侵入者
ケインバッハが夜警に加わるようになってから数週間後。
ブライトン邸に侵入を試みた男がいた。
少々手間取りはしたものの、無事に捕縛し、警護に当たっていた者たちは皆、とうとう賢者くずれを捕まえられたか、と一瞬、喜びかけたのだが、結局、ただの物盗りであったことが判明して。
ルシウスを始め、一同はひどくがっかりしていた。
物盗りの男曰く、この邸に関して、何やら非常に魅力的な話を酒場で小耳に挟んだとか。
それで、ついつい、その気になって忍び込もうとしたものの、今思うと、なんでその気になったのかも分からない。
こんな大きな邸に、今まで手を出したことなどないのに、とぶつぶつ呟いていた。
「君はどう思うかね? ケインバッハ」
「あの男は、只の小者かと。たまたま耳にした情報に喰いついて、突発的に犯行に及んだようですが、その経緯が不自然に感じます。・・・問題は、その男に情報を吹き込んだ人物の方かと」
「うむ、私も同意見だ」
ケインバッハは、ブライトン邸のサロンで、先ほど捕らえたばかりの物盗りについての協議に参加している。
理由は簡単。
その物盗りを最終的に取り押さえたのがケインだったからだ。
騎士団員より動きが優れていたわけではない。
カーンの稽古の甲斐もあってか、遜色ない働きは出来ているが。
今回、ケインがほかの騎士たちより勝っていたものがあるとすれば、それは地の利だろう。
数回ほど訪れたことがあり、庭園の位置も、邸内部も、全体的な位置情報が大凡ではあるが頭に入っていた。
ただ、それだけ。それだけの差だった。
だが、それだけの差が、この緊急時にケインを躊躇いなく走らせた。
邸外部と邸内の警護の者たちに、まったく横の繋がりが無かったことも、マイナスに働いてしまって。
その点も、今回の協議内容に含まれ、検討されることになっている。
「酒場にいたという男について調べても、今さら何も出てこないとは思いますが・・・。念のため、数名を派遣して調査にあたらせてもよろしいでしょうか」
アイスケルヒが、厳しい表情でルシウスに許可を求める。
邸内に侵入する前にケインバッハが取り押さえることは出来たものの、外門は突破され、庭園の奥まで賊が入り込むのを許してしまった。
この物盗りの腕もそこそこ悪くなかったのかもしれないが、背後に賢者くずれがいることを考えると、捕まえられたからと言って手放しで喜べる状況では決して無いのだ。
その場にいる誰もが、緊張した面持ちで協議に加わっていた。
ケインバッハも、冷静に状況を分析しながら、己に叱咤の声を投げかけていた。
偶々だ。
今夜は、偶々、賊を捕まえることが出来た。
次はもっと。
もっと確実に、彼女を守る。
あの日、俺は愛しい女性に、必ず守ると誓ったのだ。
そして、彼の女性は、笑って頷いてくれた。俺に側にいることを許してくれた。
だから、決して油断するな。
全てを捧げて彼女を守れ、と。
気を、引き締める。
その後、協議が終わり、各々が持ち場へと散開する中。
再び警護に戻ろうと、ケインは庭園を抜けようとしていた。
そのとき。
ふと、視線を感じた・・・気がして。
振り返って、でも誰もいなくて。
ふと、頭上の明かりが眼に入り、目を上げると。
エレアーナがいる筈の部屋に、明かりが付いているのに気づいた。
・・・騒ぎになったからな。
さすがに耳に入ってしまっただろう。
今頃、怖がっているかもしれない。
その明かりを見つめながら、片膝を折って跪く。
そして祈るように呟いた。
・・・どうか、この先、君が心安らかに眠れる日が来ますように、と。
ここで君を守るから。
必ず誓いを果たすから。
だから、どうか・・・怯えないで。
きっと、俺だけじゃない。
君を必要としている人は、この世界にたくさんいるのだから。
そんな願いを込めた呟きと共に、しばらくの間、その明かりをただ、じっと眺めて。
それから。
ケインはゆっくりと立ち上がると、自分の持ち場を警護するため、邸に背を向けて歩き始めた。
その後ろ姿を、彼の愛しい女性が、カーテンの陰から見つめていたことには気づかずに。




