ルシウスの胸中
レオンハルトとケインバッハが、エレアーナに想いを伝えた後。
ブライトン邸を辞す前に、ふたりは律儀にも、ルシウスたちに事のあらましを説明していった。
成り行きを聞いて、何故か愉快そうな笑みを浮かべたルシウスは、エントランスにてレオンハルトたちを見送った後、未だ頬を赤く染めてその場に佇む娘に目を向けた。
「随分と面白いことになったものだな、エレアーナ」
「・・・どこが面白いのでしょう? お父さま。からかうのはお止めくださいませ」
真っ赤になりながら頬を膨らませる娘の姿に、ルシウスの眼は、さらに細められる。
しかし、ルシウスの隣にいる男は、それとは真逆にあからさまに不機嫌で。
「・・・エレの言う通りですよ、父上。私も何が面白いのか、さっぱり分かりませんね」
お前は、エレアーナにまつわる恋話は、全て面白くないのだろう? アイスケルヒ。
・・・とは、わざわざ口に出しはしないが。
武士の情けで、ここは突っ込まないでおくことにして。
「それにしても、殿下も随分と、思い切ったことをなさったものですね。このまま婚約話を進めれば良いものを、わざわざケインバッハ・ダイスヒルにまでチャンスをくれてやるとは。殿下は、よほど自信がおありなのでしょうか?」
「・・・どうだかな」
・・・自信というより、この事態に陥ってしまったことが、よほど堪えた、というのが正解といったところか。
陛下と同じ、高貴なまでの潔癖さを持つ方なのだな。
まぁ、そういうフェアプレイ精神は嫌いじゃない。
国内の安定のためとはいえ、愛娘の命がかかっているのだ。
生半可な覚悟でいられては、正直困る。
故にどんな形であれ、互いに煽り合い、高め合うことは大いに結構。
これ迄、あのふたりは、そうやって予想以上の成長を重ね続けてきた。
いや、成長という言葉では生ぬるい、変革とも呼べるほどの速さで。
ひと皮むけた、どころではない。
それでも、まだまだ伸びしろがあって。
さて、見事、最後まで我が娘を守り抜き、その心を射止める男は、果たしてレオンハルト王太子殿下なのか、ケインバッハ・ダイスヒルなのか。
拝見させていただこう。
「・・・父上? いかがなされました?」
しばし、考えに耽っていたルシウスの顔を、アイスケルヒが覗き込む。
ルシウスは、意地の悪そうな笑みを浮かべると、妹を溺愛する嫡男にこんな質問をぶつけてみた。
「・・・で、お前としては、どちらを義弟に欲しいんだね?」
「お、お、お父さま?」
「・・・別にどちらもいりませんよ」
目に見えて、さらに機嫌が悪くなる。
予想通りの反応に、ルシウスは破顔する。
「・・・まったく。これのどこが氷の貴公子なんだろうな」
「あれは、勝手に令嬢方が触れ回っているだけですよ。私は氷でもなんでもありません。私にだって、感情というものが、きちんと通っております」
「ほう。お前も、どこぞに意中の令嬢でもいるという訳か?」
「なっ・・」
「まぁ、お兄さま、本当ですか? 一体どなた?」
仲間が出来たとばかりに、大喜びで話題に加わるエレアーナを見て、アイスケルヒはがくりと肩を落としながらも、気力を振り絞って返答する。
「エレアーナ、私に意中の女性などいない。・・・そもそも、私なぞに関心を持つ女性などいるはずがない」
「あら、そんな事はないと思いますわ。お兄さまはたいそう魅力的なので、ご令嬢方は皆、柱の陰からお兄さまのお姿を見つめてるって、アリエラさまが・・・」
「アリエラ嬢? ・・・彼女はお前に、そんなことを言っているのか?」
アイスケルヒが、左手で前髪をくしゃりと掻きあげる。
「・・・まったく、なかなかに才気溢れる女性だと思っていたが、とんだ勘違いだったようだな。そんなくだらん話をエレアーナに吹きこんで」
・・・む?
「まぁ、くだらなくなんか、ありませんわ。アリエラさまは、お兄さまの事をいつも褒めてくださってますのよ。若手の中でも、飛び抜けて優秀だって」
「・・・別に飛び抜けてなど・・」
・・・ほう。
「お兄さまがものすごく努力家で立派だ、ともおっしゃってましたわ。あの若さで 8ヶ国語も話せるなんて、さすが外務省のエースだって」
「エースとは大袈裟な・・・」
「・・・どうされたんですか、お兄さま? お顔の色が・・・」
おやおや。これはこれは。
ルシウスは、軽く咳払いをして、ふたりの注意を自分の方に向けた。
「まぁ、あれだ。アイスケルヒ。お前もいい加減、女心が分かるようにならないといかんぞ。我がブライトン公爵家にも、後継が必要なのだからな」
「も、勿論、わかっておりますとも」
ひと言そう答えると、アイスケルヒは、そそくさと自室に戻って行く。
その後ろ姿を、エレアーナとふたりで見送りながら、頭の中では、こんな事をルシウスは考えていた。
息子といい娘といい、忙しないことだ。
そして、もうひとつ。
次の夜会が楽しみだな、と。




