錯綜する意見、そして決断
何故こうも次々と。
ここのところ連日のように発生するブライトン邸への侵入者騒ぎに、ルシウスの苛立ちは募っていた。
全てが窃盗や強盗目的で、表向き、賢者くずれとは何の関係もない。
共通するのは、侵入した動機のみ。
酒場で偶然耳にした情報に、つい、その気になったと。
皆が皆、揃って同じことを言うのだ。
そして捕縛された後には。
自分は、今までこんな大きな邸宅に忍び込もうとしたことはないのに。
なんで手を出そうとしたのか、分からない、と。
小者による犯行であるため、これまでのところ全て未然に防げてはいるが、意図の見えない行為が却って不気味で。
「仕向けているのは賢者くずれであることに間違いないのだろうが・・・」
「ええ。あんなコソ泥ばかりを揃えても、こちらの力を削ぐ効果すらありませんが」
「イライラは確実に増すけどねぇ」
現在、王城にある国王の執務室にて、関係者および協力者が集まって経過報告を兼ねた協議を行っている最中だ。
「賊の大多数は、外門を突破しようとする段階で捕まえております。他数名は、庭園もしくは邸近くでの捕獲となりましたが、いずれも邸内への侵入は許しておりません」
そう報告するカーンの表情には、やはり怪訝の色が表れている。
「陽動にすらならん小者ばかりを、毎夜のごとく送り込んでくる、か・・・」
シャールベルム国王は、静かに呟いた。
「そ奴らの侵入そのものに実質的効果がないのであれば・・・」
「そうですなぁ。もしや奴が企んでいるのは、心理戦やもしれませんな」
シュタインゼンのその言葉に、皆が反応を示す。
「夜の警護に注意を向かせる為、とか?」
「いや、もしかするとコソ泥ばかりと、我らが油断したところに・・・?」
「落ち着け。・・・取り敢えず、考えうる限りの対策を考えるとしよう」
国王のその言葉のもとに、いくつかの仮定に基づいた対策がたてられていく。
話し合いが終盤に差し掛かった頃、ひとりの男が口を開いた。
「恐れながら、陛下。ご報告したいことがございます」
「・・・なんだ? リュークザイン」
「まだ、確たる証拠も掴めていない話ではありますが・・・」
そう前置きをしてから、簡潔にファイについて報告をあげた。
皆の視線が、一気に熱を帯びる。
「それはお前、この間オレに聞いてきた男の名前ではないか」
ベルフェルトが吃驚した声を上げる。
「ファイ・・・? そんな名前の使用人、ファーブライエンの邸にいたっけかねぇ」
「証拠が揃ってなかろうと、まずは身柄を確保すべきではないか? それからゆっくり吐かせればいいだろう」
反応も意見も様々で。
その中で、シャールベルムは静かにリュークザインの顔を見つめていた。
「・・・報告に含めたとはいえ、その男が賢者くずれだと思っている訳でもなさそうだが」
リュークザインは、躊躇いながらも深く頷いた。
「どうにも判断が難しいのです。私は、一度だけ、父と賢者くずれが話しているところを見たことがあります。隣室から、小さな覗き穴を通してですが。その時の男とファイとでは、似ても似つかないと言いますか、全くの別人なのです」
その場にいる者全ての顔に、驚愕が浮かぶ。
「・・・いや、リューク。相手は賢者くずれなのだぞ。外見など、変装すればいくらでも欺けるものではないのか?」
尤もな意見である。だが。
リュークザインには、まだ他にも躊躇する理由があった。
「・・・実は、違和感を感じ始めた時から、ファイの監視を始めていたのですが・・・、監視を開始してからというもの、あの男は邸から一歩も外には出ていないのです。私が馬車を使う時に御者として共に出る場合以外は。・・・もちろん、その時も他の者が代わりに監視を続けておりましたので、馬車から離れていないことは確認済みです」
「なんだと? それでは・・・」
「だから私は混乱しているのです、陛下。あの男は何かを知っているように見える。なのに、何かをしているようには見えないのです」
そう言うと、リュークザインは軽く頭を振った。
「思い余って何者だ、と直接問うてもみました。やはり、はぐらかされましたが・・・」
誰も、言葉を発しなかった。
ただ、リュークの語る内容に聞き入っている。
「・・・使用人としての仕事ぶりについて話す風を装い、よく見定めて判断してくれ、と言われました。必要ないと思うのなら何時でも故郷に帰る、とも。そして、私を助けたい、とも・・・。私は、その言葉の意味を測りかねているのです」
絞り出すような声の後、室内を沈黙が包み込む。
「・・・なるほど」
ようやく、シャールベルムが、一言だけ呟いた。
「お前は、その男が賢者くずれではない、と思っているのだな?」
「・・・そう確信するだけの証拠が見つからないのです」
ふむ、と独り頷くと、今度は視線をルシウスに向けた。
「お前はどう考える?」
「私もシュタインゼンと同じく、その使用人のことは記憶にありませんので、なんとも申し上げにくいのですが。リュークザインの観察眼を、私は信用しております。違和感があるのであれば、実際そうなのでしょう。・・・そしてまた、何かを知っているとしても、何もしてはいないということも」
「・・・カーン、お前は?」
「説明を聞く限りでは、確かに賢者くずれとは断定出来なさそうですがね・・・」
「ベルフェルト?」
「リュークを信じますよ。それ以外に申し上げたいことは何も」
「ロナダイアスは?」
「私もその男が賢者くずれである可能性は低いと考えます。・・・が、もし何かを知っているのならば、私たちにも教えてもらいたいものですね。娘たちがエレアーナ嬢を心配して、それはもう大騒ぎでして」
「・・・シュタインゼン?」
「いやぁ、実際に会ってみたいものですなぁ。王城においで頂くなんてのはどうです?」
最後に発言したシュタインゼンの間延びした声に、少しの苦笑が漏れ、シャールベルムは、しばし沈思する。
「・・・そうだな。会ってみるか」
そんな言葉を呟くと、顔を上げてリュークザインを見る。
「捕縛はせんと誓おう。その男を城に連れて来て貰えるか?」
「かしこまりました」
・・・これでいい。これが最善だ。
そう思いながら、リュークザインは深々と頭を下げた。




