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私のしごとは陰陽師(仮)

 昔の人は言いました。

 タダより高いものはない。


 前に観たアニメでは、

「認識の違いによる不利益を後悔するとき、人は何故か他人を責めるんだよね」

なんて、言ってたっけ。


 私の場合は、どうなんだろ。

 選んだのは私じゃないから、恨むべき相手はお母さん?


『真奈美ちゃん!』


 言ってる側からお呼び出し。

 その声だけで、分かってしまう。

 また、トラブル発生ね。


        ◇        ◇


 世間一般の認識で言えば、私は異能者の枠に入るのだと思う。

 もうちょっと詳しく言うと、陰陽系?

 クラスのおたく達によると、平安時代っぽい衣装の道士や巫女さんが、呪符を構えて「喼急如律令」って叫ぶようなイメージらしい。

 とは言え、巫女装束とか着てるのは本部の人達くらい。

 私にとっては、初詣のバイトでしか縁がない格好だ。


 確かに普通と違う力を持っているけど、空が飛べたり瞬間移動が出来たりはしない。

 当然、変身も出来ません。

 一応秘密のはずだけど、事件が起きたら歩くか自転車で移動だし。

 と言うわけで、必要なものを詰め込んだ小さな鞄を持って家を出た。


 ここ虹ヶ丘ニュータウンは、人口12万人程度で、わりと賑やかな街。

 丘陵地帯を切り開いたので坂は多めだけど、子供の頃から住んでいるから、もう慣れちゃってる。

 見上げた空は、真っ青で。

 こんな良い天気の日に問題起こすなんて、まったく敵も気が利かないんだから。


 問題の場所は、街外れ近い公園だった。

 日曜日の昼下がりと言う事もあって、子供を連れたお母さん達がベンチで談笑中。

 ブランコがあって後は滑り台に砂場。特におかしな雰囲気はなし。

 なだらかな緑丘や、ところどころにある木陰も何もなさそう。

 となると、公園奥にあるため池の方かな。


 ケヤキ林の間を抜ける長い石段を一段ずつ降りて行く。

 半分くらい進んだところで、微かに漂う匂いに気がついた。

 これは何だろ。タバコとは違うけど、お香に近い感じ?


