終焉の始まり その1
夜遅く、リュークザインが王城から自邸に戻ったとき、ファーブライエンは執事から手紙のようなものを渡されていた。
こんな深夜の時間帯に何の連絡が来たかと、リュークが訝しみながらその様子を観察していると、ファーブライエンは中を確認するなり、怒りで顔を真っ赤に染め、大声で叫び出した。
「シャルム・・・! 何を余計なことを。あの大馬鹿ものが!」
・・・馬鹿は仕方ないでしょう、父親譲りですから。
心の中で毒づきながらも、さすがのリュークザインは表情を完璧にコントロールしていて。
それは、いかにも目の前の父親を深く気遣っているように繕っていた。
「父上? いかがなさいました?」
静かに優しく、しれっと父に問いかける。
「エイモス家からの使いが来てな。シャルムが、あの馬鹿が・・・」
だが、ファーブライエンはそれきり、手紙を握りしめたまま、黙り込んでしまった。
見やれば、その顔には脂汗が浮かんでいる。
食いしばった歯は、今にもギリギリと音を立てそうだ。
・・・なんだ? 今度は一体、何をやらかしたんだ?
「・・・父上?」
口に出すのも憚られるのか、それとも他に何か思うところがあるのか、ファーブライエンは黙りこくったまま口を開こうとしない。
それでも起きたことを伝えようとは思ったのか、傍らに立つリュークザインの胸元に、勢いよく手紙を押しつけてきた。
強く握り潰され、くしゃくしゃになった手紙を、リュークは丁寧に伸ばしながら開いていく。
「・・・っ!」
ブルンゲンが、刺された・・・
それも、刺したのはシャルムで、突然、持っていたナイフで襲いかかってきたと。
どういうことだ?
できないことをやらされたと逆恨みでもしたのか?
失敗を叱られて逆ギレしたか?
・・・いや、この際、理由は後でいい。
兄は、あの馬鹿は、今どこにいるんだ?
手紙には、応戦したらシャルムは逃げていったと書いてある。
あの家には、もう今さら兄を庇う義理もないのだから、それが事実に違いない。
考えろ。
あの短絡的思考の持ち主が考えそうな事は。
ろくに友人もいない男が取りそうな行動は。
兄は思慮が浅い。恐らく金も大して持っていないだろう。
ぐるりと思考を巡らせ、1つの結論に行きあたる。
・・・ともかく、確認だ。それから起きた事の連絡。
リュークの脳裏に、大事な盟友の顔が浮かぶ。
機転がきき、行動力があり、常に飄々としてなかなか本心を見せない男。
豪胆な行動とは裏腹に、繊細で傷つきやすく、優しすぎる男の顔が。
・・・ベルフェルト。
いつか私たちの一族に終焉が訪れる事は、わかり切っていた。
理解した上で、それでも最善の方法を取ろうと思っていた。
だが、まさか、それがこんな形で始まるとは。
心配そうな目を向けるシェドラーにエイモス家からの手紙を渡し、リュークザインは踵を返した。
表に向かおうとホールに足を運ぶリュークの目に、階段の踊り場に立つ妹の姿が映る。
父の怒鳴り声を聞いて、部屋から出てきたのだろう。
・・・ずいぶんとやつれたな、シュリエラ。
掌を返したような父の態度の変化に慌てふためき、落胆し、怒り、傷ついて。
あの自信たっぷりで嫌味ったらしい態度はすっかり鳴りを潜め、最近はおどおどと父の顔色ばかり伺っていた。
リュークとシュリエラの目が合う。
しばしの間、黙って見つめ合って。
シュリエラの口が、何かを言おうとわずかに開く。
だが結局、そこから何も言葉は出てこない。
リュークもまた、妹に言葉をかけることもなく、そのままホールを抜けて外へと向かった。
背中に妹の視線を感じながら。
シュリエラ。
お前はどうするんだ。
まだ父親が世界の全てだと思っているのか。
ライプニヒ家の終焉は近いぞ。
まだ目が覚めないというのなら、お前もそこで終わりだ。
外の空気はひやりと冷たかった。
星は見えるものの、ところどころ薄い雲に覆われて。
細く欠けた月が、弱い光を地上に落としている。
こんな日でなければ、幻想的な夜空の美しさも楽しめたものを。
邸をぐるりと囲む塀近くには、大きな樫の木が立ち並んでいる。
そのすぐ側を通り過ぎながら、リュークは一言、ぼそりと言った。
「待っていろ」
そしてそのまま、邸裏の厩舎の方へ歩を進めた。
「あれ・・・、リュークザインさま。どうされたんです? こんな夜遅くに」
通りすがりに馬丁が声をかけてきた。
どうやら仕事を終えて、使用人部屋に戻る途中だったようだ。
「ちょっと厩舎にな。気にするな。大した用じゃない」
「もしお出かけになるのでしたら、ファイさんを呼んできますが?」
ファイ・・・?
一瞬、誰だかわからず、でもすぐに御者の名前だと気がつく。
「ありがとう、だが大丈夫だ。ちょっと覗いたらすぐ部屋に戻るつもりだからな」
気を遣って声をかけてきた馬丁をやりすごし、そのまま真っすぐ厩舎の入り口に足を踏み入れる。
中は広々としていて、薄暗く、馬も静かに休んでいる。
音をたてないようにそっと進みながら、ぐるりと辺りを見回して気配を探る。
しかし重なる馬の影が見えるだけで、人らしき姿はなく。
・・・まさか、ここまで単純ではないか。
ふう、と静かに息をついて、入ってきた扉の方へと戻ろうとした。
そのとき。
背後で、ことり、と微かな音がした。
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