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王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする  作者: 冬馬亮


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移ろいゆくもの

婚約者となってから、ケインさまは週に一回、ブライトン邸を訪れてくれる。


それは以前と似た風景のようで、でもまったく異なるもの。


彼の傍にいた筈の人が今はいないから。


当たり前といえば、それで終わってしまう事なのだけれど、

もう子どもではなくなって、恋をした当然の結果ではあるのだけれど。


何も知らなかった頃には、戻れない。

戻りたいとも思わない。


でも、あの時にしか掴むことが出来なかった瞬間は、確かにあったから。


ときに懐かしく、ときに切なくなりながらも、私たちは前に進んでいくのだ。


「エレアーナ?」


目の前の愛しい人が、微笑みかけてくれる。


「どうかしたか? ぼんやりして」

「いえ、少し・・・思い出しておりましたの。皆で集まっていた、あの頃のことを」


殿下だけではない。

親しい友人たちとも、今はなかなか頻繁に会う時間が取れず、社交の場でようやく言葉を交わせることも珍しくない。


アリエラさまは結婚の準備でお忙しい。

でも兄の婚約者だから邸に来られる折にお顔を拝見できることもあるけれど。


カトリアナさまは、いよいよお妃教育が始まり、ほぼ毎日王城に通い詰めだ。


シュリエラさまは婚約者のいる私に気遣って、偶にしか訪ねて来ない。


分かってはいる。

納得もしている。


不満もない。

ただ、時の移ろいというものを感じているだけ。

好きなことだけをしていれば良かった時期が終わっただけ。


「・・・半年後には、アリエラさまをお義姉さまとお呼びしているのですね」

「そうだな」

「この邸もきっと華やぐことでしょう。アリエラさまは、とても明るくてお優しい方ですから」

「マスカルバーノ家は暫くの間大忙しだな。アリエラ嬢が結婚した後は、カトリアナ嬢のための準備に取りかからねばならないだろうから」

「・・・確か、カトリアナさまが十六におなりになったら、でしたでしょうか?」

「ああ、そう聞いている。それでも、待ちきれないとレオンはぼやいていたが」

「ふふ、殿下とカトリアナさまは、仲が良ろしくていらっしゃるから」

「確かに」


本当に、時の移ろいというものは、早くて、あっという間に過ぎ去ってしまう。

皆で集まってわいわいとお喋りに興じていたのが、まるで昨日のことのように感じるのに。


そんな少し物憂い気分になっているときに、ケインさまが、ふ、と顏を綻ばせた。

首を傾げて見ていると「いや、少し不思議で」と言葉を継ぐ。


「俺は一人っ子だからな。半年後には義兄と義姉が出来るのかと思うとどうにも・・・」

「ああ、そうでしたね」

「兄弟はずっと欲しいと思っていたんだ。だが母は体が弱くてな。・・・でも弟でも妹でもなくて、義兄と義姉か。なかなかくすぐったいものだ」

「そうですか? 意外とケインさまは甘え上手だと思いますよ?」

「俺が? 甘え上手?」

「はい」


くすくすと笑うと、不本意そうな表情を浮かべる。


「ご自覚はないかもしれませんね。でも、ケインさまの周りの方々は、皆、ケインさまを喜ばせることしか考えてないように思います」


筆頭は王太子殿下。

そして勿論、ダイスヒル宰相、それにカーン騎士団長やライナスさまも。

ベルフェルトさまの眼差しだって、ケインさまには特別温かい。


シュリエラさまもだ。

恋心ではなく、純粋にケインさまに敬意を払ってくれているのが分かる。


「ケインさまの持たれる魅力の一つなのでしょうね。かく言うわたくしも、魅了された一人にございますが」


そう言って微笑むと、ケインさまは困ったように首を傾げた。


「それはどうだろうか。俺の方が君にすっかり魅了されているというのに」


そう真顔で言われて。

恥ずかしくて思わず、「お戯れを」と、笑って誤魔化そうとしたけれど。


「戯れなどではない」


手をそっと重ねられて。


「俺は君の盾だと、前にも言っただろう。今は命を狙われる危険も去ったが、君を守るためならば死ぬことすら厭わない、その気持ちに変わりはない」

「・・・ありがとうございます。そのお気持ちはとても嬉しいですわ」


そう、嬉しい。でも。


「実際にそうなってしまったら、きっとわたくしも生きてはいられないでしょうけれど」

「エレアーナ・・・」

「貴方がこの世から消えてしまったとしたら、もう生きていても何の甲斐もありませんもの」


重ねられた手に、指を絡める。


「ですから、どうぞお約束くださいませ。もし何かの危険が迫ろうとも、わたくしをお守りくださること、そして貴方も無事に生き抜いてくださることを」

「・・・難易度が上がったな」

「ええ。ですがケインさまならお出来になりますわ。そうでしょう?」


じっとその眼を見つめる。

月を映したような、涼やかな銀色の瞳が私を映す。


「君の頼みだ。どうして断れようか」


絡めた手をすっと口元に引き寄せ、甲に唇を押し当て、彼はそう誓ってくれた。


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