王太子は夢を見る
レオンハルトは多忙を極めていた。
普段の政務に加え、結婚式の準備もある。
まだ一年以上先とはいえ、王族の婚姻の準備には色々と段取りが必要で、やる事も山積みで。
愛しのカトリアナに会って癒されたい気持ちはあるけれど、なかなかその時間すら取れない日々が続いていた。
「・・・殿下、その顔やめてくださいよ。死人みたいで恐ろしいです」
眉間に皺を寄せながら、ライナスが文句を言っている。
そう言われても、出来ないことは出来ない。
今、レオンハルトは超、不機嫌なのだ。
「カトリアナ、カトリアナに会いたい。癒しがほしい。もう五日も会えてない・・・」
そうぶつぶつ言いながらも、手元の書類は物凄い勢いで処理されていく。
今日こそは。
今日こそは、この書類の山をさっさと片付けて、妃教育を頑張っているカトリアナに会いに行くんだ。
そんな決意をもって、休憩も取らずに一心不乱に執務に取り組んでいるのだ。
最初は微笑ましく見守っていたライナスだったが、一瞬たりとも休みを取らないレオンの様子に、まず心配を、それから焦りを、そして今は呆れを見せている。
「いくら早く終わらせて時間を作ったって、そんな顔色で押しかけたら心配して、さっさと休むようにと追い返されるだけですよ? カトリアナ嬢はお優しい方なんですから」
ペンを走らせる手が、ぴたりと止まる。
「そんなに・・・酷いかい?」
「ええ、それはもう。死人が生き返ったのかってくらいです」
「えええ? そんなに?」
「はい、そんなにです。今の殿下とお会いしたら、カトリアナ嬢が怖がっちゃうんじゃないかと心配になるくらいです」
「うわあ、そうなの・・・? じゃあ、頑張っても無駄じゃないか」
「仮眠を取ることをお勧めします。時間がきたら責任を持って起こしますので、せめて30分だけでも」
「うう・・・。分かったよ。ちゃんと声をかけてよ?」
「勿論です」
ふう、と溜息を吐くと、レオンは椅子から立ち上がり、ソファへと移動して横になった。
疲れはピークに達していたようで、ちゃんと起こしてよ、とライナスに言いかけたところで眠りに落ちた。
その様子に、ライナスの口元がふっと緩む。
頑張ってますよね、殿下。
よし、待っててくださいよ。
オレからご褒美をあげましょう。
静かに執務室の後ろに下がり、そっと扉を開く。
そして扉の外で待機していた護衛騎士に、耳打ちをした。
「ん・・・」
あれ? どのくらい眠ってたのかな。
ライナスはちゃんと起こすって言ってたけど。
まだ眠気の残る頭で、ぼんやりと考える。
「お目覚めですか? レオンさま」
・・・なぁんだ、夢か。
逢いたかった女性の声が心地いい。
くるりと視線を巡らすと、大好きなカトリアナの顔が眼に映り込んだ。
ああ、いい夢だなぁ。
早く起きて執務の続きをしなきゃいけないけど、カトリアナは夢の中でもやっぱり可愛くて、眼を覚ますのがもったいない気もする。
「お疲れのようですね。ご気分はいかがですか?」
「・・・最高」
「え?」
夢の中でもカトリアナに逢えたんだもの。
最高の気分だよ。
心配そうな顔も可愛いなあ。
うん、すごく可愛い。
食べちゃいたいくらい可愛い。
そうだ、せっかくだし。
食べちゃおう。
いただきます。
「レオ・・・ンさ・・・?」
カトリアナの髪に手を差し込んで、ぐっと力を込めて引き寄せる。
ふふ、慌てた顔も可愛い。
そんな事を思いながら、唇を重ねた。
ああ、大好き。
大好きだよ、カトリアナ。
何だか、もごもごと暴れてるけど、ようやく重ねることが出来た唇をそう簡単に離しはしない。
相変わらず、しっとりと柔らかいカトリアナの唇。
さらりと顔に肩にかかる柔らかな髪。
腕をぽかぽかと叩かれても、ちっとも効きやしない。
夢とはいえ、やっと逢えたんだ。
少しくらい堪能させて。
角度を変えて、ちゅっちゅっと口づけを繰り返せば、腕を叩く手に、更に力が篭ったようで、少しだけ痛い。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。
ねぇ、カトリアナ。
うん?
痛い?
・・・夢なのに?
あれ?
ちゅっという音と共に、唇を離した。
あれ?
これもしかして・・・。
口づけの間、瞑っていた眼を開く。
「・・・レオン、さま・・・」
両手で顔を覆って、耳まで赤く染めて、ぷるぷると体を震わせているカトリアナがそこにいた。
うわあ、なにこれ。
すごく可愛いんだけど。
未だ現実味が湧かないまま、カトリアナの真っ赤な顔を見つめていると、その向こうから申し訳なさそうな声がした。
「なんか・・・すみません。うちの殿下がケダモノで」
なんだよ、ライナス。
また僕をケダモノ扱いする気?
・・・まぁ、ちょっと今日は、ね?
うん、やりすぎちゃったかもしれないけどさ。




