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勘違い令嬢

あぁ、イヤだ。

あんな噂、本当のはずがないのに。


それでも、もしかしたら、と思うとシュリエラの胸がひどく疼く。

思い出すのは、あの日の会場でのレオンハルト殿下の眼差し。


シュリエラは、ドレスに付いたリボンの胸飾りを、手でぎゅっと握りしめた。


脳裏に浮かぶのは、大嫌いなあの女。

少しばかり体裁を整えるのが上手いだけのブライトン公爵令嬢、エレアーナ。


中味は空っぽのくせに。

殿下の関心を引こうと一生懸命で。


なぜあんな女がと思いながらも、噂を後押しするかのように、あの日見た光景が蘇る。


あのとき、確かに殿下のご様子はおかしかった。

エレアーナとばかり話そうとして。

わたくしや他の令嬢がお側に行っても、適当なお返事ばかりで話を終わらせて。

なのにあの子の話は嬉しそうにずっと話してらっしゃった。


ベッドから起き上がり、すぐ横に置いてある化粧台の椅子に腰かける。

覗きこめば、鏡に映るのは見慣れた自身の顔。


いつも父が、可愛い、美しい、と誉めそやしてくれた自慢の顔だ。

夜明けのように鮮やかな赤の髪、長いまつ毛に縁どられた明るい黄の瞳、頬はピンクに色づいて、自分でも見とれてしまうくらい美しい。


なのに、なぜかシュリエラは今、自分の顔が映る鏡を力任せに叩き壊してしまいたい衝動に駆られていて。

そうしないように、ただ、ただ強く、手を握りしめた。


なんで? なんで? なんでなのよ?

お父さまは、わたくしが一番可愛らしいとおっしゃったわ。

殿下に最もふさわしいのは、わたくしだ、とも。

そして、権力を笠に着て、好き勝手に振る舞うブライトン公爵家には、なんとしても王太子妃の座を渡してはいけないのだと。


だから頑張ったのに。


顔合わせのパーティにはすべて出席したわ。

いつだって上品にふるまって、殿下のお近くに寄って、なるべく印象に残るよう努力して。

最新のデザインのドレスも仕立てて、髪だって綺麗に結い上げて。


完璧だったはずよ。

そうよ、一番美しかったのは、わたくしだったはず。

あんなぼやけた髪の色の子じゃない、わたくしが一番なのに。


なのに、

なぜ、あんなことになるの?

なぜ、あんな噂が流れているの?


--レオンハルト・リーベンフラウン王太子殿下は、エレアーナ・ブライトン公爵令嬢を婚約者に望んでいる--


そんなはずないわ。

そんなはずない、けど。


だけど、もし本当だとしたら、それは、きっと。

きっと、ブライトン公爵家が、なにか卑怯な手を使ったのよ。


いいえ、エレアーナがなにかしたのかもしれないわ。

わたくしを王太子妃にさせないために。

わたくしの代わりに、エレアーナを王太子妃にするために。

なにか卑怯な手を。そうよ、きっとそうなんだわ。


あれ以来、お父さままで、何だか様子がおかしくなってしまって。


シュリエラは最近の父の様子を思い浮かべる。


それまでシュリエラに向けていた優しい眼差し、かけてくれた期待の込もった言葉。


もう今は無くなってしまったもので。

目の前にいるのに、まるで存在しないかのように、父はシュリエラを無視するようになって。


本当は、わたくしが選ばれるはずだった。


鏡に映る自分の目は、涙でぐっしょりと濡れている。

後から後から、どんどん涙がこぼれ落ちて、目も鼻も真っ赤で。


……ひどい顔。


シュリエラはぐいっと乱暴に涙をぬぐった。

そして鏡の自分をきつく睨みつける。


大丈夫。あなたが一番美しいの。

あなたが一番ふさわしいのよ。


それから、シュリエラはそっと目を閉じた。眼裏に愛しい人の姿が浮かぶ。


お可哀そうな殿下、ブライトン公爵家にまんまとはめられてしまって。


早く目を覚ましてくださいませ。

このままでは—

手遅れになってしまいます。


わたくしが。

わたくしこそが、王太子妃にふさわしいのです。


ふう、と息を吐いて目を開けた。

もう一度、鏡の中の自分を見つめる。


大丈夫。

きっとお父さまが、何とかしてくれるはずだもの。


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