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王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする  作者: 冬馬亮


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悪役登場

「遠路はるばる、ご苦労だった。お前が『ワイジャーマ』か?」

「左様でございます。ライプニヒ公爵閣下。私めがワイジャーマのバルクルムにございます」


ファーブライエン・ライプニヒは、居間にしつらえた大きなソファに座り、目の前の男を訝しげに眺めた。


バルクルムと名乗るその男は、ファーブライエンの不躾な視線を気にする様子もなく、笑みを浮かべながら、じっと見返す。


……生意気な。


何か思ったようではあるものの、それでもそれを口にすることはなく、ファーブライエンは扉近くに控える執事に手を振り、飲み物を用意させる。


「茶よりも酒の方が良いか?」

「ああ、そういえば、リーベンフラウンには特産の有名な酒がありましたな。そちらをいただけると嬉しいですねぇ」


ファーブライエンより早く、ライプニヒ公爵邸の執事がバルクルムの言葉に反応して隅のカウンターに向かい、グラスとデュールの瓶をテーブルに並べる。


隣国ではそう簡単に手に入らない、リーベンフラウン国の特産酒。

生産するにも数年はかかるので、価格はもちろん、希少価値もそれなりで。


「さすが、公爵家さま。いい物を揃えておいでなのですねぇ。へへ、どうも、有難くいただきます」


嬉しそうに喉を鳴らし、早速手を伸ばしてデュールをグラスに注ぐ様子に、ファーブライエンは少しだけ眉を顰める。


さすがに、嫌悪をあからさまに出すつもりはないようで。


しばらくの間、二人は黙ったまま静かにグラスを傾けた。

互いの顔を見ることもなく。


バルクルムには急ぐ様子も見えず、ただじっくりとデュールの味を楽しんでいる。

よほど気に入ったのか、もう最初の1本目が空いてしまいそうだ。


執事がそっと2本目をテーブルに置く。


「……使いの者から話は聞いているな?」


男から話を切り出すつもりがないのを見て取ったのか。

やっと、ファーブライエンが話に水を向ける。


耳がぴくり、と動いたが、男はそのまま、手にしたグラスを勢いよく飲み干した。

そして満足げに息を大きく吐き出すと、やっと口を開いた。


「詳しいことは何も。ですが、わざわざサンカナンから、ワイジャーマであるこの私を呼びつけるくらいですからねぇ、よほど重大な用件なのでしょうな?」


空になったグラスをテーブルに置くと、にやりと笑ってファーブライエンに向き直った。


「何でもやらせていただきますよ。えぇ、きちんと報酬をもらえさえすればねぇ」

「金はすでに払ったはずだが」

「ああ、あれですか。ええ、まぁ、確かに。ですがね、閣下。こちらはまだ、私に何をさせるつもりなのかも聞いていないんですよ。あれっぽっちの金額じゃあ、森に迷い込んだ屋敷の飼い猫を見つけ出して終わりですね」


ほう、随分と吹っ掛ける。足元を見られたな。


ファーブライエンは、少し苛立たし気にグラスを置いた。

カチャン、と、想像したよりも高い音が室内に響く。


さぁ、どうする?

他に当てがないことは、見透かされてるぞ。


一瞬、ファーブライエンの視線が、鋭く睨みつけるかのようにバルクルムを刺した。

……が、それもすぐにかき消えて、その瞳にはもう何の光も映していない。


「いいだろう。そちらの値を言え」


予想通りの答えだろう、男がその言葉に驚くことはなく。

ただ静かに、にやりと笑む。


「……では、お聞きしましょうか。この私に何をするようお望みで? 閣下」


双方の顔に浮かぶ笑みはどちらも劣らず醜悪で、見ている私は吐き気がしていた。


……この、大馬鹿者らめ。





◇◇◇




「……坊ちゃま。出てこられても大丈夫ですよ。もうここには誰もおりません」

「ああ、ありがとう。……すまなかったな、シェドラー。お前も、さぞハラハラしただろう」

「ええ、……『ワイジャーマ』と聞いたときは、さすがに驚きましたよ。何事かと思いました」


普段、表情を崩すことのないシェドラーの眉間に、しわが寄っている。

その表情に、おもわずこちらも苦笑が漏れて。


「本物を騙るとはな。さすがに、自ら『賢者くずれ』と名乗るのは憚られたと見える」


ワイジャーマになり損なった挙げ句、道を踏み外したはみ出し者が。


隣室の明かり取りの隙間から見た光景は醜悪そのもので。

今思い出しても気分が悪くてたまらない。


賢者くずれと酒を酌み交わし、取引を進める実の父の姿を今更ながら目の当たりにし、叶うものならば嘘であれという願いも、ただただ虚しかった。


「助かったよ、シェドラー。あいつが来ると約束した時間を知らせてくれて」

「とんでもない。坊ちゃまのお役に立てたのなら、何よりでございます」


そう言って軽く笑む顔は、自分が幼いころから見てきたもので、別に久しぶりの再会というわけでもないのに、なぜかホッとして。

それまで無意識に固くなっていた体が、弛んでいくのを感じた。


今さら緊張が解けたのか。


……私らしくもない。


ライプニヒ公爵家に代々仕える執事の家系であるシェドラーは、この家をこよなく愛し、ずっと仕えてきてくれた。


リュークザインにとって、実の父であるあの男より、はるかに父らしい、温かい存在だった。


だから。

だから今、こうして自分のために差し伸べてくれる様々な助力が、この忠実で心優しい執事の大きな重荷になってはいないかと、不安になるときがあるのだ。


何も言わずに、私の下した判断に沿うのは辛くないか、と。


……今更なのに。


どうしたら確かめられるのか、いつかその忠義に報いられるのかもわからないまま。

低い声でただ一言、目の前の、背筋を伸ばして微笑みかける執事にリュークは言った。


「お前には、いつも助けられている、シェドラー。……本当に」


シェドラーの頬に少し深く刻まれたシワがさらに深まる。

そして軽い会釈。


「坊ちゃまは、ご立派です。安心して、ご存分に動かれますよう。……そして、どうぞこの家をお守りくださいませ」


そう言って、リュークのこれからの行動を見透かしたように、上着を手渡した。


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