私にあるのは笑顔だけ
「突然に使者を立ててしまって、申し訳ありません。どうしてもエレアーナさまにお会いしたくて」
アリエラとカトリアナは、申し訳なさそうに口を開いた。
賊が侵入したとの一報を受け、エレアーナが心を乱しているのではないかと、慌てて駆けつけてきてくれたのだ。
感謝こそすれ、謝られるいわれはない。
「とんでもありませんわ。わたくしこそ、おふたりのお顔を見ることが出来て、とても嬉しいですわ」
よくよく聞けば、その知らせは国王陛下からロナダイアス・マスカルバーノ侯爵にもたらされたようで、皆がエレアーナの様子をいたく心配しているとのことだった。
本当、どなたも優しい方ばかりね・・・。
守られてばかり、心配されてばかりの自分が、情けなく思う時もあるけれど。
今は、無事でいる姿を見せ続けることが、きっと一番の恩返しになると、そう信じて。
だから今日も、私は笑う。
みんながいて、守ってもらえて、幸せだと笑ってみせるの。
不安そうな目で私を見つめるレオンさまのために。
夜毎、警護に立ち続けてくれるケインさまのために。
私は大丈夫よって、笑ってみせる。
「・・・エレアーナさまは、お強いですわね」
「ええ。本当に、ご立派ですわ」
アリエラもカトリアナも、きっとわかっているのだろう。
エレアーナの笑顔が、虚勢であることを。
ふたりは、エレアーナの手をぎゅっと握って。
「エレアーナさまを、心から尊敬いたしますわ」
そう、励ましてくれた。
「侵入を試みたのは、賢者くずれに唆された盗賊だったと聞いております。何はともあれ、賊を捕獲出来たことには安堵しておりますわ」
「そうですわね。警護に当たる方々の力量も証明されましたもの。ね、エレアーナさま」
「え、ええ。・・・そうですわね」
カトリアナの言葉に、思わず昨夜の光景を思い出してしまう。
賊を追い詰め、取り押さえたあの方の勇姿。
跪き、祈るように、私の部屋を見上げていた切ない表情。
昨日のことがあるまで、毎夜、警護に加わって下さっていたなんて、知らなかった。
・・・お体は、大丈夫かしら。
無理を、なさってないかしら。
「エレアーナさま? 大丈夫ですか?」
はっと気づくと、黙り込んでしまったエレアーナを、カトリアナが心配そうに見ている。
「ええ、大丈夫ですわ。申し訳ありません。わたくしったら、ぼんやりしてしまって」
その言葉を、賊への恐怖と受け取ったのだろう。
ふたりは話題を変えようと、別に話を口にした。
「ああ、そうでしたわ。忘れないうちに申し上げておかないと」
いかにも、今、思い出したかのように、アリエラがぽんと両手を合わせる。
「以前、エレアーナさまよりお預かりした衛生品は、あの後すぐにジュールベーヌに届けたのですが、体調を崩しやすい時期でもありますし、ホルヘを訪問するついでに、もう一度顔を出してきましたの」
「まぁ、ありがとうございます」
「まずは、どちらの院でも、重篤な病気にかかっている子どもはいなかったことをご報告しますわ。ですが、薬草のことでバークリー先生が・・・」
そのとき、サロンの扉をノックする音が響いた。
「ご歓談中に失礼いたします。エレアーナお嬢さま、先ほどレオンハルト王太子殿下から使いがありまして、少しの時間お立ち寄りになると」
執事の声に、エレアーナが慌てて立ち上がる。
「アリエラさま、カトリアナさま、少し、ここでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
ふたりの首肯に軽い会釈で応えて、エレアーナは出迎えにエントランスへと向かった。
「ふふ、殿下ったら、心配で居ても立ってもいられないって感じかしら」
エレアーナの後ろ姿を見送った後、アリエラが微笑ましげにそう呟くと、カトリアナの顔が少々曇って。
「・・・カトリアナ?」
「いえ、なんでもありませんわ。・・・本当にそれだけだったら良いのですけれど」
使者と入れ違いに到着したようで、ホールではアイスケルヒが対応していた。
レオンハルトと何か言葉を交わしている。
その後ろには、いつもの如くライナスが控えて。
「ようこそおいでくださいました、レオンさま」
「エレアーナ嬢。急にごめんね。・・・大丈夫だったかい?」
出迎えるなり、挨拶も忘れてエレアーナを心配する言葉をかけるレオンに、エレアーナは、ふっと笑う。
「この通り、何ともありませんわ。皆さまのおかげで、わたくしは毎日、何の不安も無く、つつがなく過ごせておりますもの」
エレアーナの笑顔に、レオンハルトは、ほっと安堵の息を漏らす。
「そうか。・・・よかった」
でも、安堵の顔は、一瞬。
レオンの瞳は、すぐに不安の色に染まっていく。
・・・ああ、どうしてかしら。
あの日、レオンさまが跪いて私に愛を告げた日から。
レオンさまの瞳には、辛そうな色しか浮かばない。
・・・私の笑顔などでは拭えない、大きなものをレオンさまは抱えていらっしゃる。
前は、あんなに自信に満ち溢れて、いつも優しく微笑まれていたのに。
私に出来ることはないのかしら?
私では、その不安の原因を、拭って差し上げることは出来ないのかしら?
「・・・今、アリエラさまとカトリアナさまも、いらして下さってますの。どうぞサロンの方へ、おいで下さいませ」
せめて、ほんのひとときでも、楽しい時間を過ごしていただけたら・・・。
そう思った、けど。
レオンハルトは首を横に振った。
控えていたライナスの目が曇る。
「いや、今日はこれで失礼するよ。君の顔が見たかっただけだから」
視界の端に、アイスケルヒが僅かに眉を挟めるのがわかる。
・・・また、だわ。
「そうですか。・・・残念ですわ。では、またの機会に」
「ああ、ありがとう」
先回いらして下さったときも、とても居心地が悪そうにされていた。
居合わせたカトリアナさまも、訝しむくらいに。
でも、もし、レオンさまがおっしゃりたくない事であるならば、きっと、気づかぬ振りをしたほうがいいのだと思う。
きっと、私は。
他の誰が気づいたとしても、私だけは。
そうしないと、この方は、きっともっと傷つく。
そう、だから私は。
やっぱり、笑うしかできないのだ。
「・・・次にお会いできた時には、ぜひ、わたくしとお茶をご一緒くださいませね」
精一杯の笑顔で、私はレオンさまにそう言った。
読んでくださっている皆さま、いつもありがとうございます。
ジャンルが「恋愛」となっているのに、ストーリーで恋愛要素があまり色濃く出てなくてすみません。
書いているうちに、どうもいろいろと自分のこだわりが出てきてしまい、私にとっては必要に思える部分でも、読者の方々には「この描写いるの?」と疑問に思われる箇所もあるかもしれません。
しのみやだから仕方ないよな~、と、笑って許して下さると助かります。
さて、いよいよ賢者くずれとの対峙シーンも近づいて参りました。
クライマックスまで、もう少々お付き合いくださると嬉しいです。




