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王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする  作者: 冬馬亮


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お前はその道を選ぶのか

「全くお前という男は。他人に興味などありません、という顔をしながら、その実、誰よりも気にかけているのだからな。損な性格だ」

「・・・ライプニヒ家の闇を一人で背負っていた男に言われたくはないな」


デュールを傾けながら、互いに言葉の応酬を楽しむ二人の姿があった。

ベルフェルト・エイモスとリュークザイン・ライプニヒだ。


今や、それぞれの家の滅門の危機を乗り越え、ミハイルシュッツの下、諜報機関のトップに立つ二人だが、リュークザインには目下の心配事があった。


それは、ほかならぬベルフェルトのことだ。


親戚筋でもある二人は幼いころから何かと行動を共にする機会が多かったが、それでもどこか一定の距離を互いに置いていた。


それは恐らく、自家の抱えていた危うさを幼心にも感じ取っていたからで。

何か起きた際に他家を巻き込むことのないように、と、無意識のうちにかけていたブレーキのようなものであったのかもしれない。


やがて二人はミハイルシュッツに見いだされ、有能な諜報員としてめきめきと頭角を現していく。

そうしてワイジャーマの助けもあり、自家の反乱の種を取り除くことにも成功した今、ようやく平穏な生活を楽しめる時期が来たというのに。


ベルフェルトは、今も自分を敢えて危険な立場に置こうとしている。

しかも、私の安全を図るために画策までして。


リュークザインは、そう考えていた。


「何故、私が表向きのトップにならねばならないのだ。いつのまにやら王弟殿下と話をつけおって」

「向いているからさ。そう睨みつけるな、ただそれだけだよ。他に理由などある筈もなかろう?」

「私である必要はない。むしろお前の方が向いている。そうだ、お前がやればいい」

「オレは裏でこそこそ策を弄する方が向いているのさ。部下への配慮も細やかで観察眼の鋭いお前こそ適任だろうが」


・・・相変わらず人を食ったような言い方ばかりだな。


「まさか、そんな理由で暗部の長に就きたかったわけではあるまいな?」

「はは、まさかのその理由だ。オレほどの適任者はいまい?」


くっと片方の口角を引き上げて笑う。


空になったグラスの中で、カラン、と氷がぶつかる音が響いた。


リュークザインは、この男ほど機転の利く奴を知らない。


変装が上手く、あらゆる場所にすっと溶け込んで。

細身の体から受ける印象とは真逆の腕っぷしの強さを持つ。


必要とあらば口八丁で相手を丸め込み。

正面攻撃も搦め手も得意で。


・・・だからといって、お前がわざわざ汚れ役を引き受ける理由にはならないのに。


どれだけの意地を張るつもりでいるのか、こいつは先日、暗部の長の座をミハイルシュッツさまに志願したのだ。


渋るミハイルシュッツさまを強硬に説得して。

盟友である筈の私だけを、安全な表舞台に連れ出して。


「・・・私たちは運命共同体だった筈だろう。何故、お前ひとりが泥をかぶろうとするのだ?」

「羨ましいのか? 譲ってはやらんぞ」

「行くのなら私も連れて行けと言っている」

「おやおや、熱烈な口説き文句だな。どうやらオレは男にもモテるらしい。まあ、この美貌だ、それも仕方ないと言えば仕方ない」

「・・・ベルフェルト」


どうしてお前は、自分には優しくしない?

お前は、幸せになっていい人間だろう。


私の眼に宿る苛立ちを見て取ったのか、ふ、と笑むとデュールの瓶を手に取りグラスに注ぐ。


「そう怒りなさんな、我が友よ。単に適性の問題なのだからな」

「ベル、お前は・・・」

「ラファイエラスさまを見て思ったのだよ」


ベルフェルトは私の言葉を遮り、グラスに口をつけると、言葉を継いだ。


「お前が一番よく知っているだろう、あのお方のことを。・・・あの方は、とてつもなく優しい。そして、汚れ役を進んで引き受ける方でもあった。さも何でもない事のような振りをしながら、嫌な役目をさらりとこなして」


その眼は懐かしさで細められ、口元も自然と綻んで。

懐かしい名に、それまで強張っていた自分の体も、ふっとほぐれていく。


「ああ、勿論、よく覚えているとも。我らの恩人でもあるのだからな」


私を救い、シュリエラを救い、ライプニヒ家の家門を救ってくださった。

デュールを少しずつ口に含んでいたベルフェルトは、ことり、と音をたててグラスをテーブルに置いた。


「あの方はな、オレにも聞いてくださったのだよ。『お前は大丈夫なのか』と。『バカ親父との決着をつけられるか』とな」

「・・・」

「恐らくは手を貸して下さるおつもりだったのだろうよ。・・・だがオレは断った。もうあの方は十二分にこの国のために動いてくださっていたからな」

「ベル」

「オレは嬉しかったのだよ」


とくとく、とデュールを注ぐ音が、室内に響いた。


「あの方の存在に震えた。嬉しくて、感動してしまってな。・・・おかしいだろう? このオレが、そんな感情を持つなんて」

「おかしい事なんてあるか」

「あの方には到底かなわない。なにせ賢者さまだからな、そもそも持っている実力が違う。・・・だがな、その真似事でもいいからやってみたいのだよ。いや、やってみたくなったのだよ。己の手を汚してでも、誰かを助けるという行為を」

「それで、なのか。今も縁談を断り続け、遊び人の風を装っているのは」


私の言葉に、いつもの人を食ったような笑みを浮かべる。


「仕事柄、人の恨みも多く買っているからな。守り切れる自信がない」

「エイモス家の当主はお前だ。他に継げる兄弟もいないのを忘れるな」

「・・・後継者は必要だが、それが今である必要はない。まあ、いずれ良き相手に恵まれるかもしれんし・・・そうだな、あるいは養子をもらってもいいのではないか?」


お前は昔からそういう奴だった。


優しすぎて、苦しんでいる人たちを見てられなくて、すぐに自分を犠牲にしてしまうのだ。


「そんな顔をしてくれるな。我が友よ」


苦笑しながらグラスに口をつける友の姿は、どこか自信に溢れていて。


だからだろうか。

こんな風に思ったりもしたのだ。


そんなお前の優しい志を犠牲という一言で片づけては失礼なのかもしれない、と。


「・・・そうか、お前はその道を選ぶのか」

「はは、だからといって油断するなよ。こんなことを言っておいて、お前より先に結婚するかもしれんぞ。案外、すぐにでもオレの運命の相手が現れたりしてな」


ベルの出まかせに笑いながら、一気にデュールを呷る。


なるほど。

お前がそこまで腹を括ったのであれば、私は応援するしかないのだろうな。


ラファイエラスさまは幸せそうなお顔をしてらしたし、今のお前も、そうだな、物凄く幸せそうに私には見えるのだから。

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