庭園でのしばしの平穏
ケインバッハが去った後、シュリエラは庭園で一人、何事かを考えながら佇んでいた。
・・・あんなに感情を表に出されるケインバッハさまを、わたくしは初めて見たかもしれない。
『君の価値を決めるのは、君自身だろう? 君は自分に価値がないと思うのか? ・・・君は、これまでに何も成さなかったというのか?』
俯いていた顔を上げ、空を見る。
冬の透き通った空気。晴れているのに何処か曇ったように感じる霞んだ青空。
こんな風に空を見上げるのも、随分と久しぶりな気がするわ。
私は、いつも誰かに、自分がどんな存在なのかを決めてもらおうとしてたのかしら。
シュリエラは、ぼんやりと考えていた。
いえ、誰かじゃない。
・・・お父さまだわ。
お父さまに、決めてもらっていた。
言うとおりに着飾って、言うとおりに殿下に近づいて、言うとおりに婚約者の座を欲しがった。
言うとおりにしていれば、お父さまは私を褒めてくださったから。
・・・私を見てくださったから。
でも殿下はエレアーナを選んで。
お父さまは、私を・・・見限った。
お父さまの目に、私はもう価値がないのだと、絶望した・・・けど。
だけど、違ったのね。
きっと、私は、そこを間違えたのね。
きっと最初から、お父さまの目には、私という人間は映っていなかったのに。
目を固く瞑って。
ケインバッハの言葉を思い出す。繰り返す。
自分の価値は、自分が決める・・・。
では、私は・・・。
「・・・シュリエラお嬢さま」
突然の声に驚いて、はっと振り返る。
「・・・申し訳ありません。驚かせてしまいましたか? あの、お寒くはないかと心配になりまして」
「大丈夫よ。・・・でも、まだもうちょっと、ここにいたいの。気にしないでちょうだい」
「左様でございますか。それならば、よろしいのですが。・・・失礼いたしました」
「構わないわ」
一度下がりかけてから、ふと、その男は足を止めて。
私にもう一度、声をかけた。
「たまには、お出かけになるのも良うございますよ。ここのところ、お嬢さまは、邸からずっとお出になりませんでしたので」
「・・・そうね」
「そうですとも。・・・お買い物に行かれるとか、公園に散歩に行かれるとか、いかがでしょうか」
「それは・・・どうかしら」
気の乗らなさそうな私の様子に、その使用人はさらに選択肢を提示する。
「では・・・ご友人を訪問なさるのは、いかがでしょう」
「・・・わたくしに友人などいないわ」
自分で言っておいて、胸がちくりと痛む。
友人がいない、なんて。
前はそんなことを気にも留めなかったのに。
ケインバッハさまのお言葉のせいかしら。
・・・なんだか不思議ね。
こんな会話だって、いつもだったらすぐに怒鳴って下がらせるのに。
何故か今日はそんな気にもならず、こうして使用人と言葉を交わし続けて。
「・・・そうですか。もしや、ご友人と仲違いでもなさったんですか?」
「そんなの、していないわ。・・・でも、そうね」
ふと、脳裏に浮かんだのは。
穏やかでありながら、艶やかな笑顔。
「仲違いしたわけじゃないけれど、謝りたい・・・人は、いるかもしれないわね」
変なの。・・・謝りたいだなんて。
私が、そんなことを思うなんて。
「左様でございますか」
なぜかしら。この使用人、随分と嬉しそうに笑うのね。
お前には、関係の無いことでしょうに。
「いつか、謝りに行けるといいですね」
でも、いいわ。
なんだか、とても優しそうな笑顔だし。
謝りたいのは、本当だし。
「そうね。いつか謝りに行きたいわね」
だから、素直にそう言った。
なんだか、とてもすっきりした気分で。
やっと、自分の足で立てたような気がしたから。
今まで、使用人とこんな風に話すことはなかったけど、こういう会話も悪くないものなのね。
「では、その『いつか』の折りには、私めが馬車を走らせて、お嬢さまをご友人のところへお連れいたしましょう」
私は驚いて、藤色の髪をしたその使用人に聞き返した。
「お前が? 馬車を走らせることが出来るの?」
その男は、ニッコリと笑ってこう答えた。
「もちろんですとも。私めの仕事は御者でございますから」
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