた。


「あれ? ねぇ、ライナス。あの人は、確か孤児院の・・・」

「ああ、ジュールベーヌの・・・えぇと、バークリーさんだったかな」


僕たちに気が付いたようで、遠くから手を振っている。

こちらも手を振り返すと、護衛たちが知り合いと判断したのか、外門を通ってこちらにやって来た。


「知っている方がいて助かりました。・・・随分と物々しい雰囲気ですね。何かあったのですか?」

「ああ、いや、別にこれが普通ですよ。えぇと、それで何かご用でしょうか?」

「ああ、すいません。子どもたちの風邪薬に使っている薬草が、使い切ってしまって・・・。少し分けていただけないかと」

「そうですか。ではオレが取り次いできますので、こちらで少々お待ち下さい。でん・・・レオンさまはサロンでお待ちになりますか?」


そうだった。僕の王太子としての身分は、孤児院の関係者には伏せてたんだっけ。

いや、でも、ライナスから『レオンさま』呼びされるのって、どうも慣れないな。


「あーと、いや。いいよ。ここで待ってるから、先に誰か呼んできて」


僕の客ではないけれど、ひとりでここに待たせておくのも悪いしね。

この人の用が終わったら、サロンに行けばいいや。


でも、バークリーさんは気兼ねしたのか、しきりに、一人でも大丈夫ですよ、と言ってくる。


「お気になさらず。僕も友人を待っているところですから」


これは嘘じゃない。

ケインとエレアーナ嬢が、ここに戻ってくるのを待ってるわけだし。


「はあ・・・」


え? なに?

そんなに僕がここにいるの、嫌なの?


いや、でも、普通、客人をひとりにして、中に入ったりしないでしょ。


でも、なんだろう、この空気。

うわ、すごい気まずい。


知らないだろうけど、僕、王太子だよ?

そんなあからさまに『いなくていいです』感、出されると傷つくんだけど。


バークリーさんって、こんな人だったっけ。


うう、ライナス。

早く誰か連れてきて。


ケインでもいいから。

エレアーナにちゃんと説明して、さっさと戻ってきて。



そんな苦痛の叫び声をレオンハルトが心の中で上げていた頃。

ケインバッハはエレアーナの後を追いかけて、庭園まで来ていた。


ブライトン邸の庭園を抜けて奥まで進む。

その向こうに、エレアーナ嬢が愛用している薬草専用の温室が見える。


その手前、外壁沿いに植えられているエンジュの下に、エレアーナの後ろ姿を見つけた。


手入れの行き届いた庭を、その姿に向かって急ぎ足で進んでいく。


「・・・エレアーナ嬢」


彼女の名を呼ぶ俺の声に、エレアーナの背中がぴくっと震える。


説明。悦明。

・・・説明って。何を説明するんだ?


「あの、エレアーナ嬢・・・」

「申し訳ありません、ケインさま。お見苦しい姿をお見せしまして」

「え?」


エレアーナ嬢は、俺の言葉を瀬切るように謝罪した。


「・・・エレアーナ嬢が謝る必要はないと思うが・・・」

「いえ、突然その場から立ち去るなど、ご心配をおかけするようなことをしまして・・・」


エレアーナ嬢の眼が、不安で揺れている。

いつも優しく艶やかに微笑む女性(ひと)が、苦しそうに、それでも笑みを浮かべようとしている。


「エレアーナ嬢」


一歩、エレアーナ嬢に近づいた。


「貴女もよくご存知のように、俺は不器用な男だ。・・・だから教えて欲しい」


そんな顔をさせてしまうなんて。

あのとき、俺はなにを間違えたのか。


「ひとつずつ、覚えていくから。貴女を傷つけないで済むように、変えていくから。・・・だから教えてくれないか。俺は、どこで貴女を傷つけてしまったのだろうか」

「・・・っ」


エレアーナ嬢が息を呑む。

そして、ゆっくりとかぶりを振って。


「・・・ケインさまは、何もわたくしを傷つけるようなことは、なさっていません。本当に・・・何も」

「・・・だが・・・」

「本当です。・・・わたくしも、自分が何をこんなの動揺しているのか、よく分からないでいたのですが・・・どうやら、わたくしは・・・」


エレアーナ嬢は、一瞬、躊躇するかのように口を閉ざして。

でも、決意したように、再び言葉を続けた。


「わたくしは、やきもちを焼いていたようなのです・・・」


エレアーナ嬢の口から零れた言葉の意味が、すぐには呑み込めなくて。


「やき・・・もち・・・」


やきもち。

やきもち・・・?

や・・・き・・・


理解した瞬間、ケインの顔が、真っ赤に染まる。


「・・・ですから謝らないでくださいませ。シュリエラ嬢のリースをご覧になりながら、どこか嬉しそうなご様子のケインさまを見て、わたくしが勝手に独りでもやもやしてしまっただけなのですから」

「・・・」

「・・・ケインさま? あの、・・・申し訳ありませんでした」

「あ・・・と、シュリエラ嬢とは、先日、偶然に話す機会があって・・・」


・・・こういうときは、なんて言ったらいいんだ。


「その、俺は、彼女を叱るようなことを言ってしまったので、リースを見て、元気になったのなら良かったと・・・そう、思って」


これで伝わるだろうか。


エレアーナ嬢は、俺のたどたどしい説明に、まぁとんだ勘違いを、と恥ずかしそうに恐縮している。


「誤解させて、すまなかった。だが、その、貴女の、やき、もちは・・・」


この気持ちを、表す言葉は・・・。


「あ・・・」

「あ・・・?」

「ありが、とう・・・」


ちらり、とエレアーナを見る。

首を傾げている。

・・・駄目だ。これでは伝わらない。


「か・・・」

「か・・・?」

「歓迎する・・・」


目が丸くなっている。

・・・これも駄目だ。

では、これなら。


「あ・・・」

「あ・・・? あ、先ほどの、ありがとう、ですか?」

「あい、している・・」


まるで伝言ゲームのような、やり取りで。

笑みを浮かべて聞き返してきたエレアーナに『伝われ』と、俺が告げた言葉は、やっと、彼女に届いて。


彼女は眼を大きく見開いて。

花のように笑って。


「・・・存じておりますわ」


そう言った。


それから。

エレアーナは手を伸ばして。

俺の手に触れて、そっと指と指を絡める。


少し、恥ずかしそうに、俯いて。


「わたくしも・・・」

「・・・え?」

「わたくしも、ケインさまをお慕いして・・おります」


・・と。

聞こえた。


いや、聞き間違いか?


下を向いて、エレアーナが絡めた指を見つめる。


いや。聞き間違いでは、ない。


では・・・ない。


「・・・」

「ケインさま?」

「ありが、とう・・・」


俺の指に絡まるエレアーナの指を。

手を、そのまま上の方へと持ち上げて。


それを口元まで運ぶと、俺はエレアーナの手に、指に、そっと口づけを落とした。

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