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ハイド&シーク, indoor

「いーち、にーぃ。さーん」

 駄菓子屋を背後に、1から10までの数字を数える。

 僕たちは、隠れんぼをしていた。

 勿論、僕から切り出したわけじゃない。

 玲央奈――通称レナが持ち掛けてきた遊びだった。

 最初、僕は隠れんぼを断った。

 

 この村はとても田舎で、年の近い者といえば、僕にとってはレナしかいない。

 それはレナにも同じことが言えた。とにかく彼女は、暇を持て余していたのだろう。

 だから中学二年にもなって、隠れんぼをしようなんて誘ってきたに違いない。

 ただし田舎だと言っても、気が遠くなるほどの距離を行けば街がある。ネットもある。

 ゲームも買える。

 田舎に友達はいなくとも、ネットに繋げれば人間は腐るほどいるのだ。

 だから僕は、レナの誘いを断った。


 ゲームを持っていないレナは、断った理由を聞くと大暴れした。

 女子とは思えない力と暴れっぷりで、彼女は物という物を壊し始めた。

 このままでは僕のゲームも危うい。

 そう考え、僕は2人だけの隠れんぼに参加することにした。

 それが、最初の過ちだった。


 ボクはジャンケンするよりも先に、自分が鬼になることを提案した。

「きゅーう。じゅう」

 決めていた時間を数え、レナを探すという名目で、駄菓子屋の中へと入る。

 探しているという嘘を与えるために、いちいち騒音を起こしながら探すフリをする。

 駄菓子屋に住んでいるのは叔母だけだ。

 つまり現在、この建物にはボクとレナ、叔母の三人しかいない。

 その叔母は、居間でテレビを見ている。


 では、トイレには何故カギがかかっているのか。

 結論から言うと、レナはトイレに篭っていた。無論、隠れるためだろう。

 あっさりと獲物を見つけてしまったが、鬼は交代していない。

 僕が見つけていないからだ。

 彼女はきっと、ボクに見つからまいと息を押し殺しているはずだ。

 ラベンダー臭いトイレの中で。


 僕は好都合とばかりに、ポケットに忍ばせていた携帯ゲーム機に手を伸ばした。

 そのまま、隠れるのに打って付けの狭いスペースで腰を降ろす。

 これが、第2の過ちだった。


 しばらくすると、叔母が僕らの名前を呼んでいるのが聞こえた。

「もう暗くなるから、そろそろ帰りなさい」

 この村には街灯がない。日が暮れれば、帰るのも一仕事になってしまう。

 僕は頷いて、レナを発見するためにトイレへと向かった。

 だが、トイレには誰もいなかった。


 隠れんぼを始めてから、ゆうに2時間は経っている。

 さすがに頭のよろしくないレナでも、すっぽかされているのが分かったのだろう。

 そう考えるが、別のところで始まっていた思考が、僕に話しかけてきた。

 そんなことをされて、彼女が暴れもせずにいるなんておかしくないか?

 確かに、僕の思考の言うとおりだった。

 だとすれば、今も健気に隠れているのかもしれない。


 レナは破壊者だが、ルールだけは破らない。

 つまりレナは、確実に、戦場である駄菓子屋の中にいるはずだ。

 だが、見つからない。

 不安に駆られた叔母がレナの両親を呼び、探させたが、レナはどこにもいなかった。

「入退店の音楽が鳴らなかったから、家の中にいる」

 叔母の言葉を、レナパパが刈る。


「耳が遠くなったのかもしれない」

 その発言に叔母は顔を真っ赤にさせたが、その音はボクも聞いていない。

 残るのは、じゃあどこに居るんだ。という疑問だ。

 彼女は文字通り、消えたのだ。


 真っ先に動いたのは、レナの父親だった。

「レオナを最後に見たのはどこだ!」

「トイレです」

 レナパパの表情が厳しくなった。

 トイレは既に確認済みだ。

 カギは解放され、中はもぬけの殻だった。窓もない。

  つまり、手がかりもない。


 駄菓子屋の中は大騒ぎだった。

「お前が子守をしないから!」

「な、なによ! あなただって――」

 怒鳴り散らすレナパパ。

 反論するレナママ。

 誰もかれもが、口だけを動かして体が動いていない。


 こんなんじゃ、見つかるものも見つからない。

 僕だ。僕が、なんとかしなきゃ。見つけなきゃ。

「レナ、どこに行ったんだよ……」

 そう言って、気づいた。あれ? おかしいぞ、と。

 そもそもが違うのかもしれない。

 レナは、どこにも行っていないのかもしれない。

 少なくとも自分の意思では。


 そうだよ、おかしいんだ。さっきも思ったじゃないか。

『遊びをすっぽかされて、レナが暴れださないのはおかしい』

 僕がゲームをしている間、駄菓子屋は本当に静かだった。暴れた痕跡もない。

 結論として考えられるのは、誘拐か、まだ隠れているかだ。

 だけど、こんなに大騒ぎになっているんだ。

 レナはバカで怪力だが、これだけ心配されているのに姿を見せないほど、意固地でもない。

 だけど誘拐にしては、暴れた痕跡がない。

 レナのことだ。誘拐犯の僅かな一瞬の隙で、トイレに飾ってある花瓶を割って然るべきだ。


「……もう一度、トイレを見てみよう」

 レナの視点になって。もう一度、考えてみよう。

 強烈なラベンダー臭が充満するトイレに入り、ズボンを履いたまま便座に座る。

 そしてカギを閉めて、考える。


「お前が!」

「あなたが!」

 だけど、外の騒音が邪魔をする。

 ああウルサイ。こっちは真剣に考えてんだ。

 苛立ちながら、耳をふさいで整理する。


 カギは内側からしか開かない。

 でもカギは開いていた。なら、どんな時にカギを開ける?

