真夏の太陽
「・・・ケインバッハかエレアーナ嬢から、何かお聞きになったんですか?」
「まさか」
低い声で問い返したアッテンボローに、苦笑を零す。
「あくまでも、わたくしの受けた印象の話です。あのお二人は、伺ったお話を人に漏らすようなことはされませんわ。・・・ですが、アッテンボローさまがそう仰るということは、あのお二人には何かお話になったということなのですね」
カトリアナの答えに、アッテンボローはぐっと言葉に詰まった。
「ご安心くださいませ。何かお節介をやこうとしている訳ではありません。人には人の事情があります。そして起こす行動には、それだけの理由も」
「では何故・・・」
「ただ一つだけ、申し上げたかったのです」
「俺に?」
「ええ。アッテンボローさまは、とても立派な騎士さまである、という事を」
「・・、は?」
「わたくしやエレアーナさま、そしてシュリエラさまをお守りくださったでしょう? ・・・たったの数日間で、騎士としてあれだけの有能さを示して下さった方なのです」
アッテンボローの眼が、微かに揺れる。
「杞憂であれば良いと願っていますが・・・どうか、これまでアッテンボローさまが成し遂げてきた事に自信をお持ちくださいませ」
カトリアナは、ふわりと笑った。
一瞬、呆けた表情を見せたものの、それはすぐに苦笑いへと変わる。
「・・・観察眼がおありなのですね。流石、王太子殿下が見初めた方だ」
「まあ、わたくしなど姉の足元にも及びませんのよ?」
「そうなのですか。それは少しばかり恐ろしい気もしますね」
「ふふ、今のお言葉、姉には黙っておいて差し上げますわね」
「ええ。是非とも、そう願いたいものです」
気づけば、重苦しい空気は雲散し、和やかに笑いあっていた。
王太子殿下の女性を見る目は確かだな、などど、アッテンボローが感心したことは、勿論口にはしない。
任務が終わり、王城の外れにある騎士寮に戻った後も、ベッドに横になりながら、カトリアナに言われた言葉について考えていた。
「自分が成し遂げてきた事に自信を持て・・・か」
自信がない、とまでは言わない。
言わない・・・が。
自信を持つ程のものか、と、考える自分がここにいるのも事実で。
天井を見つめながら、大きく息を吐く。
「聞いてみれば、殿下も昔、随分と難儀な恋をなさったのだな」
声をかけられず、ただビクついているだけの俺とは、比べるのも痴がましいが。
だが、殿下はその難儀な恋を経て、今の婚約者に出会えたのだから。
その想いも、決して無駄ではなかった筈だ。
では、俺は。
俺は、いつか、これまでの事が無駄ではなかったと言える日が来るのだろうか。
これだけのことを成してきた、と、胸を張って言える日が。
「はっ・・・」
なんて情けない男だ。
他に誰もいない部屋の中、自分の掠れた笑い声だけが響いた。
「あれ? アッテン、お前、なんか今日、目の下の隈、酷くないか?」
早朝鍛錬の後、汗を拭いていた時に、騎士仲間の一人から心配そうな声がした。
「少し寝不足でな」
「新しい任務に、まだ慣れない、とか?」
「未来の王太子妃の護衛だもんな。責任重大だし、緊張するよな」
「ま、お前なら大丈夫さ。なんてったって、唯一、あのライナスバージと互角に渡り合える奴だからな」
・・・互角なんかじゃない。
そう思ったけど、口には出さなかった。
「あー、しかし、同期がどんどん出世してくなぁ。俺たちも頑張んないと」
「鍛錬の時間、もっと増やすか」
大声で笑いながら、皆で冷たい水を呷る。
「アッテンの家は、騎士としての功績が認められて家格が上がった家だったろ? まぁ、強くて当然か」
「寧ろ、弱いなんて有り得ないよな」
「ああ、北のロッテングルム、南のガルマルクってな」
「才能ある奴が羨ましいよ」
「・・・止せよ。そんな大したもんじゃない」
「まーたまたー! 謙遜するなって」
「・・・悪いが、まだやる事があるんだ。俺はここで」
話を遮って輪から抜ける。
足早に鍛錬場から立ち去って。
・・・あいつらに悪気がないのは分かってる。
ただ思った事を口にしているだけ。
それだけだ。
俺が気にしなければ良い事なんだ。
気にしなければ。
「あ、ここにいたのか、アッテン」
・・・お前なら笑って躱せるんだろうな、ライナス。
「なぁ、今夜って、オレたち二人とも非番だろ? ほら、殿下がマスカルバーノ家と会食するからさ」
比べられても、羨ましがられても、たとえ妬まれても。
きっと、笑って相手と真っ正面からぶつかれるんだ。
「だからさ、前に約束した飲み会、今日行こうぜ」
真夏の太陽みたいに、眩しすぎる笑顔。
その光に焼かれそうで、怖くて、ずっと距離を取っていたけど。
お前なら、教えてくれるだろうか。
俺が何をやってきたのか。
何か、やってきたのか。
前に、進みたいんだ。
もう、立ち止まるのは嫌なんだ。
「いいだろ? な?」
胸を張って、俺は俺だと言いたいんだ。
「・・・ああ」
俺でもいいんだと、前を向ける勇気がほしい。
「いいぜ。飲みに行こう、ライナス」




