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裏方の表舞台

どさり、と重たい音が室内に響く。

それと同時に、微かに呟く声も。


「半年ぶりのお客さん、か。こうも呆気なく終わられては暇潰しにもならないな」


ふう、と息を吐きながら、肩をぐるぐると回す男は、ベルフェルト・エイモス。

その足元には、男が一人、意識を失ったまま転がっていた。


その時、背後から、コツン、コツン、と響く足音が聞こえてきた。


やがて、足音はぴたりと止まり、低い声が恭しくこう告げた。


「エイモス長官。侵入者を引き取りに参りました」

「ご苦労、後は頼む。背後に誰かいないかしっかり聞き出してくれ」

「はっ」


返事をした後、部下らしき男は、床に横たわっていた男をいとも軽々と担ぎ上げた。


「それにしても、随分と数が減りましたね。ここ暫くは、誰もあの男と接触しようとする者はいませんでしたからね」

「ああ、我々としては暇を持て余すことになるが、王国にとっては僥倖だ。ここを訪ねてくる人間がここまで減ったというのはな」


ベルフェルトは、奥の通路に視線を送りながらそう答えた。

通路の先は行き止まりで、一つの部屋があるのみだ。


「まぁ、久々のお客さんだ。最大に歓迎してやれ」

「畏まりました。では失礼します」


侵入者を肩に担いだまま、軽く会釈をするとくるりと背を向け、再びコツン、コツンと規則正しい足音と共に消えていった。


「もうこんな時間か・・・」


時計を確認して、ベルフェルトは独り言ちた。


確か今夜は夜会がある筈。

侵入者について陛下への報告もあることだし、一度、邸に戻って支度せねばな。


最後にもう一度、ちら、と、奥の通路に目をやる。


良からぬことを企む者たちを誘き寄せる餌、賢者くずれが収容されている部屋を。


そしてベルフェルトは踵を返した。





「・・、そうか。侵入者を捕らえたか」


夜会の出席前、王族専用の控えの間にて報告を受けたシャールベルムは、表情は変えなかったものの、声は少し残念そうだった。


「不忠の輩が、まだ残っておったか」

「ただ今尋問にかけております。誰の差し金か分かり次第ご報告いたします」

「わかった。・・・いつもすまないな、ベル」

「これは自分から願い出た職にございますよ? 陛下」


にっこり笑ってそう言ってみせても、シャールベルムの顔色は晴れない。


何事か事件が起こされる前に潰す。

被害は最小限に抑える。

もし手を汚すことになるのなら、それは自分自身の手で。


ラファイエラスが去った後、ベルフェルトはそうやってこの国を陰から見守ってきた。


その選択に後悔は微塵もないというのに、この心優しき国王は、ベルフェルトを気遣うのを決してやめないのだ。


「お前の負担する分が大きすぎる」


いつもと同じ、心配そうに気遣う声に笑みで返し、自分は大丈夫です、と答えた。


「大したことはしていないのですよ。なにしろ部下が優秀ですのでね」


そう言って礼をしてから、控えの間を出ていった。


通路の先の広間からは、華やかな音楽が流れてくる。


出席せずに帰れば、余計に心配をかけてしまうかもしれん。


そう判断したベルフェルトは、会場へと足を向けた。


「・・・ベルフェルトお兄さま?」


会場の端、飲み物を取ろうとしたところで聞き慣れた声がした。


エイモス家の一人息子、ベルフェルトを兄呼ばわりする人間など、この国では一人しかいない。


「シュリエラか」


親戚筋のライプニヒ公爵家の令嬢、シュリエラ・ライプニヒだ。


「このような公の場で『お兄さま』はいただけないな」

「あら、それは失礼いたしました。ベルフェルトさま」


申し訳ないとは微塵も思っていない様子で詫びを入れる。


「お久しぶりにございます。珍しいですわね。ベルフェルトさまが夜会に出席なさるなど」

「別件で用があってな。お前は元気だったか?」

「はい、元気にしてありますわ。まだわたくしを夜会でエスコートしてくださる殿方には巡り合えておりませんけれど」

「いなくても不便はなかろう。リュークが代わりにやってくれるだろうからな」


ベルフェルトは飲み物の置かれたテーブルから二人分のグラスを取ると、その一つをシュリエラに渡す。


「ええ、まあ、今のところは」

「今のところは?」

「兄は来月、お見合いをなさるのです」

「見合い?」

「ええ」


シュリエラは、デュールの入ったグラスに口をつける。


「毎日毎日、兄宛てに山のように釣書が送られてくるのですが、兄は膨大な数の条件を設定して振り落としていました。ですが、今回、その条件をくぐり抜けた方が、ようやくお一人現れたようで」

「・・・リュークらしいといえばリュークらしいのだが。まぁ、本人がそれで良いと言うのであれば、見守るしかあるまいな」


やれやれと眉を下げながら、ベルフェルトもデュールに口をつける。


「兄はライプニヒ家のことを、いつも最優先に考えておられますから」

「仕方なかろう。それがリュークザインという男なのだから」


どこまでもブレない親友の姿に、いっそ清々しさを覚える程だ。


「兄離れが出来ない妹としては、面白くないということか?」

「なっ!」


ベルフェルトの軽口に、シュリエラの頬がさっと赤くなる。


「兄離れなど、する必要もありませんわ。そもそも兄は、わたくしに懐かせてなどくれませんでしたもの。・・・これまでは」


だんだんと尻つぼみになっていく言葉に、ふ、と笑みが漏れる。


「今更になって懐いてしまったから、却って寂しいという訳か」

「面白がっておられますでしょう?」

「ああ、そうだな。無関係の者からすれば、ただ面白いだけだな」


大袈裟に笑ってみせれば、むう、と膨れて。

子どもっぽい仕草に、思わず苦笑する。


・・・感情を隠せないのは相変わらずか。


「そんな顔をするな。仕方ない。今日は、オレがお前を構ってやろう」


そう言って、す、と手を伸ばす。


「シュリエラ嬢、宝石のように光り輝く貴女と踊る幸せを、この私に与えて頂けないでしょうか?」


蕩けるような妖艶な笑みを浮かべてダンスを申し込む。


大抵の令嬢たちはこの笑顔にやられるのだが、幼い頃から顔を合わせているシュリエラは、当然顔を赤らめることもなく、つんとした表情のまま自分の手をベルフェルトのそれに重ねた。


そして堂々と言葉を返す。


「よろしくてよ」


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