いつか誰かに
王都にある商店街、その中心部から少しだけ離れた場所に、いつも客で賑わっている小さな食堂がある。
安くて美味くて量も多い、と三拍子が揃っているため、家族持ちや、ガタイのいい男性陣から特に人気があるのだ。
その食堂の奥にある個室で、今、ライナスバージとアッテンボローは酒を酌み交わしている。
「・・・お前、完全に飲みすぎだろ」
「だーいじょーうーぶーでぇーす」
「いや、それにしても、人格、変わりすぎだって・・・」
「そーんなこーと、なーいでぇーす」
「あーもう、面倒くせぇ・・・・」
呆れ顔で、髪をくしゃっとかき上げる。
紺色のストレートの髪が指の隙間からさらりと数本落ち、妙な色気を醸し出す。
アッテンボローも既にかなり飲んではいるが、大して酔ってはいない。
元から酒には強かった。
・・・というより、この男が弱すぎだ。
「お前、馬鹿か? 飲めないんなら誘うなよ」
「なーに言ってるんですかぁー? オレはー、のーめーまーすぅー」
そう言ってアッテンボローのグラスに手を伸ばそうとしたところを、ぺしんと引っ叩いてやる。
「いってぇー!」
今や王国一と噂される最強の騎士である筈の男は、目の前でぐでんぐでんに酔っ払っている。
それも、シーカーをたった三杯、飲んだだけで。
「道理で、なかなかグラスに口をつけなかった訳だ」
アッテンボローがシーカーを五杯、六杯、と勢いよくグラスを空ける中、ライナスは話ばかりで、なかなか酒に口をつけようとはしなかった。
まぁ、早々に酒を飲まれていたら、あんなに沢山、話は出来なかったから、それで良かったのだが。
「オレさ、お前の剣捌き、凄い好きなんだよね」
席に着くなり、意外な言葉がライナスの口から溢れてきて、アッテンボローは心底、驚いた。
「俺の? 剣捌きが?」
「なんか動きが綺麗なんだよ。洗練されてるって言うの? 流れるようで、無駄が無くてさ」
「・・・そうか?」
「ロッテングルム家の領地は辺境にあるだろ? そのせいか剣筋もさ、実戦一辺倒の粗野な動きばかりなんだよね。なんていうか、やっつければいいんだろ、的な動き? 別に嫌いじゃないし、馬鹿にするつもりもないけどさ、それのお陰で勝てる訳だし。でも、お前の動きを見てると、ああやっぱり、いいなぁって思っちまうんだよな」
「見た時の印象がどうあれ、勝てる方が良いと俺は思うが」
「まぁ、そうかもしれないけど。それに、羨ましくて真似しようとしたけど、結局、出来なかったしな」
俺は一瞬、固まった。
「真似?」
「そう」
「俺の?」
「そう」
「・・・」
「ん?」
「お前が・・・俺の・・・真似?」
「? 何か変か?」
いや、変だろ。
「・・・なんで」
「? だから言ったろ? 羨ましかったんだよ」
正直、ライナスの言っていることが分からなかった。
お前が?
俺のことが羨ましいって?
これまでお前に386戦中92勝しかしてない俺が・・・羨ましい?
・・・相変わらず呑気な男だ。
馬鹿馬鹿しくなって黙ってシーカーを呷りだすと、ようやくライナスも一杯目のシーカーに口をつけ始めた。
強くて、明るくて、気が良くて。
なんでこいつに彼女がいないんだろう。
「そういえばお前って、結局、彼女いないのか?」
「何それ、嫌味?」
「いや、だってお前、モテるだろ」
「モテた事ねーし」
「・・・」
「夜会でオレと踊ってくれる令嬢なんて、シュリエラ嬢くらいしかいねーし。だいたいアレだって頭数合わせだったし」
ここで俺は思い出した。
この男、もの凄く鈍いんだった、と。
試合や鍛錬の最中だったらどんな気配も察知するのに、夜会では秋波を送る令嬢たちの視線にも気付かない。
どこぞの令嬢方に捕まらないよう逃げ回ってる俺と違い、純粋に令嬢たちの姿を認識しないのだ。
モテない、モテない、と愚痴を零すけれど。
本人が気付いてないだけで、実際のところ、こいつは結構モテる。
だから驚いたんだ。
この唐変木が、どこぞのご令嬢とダンスを踊るなんて。
しかもそれが相当な美人で。
そりゃ、彼女だろうって誤解もするさ。
妹みたいなもんだって言っても、お前が自覚してないだけって可能性だってある。
そこまで考えて、胸がちり、と痛む。
・・・いいじゃないか。
だとしても似合いのカップルだ。
なんて強がってみせた時。
「おわぁっと、溢しちゃったぁー」
やけに明るい声がすぐ近くで聞こえてきて。
「あははー。服、濡れちゃったー。びしょびしょだぁー」
いつの間にか二杯目を空けていたライナスは、口調がおかしくなり始めていた。
「おい、ライナス?」
「服がすんげー濡れちゃったよー。こんなの、はじめてだぁー、って・・・あれぇ?」
首を傾げて、びしょ濡れになったシャツの胸元をじっと見ている。
「うーん?」
右に左に、忙しく首を傾げながら唸っている。
「どうした?」
「うーん。・・・前もぉ、こーんな風にー、服が濡れたことがあったような・・・?」
「知らねーよ」
首を振りながら唸るライナスに、呆れ顔で言葉を返す。
「うーん、いつだっけぇ? ・・・あっ! あーっ! 思い出したぁ!」
「煩い」
「シュリエラ嬢だぁっ! シュリエラ嬢がー、泣いたんだよー。賢者さまがーって、えーん、えーんってさぁ」
刹那、俺の動きがピシッと固まる。
「それで騎士服がぁ、こーんな風にー、びしょびしょになっちゃったんだよねー! もう、ものすごーく泣くもんだからさぁー」
シュリエラ嬢が、こいつの胸の中で泣いた。
その時の俺は、その事で頭が一杯で。
ライナスが三杯目のシーカーに手を伸ばした事なんか、気にも留めなかった。
ここまで来て、ようやく分かったから。
自分の気持ちを抑えつけるという選択の意味を。結果を。
己の手を伸ばさず、ただ遠くで愛でる事を選んだ花は、いつか必ず他の誰かに。
そうだ。
ライナスでなくても、いや、ライナスでなければ、また違う誰かに。
手折られる日が来る、という事を。




