こんなときこそいつも通りに
その朝、ルシウスたちは王に呼ばれて執務室に来ていた。
2度目の襲撃計画を未遂のうちに終わらせたものの、状況が変わったと、すべての事情が明らかにされた。
「賢者くずれ・・・ですか」
「ああ、なりそこねとはいえ、やはり多少の術を修めた者は厄介でな。未だ、どこに潜んでいるのかすら掴めておらんのだ」
「・・・なるほど。慎重に慎重を重ねたのは、そのためだったんですね」
ルシウスとアイスケルヒが厳しい表情で頷く。
「・・・まぁ、それでも掴めたのは、そいつがファーブライエンの依頼を受けて何かの呪いをかけようとしているという事だけなのだがな」
部屋全体が重苦しい空気に包まれる。
ルシウスもアイスケルヒも、黙り込んだまま何も言わない。
ここで沈黙を破ったのは、ダイスヒル宰相だった。
「先だっての孤児院での襲撃計画は、賢者くずれと直接の関係がない、一部反対勢力の勝手な暴走の結果ではありますが、無事未然に防ぐことはできました。その後の報告では、内輪揉めにより襲撃を計画した首謀者は怪我を負ったとのこと。実行犯の方は、身元も居場所も特定し周囲を囲んであるので、これ以上動くことは出来ないでしょう。どちらもうまく潰せたと考えてよろしいかと」
全員が一様に頷く。
「以降、警戒すべきは賢者くずれ只ひとりとなります。まぁ、手駒を持っているかもしれませんし、金で誰かを雇うこともあるかもしれませんが、そちらは何とかなるでしょう。問題は賢者くずれの術ですな。腐っても鯛、いや、この場合、奴はもともと鯛でもないのですが、それでも普通の人間とは技量が違います。これまでの様に対応できるとは考えない方がよろしいでしょうな」
至極もっともで現実的な意見に、場が一気に重苦しい空気に包まれる。
「私たちでは賢者くずれに対抗するのが難しいとあらば、いっそ本物の賢者に助力を乞うのはどうでしょう? ワイジャーマをお呼びになっては」
ルシウスの言を聞いて、宰相がちらりと国王に視線を送る。
それに応えて王が頷いたのを確認すると、宰相は再び口を開いた。
「それは陛下もお考えになりましてね。ですが、ワイジャーマの居場所を知る者は誰もいないのです。もちろん探ろうとはしましたがね、我々が掴めたのはかなり大雑把な情報1つ。ワイジャーマはべトエルルにいるらしい、それだけなのです。」
「・・・では・・」
「いや、諦めてはおらん。今も密かに探らせてはいる。だがワイジャーマに関しては様々な噂ばかりが先行していてな。確実な情報としてそれ以上のものは、まだ、何も・・・な」
広大なべトエルルの地に隠れ住む、名前も性別も姿かたちもわからない最強の賢者ワイジャーマを探して来い、などと滅茶苦茶な命令を与えられたハトたちには、気の毒としか言いようがないが。
100歳を超える老人だとか、見る者すべてを惑わす麗人だとか、旅に出て行方が知れないとか、噂ばかりが届く毎日で。
それでも、いつかは。
もしかしたら、と。
・・・藁にもすがるとは当にこのことだ。
国王といえど、無力なことには変わりはない。
自嘲めいた思いと共に、溜め息が1つ、シャールベルムの口から溢れる。
「これから先、協力者はなるべく多い方がいい。信頼に足ると判断できる者に限るがな。そう考えてお前たちを呼んだ。・・・エレアーナに話すかどうかは、お前の判断に任せよう、ルシウス」
「・・・お心遣いに感謝いたします、陛下」
ここで、これまで黙って話を聞いていたアイスケルヒが、そういえばと口を開く。
「マスカルバーノ家への対応はどうしましょう? ご令嬢おふたりが、友人として頻繁にエレアーナを訪ねてくれているのですが」
「ああ、彼女たちか。バザーの日も一緒だったらしいな」
「ええ、非常に仲が良いようです。それに慰問の時など、他にもあちこち一緒に回っていたようなので」
ふむ、と顎に手をあてて、シャールベルムは少しの間考える。
ダイスヒル宰相に視線をやりながら小さな声で呟いた。
「・・・できれば、あちらにも協力を頼みたいところだな」
「そうですな。どこを突かれるかわからない限り、固められるところは最大限、固めておきたいですからね。マスカルバーノ家でしたらば問題はないと思いますが」
「そうだな。では、こちらからロナダイアス・マスカルバーノに伝えることにしよう。まぁ、娘たちに関しては、話すかどうかの決定はやはり親に一任するが」
そこでシュタインゼン・ダイスヒルが思い出したように人差し指を挙げた。
「そういえば、王太子殿下へのお話はもうお済みに?」
「ああ、先ほどな」
「そうですか。陛下からお許しが出ましたので、私の方も今朝、息子に話してきました。一言も発さず黙って聞いてましてね、相変わらずの無表情でしたが、いやぁ、なかなかに目だけは雄弁に気持ちを語ってまして」
「・・・そうか。あいつも随分と驚いていたようだったが。今頃は恐らく、ライナスバージにも報告が届いているだろうな」
「ああ、そうなると今日あたりカーンから水臭いと怒られそうですねぇ。ふふ、怖や怖や」
・・・この男は、緊張という言葉を知らんのか。
頬に手をあてて、いつもの表情を崩すことなく呟くシュタインゼンに、呆れとも感嘆とも取れる思いが浮かぶ。
思い返しても、この男がにこやかな表情を崩すところをほとんど見たことがない。
実務処理能力はピカイチで、口も固く、人当たりはいいくせに、情に流されることもなく。
こいつがたてた陰謀だったら、私やミハイルがどう足掻いても崩せないかもしれんな。
そう考えると、最悪のように思えるこの状況も、まだ見通しが明るい気がしてくるのが不思議で。
少しばかり、気が楽になる。
見れば、ルシウスとアイスケルヒも、何やら気の抜けたような顔をして。
「・・・お前がこちら側にいるのは心強いものだな、シュタインゼン」
主君からの最高の褒め言葉に、シュタインゼン・ダイスヒルは、やはりいつもと変わらぬ穏やかな笑顔で返す。
「おやおや、何をおっしゃるのですか。私が陛下の敵にまわることなど、天地がひっくり返っても、デュールの価値が地に落ちたとしても、絶対にあり得ませんよ」
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