 石段を外れて、林の中へ入る。

 だんだん強くなる匂いは、どう考えても良さそうなものには思えない。

 短い林を抜けると、公園の清掃用具を管理しているプレハブ倉庫が現れた。

 横開きの扉はわずかに開いていて、鍵はかかってないようだ。

 あの中っぽい。


「唵阿毘羅吽欠」

 小さく真言を唱え、心を惑わす力への結界を張る。


 足音を立てず扉に近寄り中の様子をうかがうと、さっきから漂っていた匂いが一気に強くなった。

 中にいたのは、5人ほどのグループ。

 見ただけで不良と分かる男女が四人と――スーツ姿の女性だった。

 違和感あり過ぎな組み合わせ。

 女性の方が被害者なのかと思ったけど、他の人達が彼女を見る目は陶酔しきっている。

 これじゃ、アイドルの追っかけか、宗教の熱心過ぎる信者みたいだ。


 匂いの元は真ん中の机に置かれた香炉。いったい何を燃やしているのか分からない。

 けど、たぶん催眠とか洗脳とか、そんな効果がある薬品が混ざってるんだろう。

 恍惚とした表情を浮かべていた四人の身体が力を失って床の上にへたりこむ。

 それを見て、女性は妖しい笑みを浮かべた。

 まるで、食事を前にした獣のように。


 息を吸い込むと、大きく音を立てて扉を開いた。

「待ちなさい!」

 驚いて、こちらを振り向くスーツ女。

 一瞬だけ鋭い目をしたあと、馬鹿にしたように見下す。

 私の後ろに誰もいない事を確認したんだろう。

「ずいぶんと、可愛い乱入者さんね」

 余裕ぶって見せているけど、最初に慌ててる時点でバレバレです。


「何をしてるんです」

「何って、見たまんまだけど? 背伸びしたいお子様の望みを叶えてあげたの」

 思い切り、上から目線。

「皆、いい夢を見ている最中よ。あなたも参加する? 極上の快楽を教えてあげる」


 呆れた。

 たぶん、言葉のリズムとか香に混ぜた薬品とかで催眠効果になるんだろうけど、私には効かない。

 艶かしいはずの言葉も、気持ち悪いだけだ。

「結構です。間に合ってるんで」

 虚を突かれた表情してるね。自分の力が通じない事が信じられない感じ。


「てか、まず、その獲物を前にしたオオカミみたいな雰囲気をどうにかした方がいいですよ。

何を言っても信憑性ゼロです。振り込め詐欺の人の方がまだマシかも」

 あ、怒らせたかな。

 物凄い表情で、肩を震わせている。


「私に、そんな口を――」

「そう言うのもいいです。聞き飽きてるんで」

 台詞を途中で遮るのは、自分でも普通に失礼だとは思う。

 怒りの限度に達したスーツ女は、奇声をあげて私に飛びかかってきた。

 バチッッ 

 感電したような強い音とともに、私の肩に触れた手が弾かれた。

 相手の手のひらが薄く焼け焦げている。

 やっぱり物の怪の類か。


「あなた、何者なの」

 女が怯えて後ずさった。

「通りすがりの、女子中学生です」

「ふざけないで! ただの中学生に、こんな事できるわけがない……そうか、あなたもお仲間なのね。狩り場を勝手に荒らした事は謝るから、見逃してくれない?」

 なんか、勝手に勘違いしてるようだけど、まともに相手をしても仕方がない。

 心の中で真言を唱えつつ四縦五横に印を切る。

「ま、待って」

 聞く価値なし。

 目の前に浮かんだ陣を、そのまま相手の身体に飛ばす。

 本来は身を守るための九字護身法だけど、人外の相手にとっては苦痛を与え動きを封じる檻になる。


 相手の動きが止まったのを確認すると、私はスーツ女に歩み寄った。

 カバンの中から小さな鏡を取り出し、相手の顔へと突きつける。

「後はお願い。お母さん」

 鏡から眩い光があふれ出し、小屋の中を満たした。

 それまでは見えなかった薄黒いもやのようなものが、光の中に浮かび上がる。

 これが災いの元『邪気』だ。

 とりあえず聞いたとおり呼んでるけど、中二病みたいで、実はちょっと恥ずかしい。


 女の身体を包んでいた邪気が、鏡の中へと吸い込まれていく。

 倒れている方のメンバーからも、少しだが靄が流れ込んできた。

 妖魅に取り付かれている間の記憶は邪気と一緒に吸い取ったから、目が覚めても何も覚えていないはず。

 光が消えると、彼女は気を失って崩れ落ちた。


 小屋を出ると、扉についていた鎖に南京錠をかけた。

 来たときとは反対側の砂利道から遊歩道へと降りる。

 後始末は専門部隊にお任せ。脱法ハーブパーティとかの扱いになるのだと思う、たぶん。

 スマホをでメッセージを送り、私はその場を後にした。


 これでトラブルシューティングはおしまい。

 大事にならなくて良かった。


 とは言え、こうも続くと溜め息が付きたくなる。

 私の陰陽の力は、お母さんが自分の身を犠牲にして与えてくれたもの。

 自分で努力したわけじゃないから、突然の強い力に酔う気持ちも分かるけど。

 どうして皆、誰かを傷つけるようなやり方しか出来ないんだろう。


『力なき正義は無力だけど正義なき力は暴力。なんだそうよ』

 鏡の向こうにいる、お母さんの声が聞こえる。


 鏡に封じられた、お母さんの魂を救い出すという立派な目的があるんだし。

 私のは暴力じゃないわね、うん。


        ◇        ◇


 明けて、月曜日。

 私は、校舎の屋上に続く階段を上っていた。


「本当に、こんなとこにいるの? 邪気が見えるって子」

『間違いないわ』


 中学の屋上は花壇やベンチがあり、誰でも入れるけど日陰がない。

 夏は日差しが強くて人は少なめ。

 秘密の逢瀬には都合が良いけどさ。


 こんな季節の屋上に好んで上るのが、どんな相手なのか少し興味もある。

 扉から顔を少し覗かせて、屋上を見回す。

 誰もいない? あ、いた。フェンス際に佇む女の子。

 肩まで伸ばしたボブカットの黒髪。赤い髪留めが良いアクセントになっている。

 フェンスの天辺を見上げて手を伸ばし――もしかして乗り越えるつもり?!


 目の前で自殺とかされたら、一生のトラウマものだ。

 それに、死んで逃げ出すのは絶対お勧めできない。

 強い想いを残したまま死ぬと、魂が現世に縛られてしまうんだよ。

 結果、輪廻の輪に戻れなくなり、余計に長く苦しむ。


 仕事で邪気に侵された霊魂に出会うこともあって、浄化の一環で話を聞いてあげるんだけど。

 みんな口を揃えて、早く解放してくれって言うんだよね。

 死んだ当人から聞いた愚痴だから間違いない。


「待って、早まらないで!」

「えっ?!」

 彼女は、バランスを崩して床に尻餅をついた。

 何もないところで、何故転ぶ?

 こちらを見ている顔が、赤くなったり青くなったり。


「何があったのか知らないけど、死ぬのは駄目だよ。生きてたらきっといい事もあるんだから」

「え、あ、違うの。そういうのじゃなくて……私は大丈夫です」

 顔の前で手を振って慌ててる様子は、なんか可愛い。


「大丈夫なので、私はこれでっっ」


「ねえ。さっき、浮いてなかった?」

 足早に立ち去る背中に、言葉の爆弾をぶつけてみる。


 ずべしゃあって効果音が聞こえてきそうなくらい、見事な勢いで彼女は転びました。


「な、ひ、人が空なんて飛べるはずないよ。目の錯覚です。うん。知らないけどきっとそう」

 面白いくらいに慌ててる。

 私は超常現象なんて見慣れてるけど、この子は縁がなかったんだろうな。

 って、当たり前か。


「空を飛んでたなんて、私言ってないよ」

 側にしゃがんで笑ってみせる。

 改めて顔を見たけど、この子クラスメイトだ。


 ……ちょっと、まずいかも。

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