自分は馬鹿にはならない
「……それ、冗談でも笑えないのだがね? リューク」
ベルフェルト・エイモスは、美しい濃紺の眼をわずかに見開き、信じられないと言いたげに首を振る。
気持ちはわかる。
私も、ここまであいつらが愚かだと思わなかったからな。
「冗談ではない。もう一度言おう。冗談ではないぞ、ベルフェルト。……ファーブライエン・ライプニヒは、サンカナンの賢者くずれと接触している。目的はまだ掴めていないがな」
「……いやはや、賢者くずれって。一体、何をしようとしてるのやら」
「こちらが聞きたいさ。わが父ながら、その思考回路は不可解すぎて、全く読めないものでね。まったく、ここまで偉大すぎる父を持つと、あまりの有難さに涙が出そうだ」
自嘲気味に、はっと笑う。
……まったく、あのバカめ。
ベルは口に手を当てて、ふと気がついた様子で顔を上げる
「おやおや、まさか、あれのせいだと言うのか? 王太子殿下の婚約者の……」
「そのまさかだよ」
あの噂。
--レオンハルト・リーベンフラウン王太子殿下は、エレアーナ・ブライトン公爵令嬢を婚約者に望んでいる--
エレアーナ・ブライトン。王太子妃として順当だろう。
至極真っ当な選択であり、最適でもある。
あのシュリエラが選ばれると、本気で考える馬鹿はいない。
……いや、いたか。
バカ親とバカ娘が。
シュリエラに至っては、もうすっかり王太子妃気分で自分に酔いしれてしまって、見ているこちらの頭が痛くなるほどだった。
それを、あのバカ親は、嬉しそうに眺めて、さらに煽るようなことを言って。
「噂を聞いて焦った、そこは理解できる、あの誇り高きライプニヒ公爵ともなればね。でもね、だからって普通、賢者くずれに行きつかないだろう? よりによって、何で賢者くずれを選択する?」
「そう、そこだ。賢者くずれと連絡を取ろうとする目的は? あいつは一体、何をするつもりでいるんだ?」
テーブルの端を掌で強めに叩く。
苛立ちで、少々語気も荒くなって。
ふう、と息を吐いて、一呼吸置く。
少々頭に血が上りすぎているようだ。
それはベルフェルトも気付いているようで。
「……わかるはずもないだろう、そんなこと。君のお父上の考えだぞ。そうだろう、リュークザイン・ライプニヒ。オレたちは普通に常識ある人間なのだからね。考えるだけ時間の無駄というものさ」
「……ならば、どうする? この段階で報告するか?」
私の問いに、ベルは口元に手を当てながら少し考える。
「うーむ、接触する場所も時間もわからない。目的もはっきりしない。だがタイミング的に、殿下の婚約話がらみということは、確実、と。報告するか、報告しないか、さてさて、なんとも悩ましい」
「だが、何か事が起こってからでは遅い。後付けで、実は情報は入っていました、と報告したところで、ただ私たちの無能を証明するだけだ」
「……だねぇ」
確かに、情報は少ない。
……だが。
「とりあえず、ライプニヒ公爵家の動向だけでも報告しておこう。判断材料になる情報は、一つでも多い方がいい」
「了解、ハトを呼ぶかい?」
「いや、万が一にも情報が洩れたらまずい。直接出向いた方がいいだろう」
「それもそうだな。ではオレが行ってくるとしよう。リューク、君は……」
「私は、一旦屋敷に戻る。父か、あるいはほかの誰かから何か聞けるかもしれん」
椅子から立ち上がると、ベルは大きく伸びをして、体をほぐす。
上着を手に取りながら、こちらに向けるのは少々、憂いを帯びた顔で。
「さてさて、どうだろうね、リューク。……オレたちは、うまく立ち回れると思うかい?」
ベルの瞳は、不安のせいだろうか、少し揺れている。
お前は表情にこそあまり出さないが、感情豊かな男だからな。
私はベルの肩を軽く叩いた。声は意識的に強くして。
「もちろん立ち回れるとも、ベルフェルト・エイモス。そのために、私たちはここにいるんだろう?」
「……ああ、そうだったな。うむ、ありがとう、リューク。では、いざゆかん、我らの命運をかけて、だ。……じゃあ、仕事に取りかかるとするよ」
「あぁ」
上着を羽織って外に向かうベルの後ろ姿を、じっと眺める。
……あの馬鹿がいなければ。
いや、あの馬鹿が、あそこまで馬鹿でなければ。
私は、あんな奴の犠牲になどならん。
絶対に。
……そうだ、絶対に。
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