 そりゃトイレから出るときだ。


 いつトイレから出る?

 用がなくなったか、誰かが入ろうとしたときだ。


「そうだ、ばーちゃんがトイレに入ったかも」

 そう思って両耳から手を放すと、トイレの外が静かになっていた。

 どうやら、論争が終わったらしい。

 とにかく、聞き込み開始だ!

 意気込んでドアを開けると、そこはもう、駄菓子屋の中ではなかった。


「……え?」

 あったのは短い廊下だ。その先には、2つの扉。

 片方は黒い扉だった。

 下の隙間から、血のように赤い液体が流れてくる。すごく生臭い。嫌な感じだ。


 もう片方は、黄土色の扉だった。

 扉の奥から、「ひッヒ」と、短く甲高い声がする。

 ドアの隙間からは、細かな砂粒がパラパラと漏れていた。


「な、んだこれ。なんだ? なにこれ……?」

 思わず後ずさり、トイレに逃げ込む。怖い。

 泣き出しそうになるのを堪えながら、勢い付いてドアを閉める。


 おちつけ、なんだ? 大丈夫だ、なんだアレ。どういうことだ?

 見間違いか? いや、そんなレベルじゃ。

 恐る恐る、わずかな勇気を振り絞って、今度はそっとドアを開けてみた。


 ドアの隙間から除くと、なんでだおかしいだろ。

 また、景色が違っていた。

 目前にあるのは、やはり短い廊下だ。

 でも、今度の扉は1つだ。

 さっきの扉のみたいに、嫌な感じはしない。一見、普通のドアだ。

 でもすでに、この状況が普通じゃない。


「見間違いじゃ、ないのかよ」

 と、そこで気づいた。

「もしかして、レナも……?」

 そうだ、存分にあり得る。

 駄菓子屋に戻れないのなら、大暴れすることもできない。


「ああくっそ、嫌だなあ。だいたい、どこに繋がってんだよ……」

 だけど行くしかない。

 もうなんか分かんねぇけど、やるしかない。いるとしたらこの先だ。

 僕が、見つけなきゃ、そんで、連れ帰らなきゃ。

 おし、頑張るぞ、頑張れぼく。ふざけんな嫌だよ。

 そう自分にカツを入れてから、僕はドアを開いた。



「おや。また人間か」

 ドアの先は和室だった。

 だがそこに正座している男は、しかし人間じゃない。

 なにせ頭がない。

 胴体と、7本ずつの手足があるだけだ。

「本当に来るとは、思わなかったよ」


「ど、どういう……?」

 緊張と混乱と恐怖で、頭が回らない。足が震える。


「ああ、握手を求められたよ、レナって子にね。君、カゲフミ君だろ?」

「そ、うだけど……。レナは……?」

 やっぱりレナはここに来たんだ。

 部屋にいるかと見渡すが、何もない。周りは一面、壁だ。


「さあ。元の世界に帰るって言って、もう次に行っちゃったからねえ」


「あ、アナタは?」

「妖怪ともいうし、悪魔ともいう。天使ともいうか。

 わたし個人の名前は、とうに忘れてしまったけどね」


 どうやら、ゲームみたいに闘うことにはならなさそうだ。

 そうなれば情報だ。とにかくわけが分からない。


「元の世界って?」

「君たちは異界と異界をつなぐ扉を通ったの。君たちが開けるドアは、気を付けなよ。幸せに満ちた世界から、絶望の世界まで無数につながっている。ひたすらドアを開けるしかない」

 

 男は1つのドアを指さした。

「気を付けなよ。その先の世界観が、ドアから漏れ出す。嫌悪を感じたなら、行かないほうがいい。

それを選べるならね。もっとも、ここから行けるドアは、あれ1つだけだ」


「レナは、あのドアに?」

「ああ。こうも言ってた。私は自力で帰るけど、もし帰れなくても、きっと見つけてくれる。これはまだ、ルール的にはかくれんぼだからって」

 間違いなくレナの言葉だ。他人のことを考えず、猪突猛進に突き進む。

 好きで嫌いなところだ。


「君も行くんだろ、レナって子の話によると」

「……嫌だけど、ぼくたちが始めたかくれんぼだから……」


 行くしかない。とにかく、彼女を見つけなきゃ。

 ラベンダーの強烈な匂いが漏れ出すあのドアを、開けるんだ。

 2人で帰るんだ。


「なら、遠慮はいらないね。いらっしゃい。ここからは、わたしたちの世界だよ」 

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