異世界プレッパー 〜理想のポストアポカリプスを求めて〜
『異世界のゾンビは、なぜ、パンデミックを起こさないのか』
その謎を探るべく、推しメンは『ゾンビ』のJK、私、石川紫乃は、現地へ向かうことに決めた───!
……この『トラック転生』への挑戦は、今回、3回目となる。
2ヶ月の入院を経ての今日なのだが、少しでもさり気なくトラックに轢かれたい。
前回、前々回ともに、当たり屋に間違われたのは心外だ。
私は異世界へ行くためのツールとして、ひっそり轢かれたいだけなのだ。
「ここはトラックの往来が多めだし、ばっちり逝けそう!」
現在、夕方から夜にかけての、ちょうどライトの光が通りづらい時刻となる。さらに、私がいる場所は急カーブの少し先。ドライバーが私を視認したときには、轢かなければとまれない状況となる、ばず!
「絶対逝きたい。もう痛いのヤダし」
黒いロングコートの襟をなおして待っていると、ヘッドライトが目をかする。
続けざまに急ブレーキの音が……!
ついに、しっかり、轢かれる…………!!!
私は固く目をつむり、両腕を広げて待つ。
だが、衝撃も痛みも微塵も届いてこない。
恐る恐る瞼をあげると、トラックが鼻先寸前で止まっているではないか。まるで空間に縛りつけられたよう。
実際、私の体もピクリとも動かない。
『石川紫乃、なんで異世界へ転生したいの?』
「……え…脳内に直接声が……?」
『あー、あたしは女神。なんでそこまでして異世界に行きたいの?』
再び聞こえた頭の声に、私は必死に話しかける。
「はい、女神様、私は異世界のゾンビが、パンデミックを起こさない理由を知りたいんですっ!」
『知ってどうすんの』
「ゾンビに対抗するプレッパーになるためには必要ですっ! そして、ゆくゆくは……」
『ゆくゆくは……? あのさ、プレッパーって、世界の終わりに備える人のことでしょ? 異世界じゃなくていいじゃない』
「私はゾンビに対抗するプレッパーになりたいんですっ! ゾンビがいない世界なんて、クソオブクソぉぉぉ!!!」
『うるさい! わかったからっ! あんたがこの世界にいたら有害すぎるから、その異世界に飛ばしてあげるっ』
「ほ、本当ですかっ!? ありがとうございますっ! ありがとうございますぅぅぅっ!」
……そうして私は転生ではなく、転移することとなった。
転生では赤ちゃんから始めなければならず、かなり時間を要するためだ。
本当に女神様様であるっ!
「しっかし、墓守かぁ……」
この世界はフィズィという。
魔法も魔族もスライムなんかも存在する世界。ざっくり言えば、ナーロッパ。
なので、もちろんゾンビもいる!
そのゾンビに対抗する人間が、墓守だ。
そんな墓守になれるのなら渡りに船! と思っていたのだが、かなり過酷な労働ばかり……。
礼拝堂の片付けから始まり、墓場の草むしりに、墓石磨き……とにかく、やることが山ほどある!
ではなぜ、私が墓守になれたのか。
それは単純に、墓守枠が空いていたからだ。
私が来る2日前に墓守が発狂、そして廃人に。
魔族の仕業らしいが、墓守には珍しくないことだと村長は言っていた。
だから墓守の仕事は、私のような異邦人や孤児の仕事となる。危険が多いため、村人にはさせないのが、この世界の常識だ。
ちなみに、この世界のゾンビは魔族が魔力で遺体をゾンビにするという。
「……生きてる人間はゾンビにならない……なら、ゾンビが死体を傷つけたらどうなるんだろ……」
パンデミックをしない理由は、まだまだ未解明!
