ヒーローは秘密がいっぱい
ブラック企業ってどういうのが条件になるのだろう。休みが少なく、サービス残業ばかりの仕事だろうか。もしくは、上司からのパワハラやセクハラ、精神的苦痛から来るものが激しい会社だろうか。ニュース等ではやはり長時間労働が多いのかなと思ってる。個人的に言わせてもらうと僕的には、突然呼び出されて死にものぐるいで戦って終わったらまた呼ばれる、というのも是非追加して欲しいね。え、救急車の話をしてるのかって? 違う違う、僕は――
「ハァハァ……転職、したいなぁ」
――ヒーローをやってます。
日曜日の深夜2時。昔には丑三つ時なんて言われてた時間に、新規採用されたばかりの僕こと西条玲さいじょうれいは汗と血と涙を流しながら立っていた。寒風摩擦やり過ぎたとかではなく、頑張って戦って証だ。
どこからどうやって現れてるのかも分からない人を襲うバケモノ。呼称とか付いてたっけかな、忘れた。バケモノ達はこちらの気持ち等考えてくれる事なく現れてくる。朝シャンしてる時とか! トイレで大を出してる時とか! 本当に所構わず出てくる。あ、たまに壁に埋まったまま頭だけ出てるやつなんかは凄い楽。キューピーの3分クッキングの出来たものがそのまま出てくる感じ。
このバケモノってのは災害に等しいもので、ばったり会ってしまったら運が悪かったね、以上。まあだからってやられっぱなしじゃない。台風なら来るのを予測ししっかり家に籠るとか地震には揺れないような建物を作ったり予測したりとか。そしてこのバケモノにも勿論対策がある。それは、耐える。引き付けて引き付けて周りに被害が出ないようにする。それも3分だけ。すると消えるのだ。まるで自分が戦ってたのは蜃気楼だったのではないかと疑ってしまう程だ。慣れてしまえば、「そういうもの」と捉えられるようにはなったけどね。
『レッドさんお疲れ様でした。次の任務まで待機していてください』
腕に巻いてあるブレスレットからいつもの機械音声が聞こえる。これが聞こえたら終わったっていう証拠。
「……ヒーローってもっと、カッコよくてポージングして決めポーズの時に地面が爆発するもんだと思ってたんだけどなぁ」
しみじみと昔の事を思い出していた。戦隊ヒーローが現実になったんだと、ワクワクしたんだがな。
「現実はこんなもんでしょレッドさん。というか、今だに自分は信じられないですよ」
「まあ、そうだな」
隣で屈伸をしながらブルー君がそう言った。
実は、仲間ではあるがブルー君の顔を僕は知らない。今この場には僕とブルー君の2人しかいないけど、他に3人いて合わせて5人の班になっている。
「あれ、他の3人にもバケモノが出るってのは通知されてる、よね?」
「レッドさん、いつもの事ですがこの時間帯は3人とも来ませんよ。ピンクは『肌が荒れるから』イエローは『夜はソシャゲのレイドがあるから』グリーン『アニメは生で見ないといけないので』でしたっけね」
「そうだったな……アイツら、アイツらはホントに早くクビになってしまえ」
「そうなって欲しいですけど、そうも行かないのが何とも世知辛いっすよね」
バケモノ共が出始めたのはここ数十年の事で、あまり対処される為のあれやこれやが整ってはいない。現に今も人手不足であんな、あんなゆとり世代みたいな奴らがうちの班に…!
「いつもの事なんすから、気にしても仕方ないっすよ」
「ブルー君は軽いな。その割にはいつも僕と一緒に戦ってくれるよね」
「そりゃ、脱サラして腹が出てないとはいえガリガリのオッサン1人だけ戦わせてしまうほど、鬼畜じゃあないっすからね」
優しい、ブルー君全身青タイツで顔とか全然知らないけど、チャラそうな言葉使いなのに優しい! 優しいブルー君だけど!
