虚勢
「・・・アリエラ嬢。君は、もしや酔っているのか?」
「? いいえ。まだ一滴も飲んでおりませんわ。これからデュールでも頂こうかと思っていたところで」
「・・・そう、か」
「ええ」
・・・? なにか変ね。
会話が少し噛み合っていないような・・・。
あら? 少し汗ばんでらっしゃる。
お疲れなのかしら?
ああ、私と話をしたせいね。
いけない、いけない。
普段は、どの令嬢ともお話をされない方なのに。
不慣れなことをさせてしまったわ。
開放して差し上げなくては。
せっかく、こうして友人としてお話できる間柄になれたのですもの。
嫌がられるようなことをしてはいけないわ。
私は慌てて、暇を告げることにした。
「アイスケルヒさま。ええと、お話しできて嬉しゅうございましたわ。わたくし、デュールでも頂こうかと思いますの。そろそろ失礼いたしますわね」
「え・・・え?」
きちんと淑女の礼を取り、その場を後にする。
アリエラがホール中央に向かった後、その場に取り残されたアイスケルヒは、ぼそりと呟いた。
「まったく・・・、あの女性ときたら・・・」
アイスケルヒは、俯いて利き手で口元を抑えたものの、うっすらと染まった頬までは隠せておらず。
氷の君が、氷の貴公子が、と騒ぎたてる周囲の令嬢たちのことなど視界にも入らず、ただ、その場に突っ立っているアイスケルヒの姿を、人気のないバルコニーの陰からひっそりと眺めていたのは、令嬢たちから避難していたレオンハルトとライナスバージで。
「いやー、青春ですねー。春ですねー。羨ましいなー。オレも、美しい令嬢に振り回されたいなー」
「・・・今は冬だけどね」
「もう、なんですか、殿下? さっきから何か変ですよ」
「・・・そうかい? 別になんでもないけど」
そう答えると、ライナスが調達してきたデュールを、ぐいっと呷った。
足元には、空になったグラスが何個も転がっている。
変・・・か。
うん、だよね。
知ってる。
理由もわかっているし。
あーあ。
・・・せっかく、エレアーナに会えたのにな。
あれは今日の午後遅く。
公務を予定より早く終わらせることが出来たので、少しの時間だったけど、夜会に出る前にエレアーナに会いに行った。
元気にしているか、不安になっていないか、心配で。
そしてどうしても、顔が見たくて。
邸から一歩も出られない生活は、息が詰まるだろうに、彼女はやっぱり、いつもと同じ明るい笑顔で出迎えてくれた。
・・・ちょっと目は泳いでたけど。
まぁ、少しは意識してもらえるようになったんだから、前進してるとも言うのかもしれない。
でも、僕の方が、思い切り後退していて。
そこにはカトリアナ嬢もいて、二人で仲良くお茶を楽しんでいた。
カトリアナ嬢は、僕が来たのを見て、慌てて帰ろうとしたけど。
たけど、僕は、なぜかそれは困ると思って。
会いたくて、会いたくて、やっと時間を見つけて来ることが出来たのに。
エレアーナと二人きりになるのが怖くて。
いや、護衛でライナスも来てるから、二人きりになる事だって、そもそも無いのに。
一人でも多く、その場にいてほしくて。
必死に引き留めてしまって。
結局、最後までいてもらって。
カトリアナ嬢より前に、僕が暇を告げて。
エレアーナは気付かなかったようだけど。
カトリアナ嬢は、何か言いたそうな顔をしていたな。
・・・そりゃ変に思うよね。
自分でも訳わかんないんだから。
今この瞬間、彼女の姿を思い浮かべるだけで、こんなに恋しくて。
こんなに、会いたくてたまらないのに。
いざ会うと、怖くて、苦しくて。
逃げ出したくなる。
時間をくれ、なんて言っておいて。
なんだよ、これ。
情けなさ過ぎて、いっそ笑える。
あーあ。
・・・こんなヘタレだったとは。
僕は、もう駄目なのかもしれないな。
諦めた方が、いいのかもしれない。
そんなことを、思うくせに。
自分から離れることなんて出来なくて。
別れた瞬間から、また、会いたくて堪らなくなって。
「・・・殿下、飲み過ぎです。それ以上は、お体を壊してしまいますよ」
ライナスが、心配そうにこちらを伺っている。
「・・・そうだね。じゃあ、これで終わりにするよ」
いけない、いけない。
臣下に心配かけてどうするんだ。
笑え。
虚勢でもいいんだ。大丈夫な振りをしろ。
・・・ケインは、今この時だって、彼女のためにと外門に立ち続けているというのに。