私の探究心は尽きないのだが、ここでひとつ、大きな問題が。
それは、私が黒髪であること。
黒髪は魔族に近い存在とされ、穢れの象徴でもある。
墓守生活は許されたものの、環境的には村八分状態。
最低限の支給品に頼るしかなく、もちろん、この村からの外出も許されていない。
一度近くの森まで遊びに行った際『穢れが神聖な森を歩くな!』と捕まり、3日間食事抜きの刑に……。
「全然プレッパーできませんよ……」
まだマシなのは、言葉や文字の読み書きなどが女神のおかげで支障がないこと。そのためこの世界で学ぶことは生活習慣などのルールばかり。
ここで一番よくわからないのが、宗教上の理由で墓地に柵や塀を建てられないことだ。
「囲えたら、ゾンビ集めてプレッパーごっこできるのになぁ……」
掃き掃除をしながら、止まらないため息を落とす。
「……はぁ…ホント転移失敗って感じ…はぁ」
───今日は赤い月が昇る日。
魔族が出やすい今晩は、寝ずの番となる。
4度目なので、多少は慣れてきた。
コーヒーに似たお茶をすすりながら、見張り用に作られたやぐらで魔族を待つ。
ここなら墓地全体を見渡せ、遺体がゾンビ化すれば鐘を鳴らして村人を逃すことができる。
「今日は来てくれるかなぁ。前回はとなり村だったし」
ワクワクしながら、ゾンビ検証に備える。
まず、ゾンビの徘徊を阻止できるか検証。またゾンビになった場合、墓守のスキルである『お祈り』で、消滅に何秒かかるのかを検証予定だ。
5杯目のお茶を飲みほして、月の方角を見る。
夜中の3時を回っただろうか。
突如、赤い月明かりに黒い影が浮かびあがった。
「我は、魔王ベリアル! さぁ、貴様らを不死の兵士としてやろうっ!」
美声が響きわたる。
同時に、禍々しい空気が流れてくるのを感じる。
「うぇ……乗り物酔いの感じ……もしかして、これが魔力……?」
いきなり地面がわきだした。
棺のない土葬だからか、次々に腕が生えてくる。その腕で体を持ち上げようと肘を立てたが、ゾンビは体を起こすことはできない。
腕が折れたのだ。
埋まったままのゾンビに、魔王があたふためいてるが、これは私が関節に切り込みを入れておいたおかげだ。まともに出られないのなら、襲われない。さらに土の中のゾンビなら、戦わずに消滅できる。
「これなら簡単! 安全安心は第一だよね、やっぱ」
───カツ
後ろに誰かが立った音。
「貴様が墓守か……」
ゆっくり振り返ると、漆黒の上質なコートが目に入る。
さらに視界を上げていくと、淡い褐色肌とふわりと揺れる黒髪、額には黒曜石のような1本角が。
冷淡な赤い目は、鋭く私を見下ろし、悔しそうに唇を噛む。
だが、息をのむほどに眉目秀麗な男───
彼の細腕が、おもむろに振り上げられた。
……殺される……っ!
腕を盾に身構えたとき、
「貴様、遺体をなんだと思っているっ!」
彼の赤い爪が、私の眉間で止まった。
「あまりに非道すぎるっ! 遺族の気持ちになったか? 本人の気持ちは? だいたい体に刃をいれるなど……貴様はそれでも人間かっ!?」
魔王は地面から出られないゾンビを眺め、可哀相にと声をあげて泣きだした。
呆気にとられる私に、
「……ゾンビがそれほど憎いのか……?」
魔王から哀れみの視線が向けられる。
むしろ、再び泣きだしそうだ。
「いや、ゾンビが大好き、というか」
「……好き……?」
「ゾンビって本能だけで動いて、めっちゃクールじゃないですか! そんなゾンビがいる場所で、ギリギリ命を繋ぐ生活って、めっちゃカッコよくないです? それに備えるプレッパーもめちゃめちゃ大好きで!」
「理解できん」
「あ、魔王なら、ゾンビがいっぱいいる場所とか知らないです?」
「何を言いだす」
「とにかく! ゾンビがたくさんいる場所で、私は生活がしたいんですっ!!!」
ぐっと顔を寄せると、魔王の顔がぐいっと下がる。
「……こ、こういうことか……?」
ぎゅるんと景色が混ざっていく。
視界が開けると、そこは─────
「……楽園、ですか……?」
廃墟の屋敷、朽ち果てた庭、そこにゾンビが所狭しと蠢いているっ!!!!
「ゾンビの待機所だ。人を襲わないよう命令しているから安心しろ」
「そこは襲うようにしないと」
「急に襲ったら危ないだろ! それにゾンビ兵士は、あくまで我の存在を示すためのもの。普通、人間は我を見ただけで気が狂う。だが、貴様は……そうか…狂ってるんだな……そうか」
「マトモです!」
「まあいい。そこの屋敷を好きに使え。貴様は人の世界にいたら害悪でしかない!」
「あの屋敷使っていいの? まじ? うそ! もう感激っ! 魔王、私のことはシノって呼んでっ」
ゾンビの間を縫うように舞いながら、腐った匂いに鼻をつまんで、私は叫ぶ。
「朽ちた屋敷に、ゾンビの群れ! 物を集め、生活水準をジリジリ上げながら、ゾンビに対抗する生活っ!……超ポストアポカリプスぅぁぁぁぁぁっ!!!」
駆け出そうとした私の肩が掴まれる。
「なに魔王?」
「ベリアル様と呼べ! あとよく聞け。ここにいるゾンビは我の家族だ! 傷つけることは許さん!」
「家族……?」
───こうして私のポストアポカリプスづくりが始まった。
これからここに永住するにあたり、衣食住の、住の場所は確保できた。
次は、食の確保だ。
私はゾンビを避けながら、食糧を確保することができるのか……!?
「もう楽しすぎて、爆発しそうっ!」
「そのまま塵に還れっ」
「魔王、なんか言った? よぉし、水と食料、探さないと!」
スキップで歩き出した私の後ろを魔王が心配そうについてくる。
私はそれに構わず、辺りの散策に出かけることにした。