君はいつもとても綺麗だけど
「綺麗だ」
ケインバッハは目を細めてそう言った。
目の前で佇むのは、銀色のドレスを着て恥ずかしそうに微笑むエレアーナ。
結婚式で着る予定のドレスを、サイズ確認のために試着しているのだ。
リーベンフラウン王国では、婚姻の際、花婿となる男性の瞳の色のドレスを着用するのが慣例だ。
ケインバッハの瞳の色である銀は、奇しくもエレアーナの髪の色と同じであり、全身に銀を纏ったエレアーナのドレス姿は荘厳、且つ豪奢だった。
一見すると白に見える光沢のある銀の布地に、輝く銀糸で胸元、袖口、そしてドレスの裾に細やかな刺繍が施されている。
さらに美しい刺繍を飾るように、煌めく宝石が随所に縫い付けられており、試着のためティアラやイヤリングなどのアクセサリーを全く付けていないにも関わらず、息を呑むような美しさだった。
「いかがでしょう?」
デザイナーからの確認の問いに、ケインバッハは満足そうに頷いた。
「まるで妖精のようだな」
熱のこもった瞳で見つめられ、エレアーナの頬はじんわりと朱に染まる。
「早いものですね。あと数か月だなんて」
「君にとってはそうかもしれないが」
「あら、ケインさまは違うのですか?」
「ああ。長くて、待ち遠しくて、一日一日がもどかしくて。気が狂ってしまうんじゃないかと心配になるくらいだ」
眉間に皺を寄せ、大真面目にそう話す姿に、エレアーナが思わず笑みを零す。
「もう数か月しかありませんのに」
「まだ数か月もある」
そして互いに視線を送り合い、笑みが零れた。
気を利かせたデザイナーは、そっと部屋を退出する。
「君はいつだって花のように綺麗だが、今日は・・・そのドレスのせいだろうか、もうエレアーナが俺のものになったような気になってしまう。不埒なことをしてしまわないように、気をつけねばな」
「・・・ケインさまは、そのようなお方ではありませんわ」
「善良なる無垢は君の美点だが、男の理性をあまり信用しない方がいい」
指でそっと顎をすくうと、優しく唇を重ねる。
「わかったかい?」
顎に手を置いたまま、吐息の重なる距離でそう囁かれ、エレアーナの心臓がどくんと大きく跳ね上がる。
「・・・ケインさまは、意地悪になられましたわ」
「ん? そうか?」
「そうですわ。前はもっと・・・」
「もっと?」
じっと瞳を覗き込みながら、その先に続く言葉を待っている。
「もっと・・・辿々しかったですわ」
「たどたど・・・しい?」
意味が分からない、と言いたげに首を傾げる。
「そうですわ。上手く喋れなくて黙り込んでしまわれたり、焦って動きがぎくしゃくしたり、こんな風にさらっと誉め言葉を仰る事も出来ませんでしたのに」
「・・・俺はそんなに、みっともなかったか?」
「ケインさまはみっともなくなんかありませんわ! とても・・・とても可愛かったのです」
「・・・は?」
「・・・あ」
ぽかんとした表情のケインに対し、エレアーナは自分の発言に赤面する。
「も、申し訳ありません。わたくしったら失礼な物言いを・・・」
「いや、いい、気にするな。というより、こちらが気になってしまったが」
「え?」
「俺が・・・可愛いとはどういうことだ?」
気分を害した様ではなく、心の底から不思議そうに、真面目な表情で問いかける。
あ・・・殿方に可愛いって言葉は、失礼だったのかもしれない。
「いえ、あの、それはですね、ケインさま」
どうしよう。怒ってしまわれたかしら。
そう不安になった時、ぽすん、という音と共に、肩に軽く重みを感じた。
それまでエレアーナの顔を覗き込んでいたケインが、エレアーナの肩に頭を乗せたのだ。
そして、そのままエレアーナの首元に、すり、と鼻先を寄せる。
「ケ、ケインさま・・・?」
慌てて距離を取ろうとするも、がっしりと背中に腕を回されていて離れることも出来ない。
「・・・エレアーナは、俺を見て可愛いと思っていたのか? 格好良いではなく?」
肩に顔を預けてるから、表情は全く見ることが出来ない。
でも、その拗ねたような声で、今、どんな顔でその言葉を言っているのかなんて簡単に想像出来てしまう。
・・・そんなところが可愛いと思ってしまうのですよ?
そう思ったけれど。
これは心の中にしまっておくべきね。
首や髪にすり寄る姿は、まるで大型の猫のようだ。
いや、この大きさなら虎だろうか。
ケインはこの体勢が気に入ったのか、頬擦りを止める気配もない。
「ケインさまは、とても格好良いお方です」
「・・・嘘だ」
「本当ですわ。わたくし、今でも、よく見惚れてしまいますのよ?」
「本当に?」
「嘘など吐きませんわ」
「そうか・・・」
すりすりと頬を寄せる動きが、ぴたりと止まる。
「エレアーナ」
「はい」
「・・・これでも、格好良いところを見せようと、必死なんだぞ」
自信のなさそうな声の響きに、思わず笑みが零れそうになったが、それは頑張って堪えて。
ケインバッハの背に回したエレアーナの手に、少しだけ力が籠る。
「必死になどならずとも、ケインさまは素敵なお方ですわ。だって、わたくしはいつだって、気がつけばケインさまのお姿を目で追ってしまうのですよ?」
肩の上に置かれたケインバッハの頭が、微かに揺れる。
「・・・エレアーナ。やはり君は、俺の理性を信用し過ぎだ」
少し恨めしそうな声が、肩の上から響いた。




