馬鹿は馬鹿を呼ぶ
「くそっ! なんであんなところに殿下が!」
会場に現れた人物を目視で確認したとき、思わず建物の陰に隠れたシャルムは、握りしめた拳を力いっぱい壁に叩きつけていた。
絶好の機会だった。
護衛の人数が限られた外の時間帯。
人の出入りが多いバザー会場。
護衛がピッタリと張り付いていることも難しい。
必ず、隙が出る。
寄付品を渡すか、何か買うフリでもすれば、簡単に近づける。
攫うとしたら手間取るだろうが、襲うだけなら一瞬だ。
隠し持ったナイフを持って、どこでもいいから刺す。そして逃げる。簡単だ。
そのつもりだった。できるはずだった。
なのに朝からずっと、どうしてか邪魔が入り続けて。
いつも誰かしら、あの小娘の周りをうろついてて。
そのうち、あろうことか殿下が現れた。
やっと帰ったと思ったら、今度は家族が迎えに来て。
……隙が、見つけられなかった。
今、思い出しても腹が立つ。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。悔やんでも仕方がないさ。今回は運がなかったのだろうよ」
「エイモス卿……。俺は、俺はできるんです! 今日はただ……!」
「わかってるよ、シャルム。君とは長い付き合いじゃないか。私はな、子どもの頃から君のことを見ているんだぞ。君がどんな人間かなんて、よーく知っているとも」
ブルンゲン・エイモスはデュールの入ったグラスを静かに傾けながら、怒りで顔を真っ赤に染めるシャルムを宥める。
笑みを浮かべ、シャルムを見つめるその瞳に、実は侮蔑の色がにじんでいることにも気づかない。
「……まぁ、せっかく調査したものが無駄になってしまったのは残念だが、仕方あるまい。シャルム、君のせいでは決してないんだから、気にするんじゃないよ。君はやろうと思えば何でもできるんだ」
「は……はいっ」
ブルンゲンはデュールを飲み干すと、空のグラスをサイドテーブルにゆっくりと置いた。
静かな室内に、ことり、と小さく音が響く。
ブルンゲンは、ずっと独りでデュールを傾けて楽しんでいた。
実際のところ、シャルムが訪れたときから、彼に一度もグラスを勧めてもいない。
だが、傍系のブルンゲンを信頼しきっているシャルムは、そんな見え見えの行為にも気づかない。
「大丈夫さ、シャルム。大丈夫。エレアーナ嬢は他にもいろいろと慰問先があるようだからね、またすぐ次の機会が訪れるだろうさ。そのときの君の活躍を君のお父上が知ったら、なぁ、シャルム、きっと喜ばれるに違いないぞ」
「そう、そうですよね。ありがとう、ブルンゲン・エイモス卿。あなただけです、オレのことを理解しくれるのは。次は……次は絶対に成功させますから」
頬を紅潮させ目を輝かせながらシャルムが威勢よく答えると、ブルンゲンはにっこりと目を細めた。
昔から知っている、シャルムが大好きな笑顔だ。
「ああ、シャルム。もちろんだとも。期待してるよ」
先ほどまでの、嵐のような怒気が嘘のように消え、意気揚々と機嫌よく出て行ったシャルムの後ろ姿を見送った後、ブルンゲンはようやく訪れた静寂に息をついた。
先ほどまでの笑みは嘘のように掻き消え、眉間には皺が深く刻み込まれる。
……よくもまぁ、あれだけ喚けるものだ。
シャルムは、幼いときから感情的で考えなしの行動が目立つ男だった。
今回も、わざわざ自分から話に飛びついてきたくせに、勇んで出て行ったかと思えば……戻って来た途端、何もできなかったと喚き散らし始めた。
「思っていた以上に無能な奴だ。言われたことすらこなせんとは。あれの弟はもっと出来が良かったはずだが、腹ただしいことに、こちらに顔も見せに来ないからな。だが、たとえ下が少し優秀だとしても長兄があれでは……」
思わず独り言ちて、それからの苦笑。
……まぁ、うちも偉そうなことは言えんな。
あの放蕩息子は、毎日のように派手に遊び歩いてばかりだ。
最近はろくに顏も見せやしない。
なかなか頭の回る子だったのに、まったく、どこでどう間違えたのか。
必死に私にすがってくるシャルムの方が、ある意味、まだ可愛げがあるのかもしれない。
……だが。
先ほどの、喚き声を上げる感情的な顔が頭に浮かぶ。
……ライプニヒ家に先は無いな。あんな馬鹿が跡継ぎでは。
いつもご覧いただいている皆さま、ありがとうございます。
登場人物が多く出てきますが、話の流れの中できちんと掴んでもらえるよう丁寧に書こうという自戒も兼ねて、人物紹介のページをあえて掲載しませんでした。
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