嬉しい知らせ
「マイセンなら、わたくしも憶えていますわ。あの時考えたプログラムが、ちゃんと実を結んでいるのですね。わたくしもマイセンの騎士服姿、見てみたかったですわ」
「騎士になったのなら、この先いくらでも会う機会はあるんじゃないかな。もしかしたら、そのうち腕を上げて騎士団長になったりしてね」
今日は、王城にある中庭で、アリエラやエレアーナ、シュリエラも招ばれて、カトリアナとお茶を楽しんでいる。
勿論、レオンハルトやケインバッハだけでなく、アイスケルヒも後から合流して。
悪阻も収まり、お腹の膨らみも少し目立ち始めたアリエラは、ようやく回復した食欲のお陰で、一時期げっそりと痩せた頬も元に戻り、だいぶ健康的になっていた。
アイスケルヒが、甲斐甲斐しく焼き菓子などをアリエラの手元に持ってくるのを温かい目で皆が見守っていた。
「はあ・・・。あと半年もしないうちに、お姉さまとお義兄さまの赤ちゃんがお生まれになるのですね」
「ええ、わたくしも待ちきれませんのよ。お兄さま、是非、わたくしにも抱っこさせて下さいね?」
「勿論だとも」
この話題になると、アイスケルヒの頬は緩みっぱなしだ。
このテーブルに着いている者たちは誰も、アイスケルヒが『氷の貴公子』などと呼ばれていたことを思い出しもしないだろう。
「カトリアナさまは、一年半後には結婚式ですわね」
「そうですわね。でもまだまだ学ばなければいけない事が沢山あって、間に合わないのではないかと心配なんですのよ」
困ったように微笑む姿は、王太子妃の座が約束された今となっても相変わらず謙虚なままだ。
「カトリアナはよくやってるよ。とても優秀だと教師たちも褒めていたもの」
「結婚式までにちゃんと終わらせようと必死で勉強しているだけですわ」
「ふふ、そうなんだ。報告では、この一年10か月で殆ど学び終えたって聞いてるよ? 何事にも真摯に取り組むのは君の長所だけど、少しは肩の力を抜かないとプレッシャーで押しつぶされちゃうから、僕、心配だなぁ」
そう言って、そっとカトリアナの手を両手で包む。
そして、じっと熱い眼差しで見つめたりするものだから、妄想には強いけど現実に弱いカトリアナは、まるで茹で上がったように瞬時に真っ赤に染まってしまう。
「し、し、心配頂かずとも・・・あの・・・そ、そうですわ! ええと、結婚式といえば、わたくしたちよりも、ケインバッハさまとエレアーナさまの方が先でしたよね! あと半年、そう、あと半年ですもの。準備は滞りなく進んでらっしゃるのかしら?」
慌てて別の話題を提示してレオンからの熱い視線から目を逸らすと、レオン自身は不満そうにしていたけれど、そこは空気を読まないケインバッハがさらりとその話題に乗って返答した。
「準備は万端だ。実を言えば、一週間後と言われても対応できるくらいには全て整っている」
「うわっ、なにそれ。流石、宰相の懐刀。そういう采配には強いよねぇ。いっそ予定を早めちゃえばいいのに・・・って、そう簡単にいかないから面倒なんだよね、貴族社会って」
「同感だ。俺としては、陛下がお言葉を下さって日程が変更される事を祈っているのだが」
「あはは、その手が通じるんだったら、とっくに僕もやってるさ」
そこで、レオンの背後に立っていたライナスバージが、殿下、と声をかける。
「来ました」
「ん? ああ、そうか、そうだったね。こちらに通してくれ」
皆が不思議そうに見守る中、ライナスバージが振り向いて合図すると、微かな足音と共に紺色の髪の騎士が現れた。
シュリエラが一瞬、目を瞠る。
「レオンハルト王太子殿下。アッテンボロー・ガルマルク、参りました」
「ああ、ご苦労」
頭を下げるアッテンボローに声をかけると、レオンはその場にいた全員に視線を投げかけた。
「丁度、皆が集まってるからね、紹介しておこうと思って」
それから、レオンはカトリアナに顔を向けた。
「君の専属護衛を務めるアッテンボローだ。本当は君が王城で暮らすようになってから、という予定だったけど、まだ煩く騒ぐ令嬢たちもいるようだし、今日から君に付いて貰うことにしたからね」
「まぁ、そうなんですの」
「精一杯勤めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
カトリアナに深々と礼をするアッテンボローを、シュリエラはじっと眺めていた。
夜会で一度、私にダンスを申し込んだ人。
そして、その後再び申し込んでくることはなかった人。
気がつけば、互いに遠くから視線が合うことは何度も、それこそ何度もあったけれど。
ただ、それだけの人。