「ありがとう……ありがとう……! でも、ブルー君僕を盾にするよね」
「レッドさんが前にしゃしゃり出てるんすよ」
「そうかなぁ、そうなのか?」
僕達が着てる全身タイツ、無駄に高性能でどういう技術なのか破けても元に戻る。傷は治らないのだがね!おかげで僕もブルー君も一見すると綺麗な全身タイツな訳だが、彼1度も破けてるの見てない。まあ、来てくれて戦ってるだけ良いか。
「さ、終わったしお互い家に帰」
『バケモノの顕現を確認。至急近くにいる班は向かってください』
「レッドさん。俺達が1番近いっすよこれ」
「……家に帰ったら、スト〇ングゼロ飲まないとやってられないな」
「はいはい、さっさと行きましょ」
僕達の夜は、まだまだ終わらない。
結局、朝の6時に別の班が僕の地区――江戸川区を守る時間になったので一旦帰ることに。通常は行かないが、大量にバケモノが顕現したりした場合は無慈悲にもブレスレットが鳴る。とはいえ、今はもうお酒とかどうでもいいから寝たい。
ヒーロースーツ(タイツ)を脱ぎ、洗濯機に入れる。修繕は勝手にされるけど、洗濯をしてもいいが、乾燥機はダメらしい。よく分からない。その後下に来ていた薄い白いシャツとパンツを脱いでシャワーを浴び、リビングに行くとふと窓から入る日光を遮るようにカーテンレールにかけてあるくたびれたスーツが目に入る。
「ヒーローが要らなくなったら、また僕はスーツを着て働くのだろうか」
何となく、呟いてみるが誰もそれに答えを出す者はいない。
少し昔の話をするが、僕は新規採用されたヒーローだ。だが、20代という訳では無い。30代も半ばの中年に片足突っ込んでるようなオッサンだ。バケモノが初めて現れた時、僕は大手企業に入ったばかりで自分が襲われたりしないのかと思いつつも死ぬかもしれない仕事よりは今の仕事を覚えたり慣れたりするので精一杯だった。だから、耳や目から情報は入りはすれどそのままにした。
それから10年くらいが経った。仕事にも慣れ、仕事も任せられるように少しはなった。そこで、気づいたのだ。
『ああ、つまらないな』
って、気がついてしまった。『仕事を初めて3年は辞めるな、10年続けて面白くないと思ったら辞めたらいい』初めて会社に入った時に、親父がそんな事を言っていたから僕は頑張ってここに入る為に一生懸命資格取って勉強もしたんだから辞めるわけないだろって、笑い飛ばしたっけか。
だけど、それは前触れもなく、突然降って湧いた感情だった。その気持ち、感情を持ってからは仕事が苦痛でしかなかった。だからすぐに会社を辞めることにした。
面白そうな事をしたいなと思ってその後数年は色々な仕事をした。でもしっくり来るものは無いし、そもそも職に就くのが難しい。中途採用なんてのは即戦力にならないとなかなかない。だからと言って前と同じ仕事をやるような会社には行きたくはない。
そして僕はバケモノ共を倒す、いや消えるまで耐えるヒーローという常に人手不足の職に就いた。最初は危ないんじゃないかと思って避けてはいたが、調べてみたら性能のいいスーツがあるから死にはしない。5人で基本動くから1人で戦うことはない。いや、『基本』はってのをちゃんと警戒すべきだった。うちの班がまあおかしいだけらしいけども、うん。他はちゃんと5人らしい。
とにかく、僕はならやってみようかなと思った。
ヒーローはでも誰でもなれる訳ではなく、適正? があるかどうかで全身タイツを扱えるかどうかが違うらしい。人によってはタイツの防御力が違ってくるので適正かどうかは本当に大事だ。
オッサンでも大丈夫なのかと、説明会が開かれてたので聞いてみたら60歳の爺さんでも戦っているんだとさ。定年までが70まで伸びたからって肉体労働だろうに良くやれるなと思った。
ちなみに、ヒーローを雇うのは国ではなく地方の都道府県だったりする。なので僕は地方公務員って訳だ。
試験や面接等はなく、研修を1週間やったら即実戦投入された。武器とか扱うのではなく、素手でバケモノを引きつけるというか、耐える。全身タイツのおかげか多少は痛みを和らげてくれてる? らしい。
バケモノからの被害を抑えるのともう1つ僕にだけ仕事がある。班の他の4人にはない、僕だけの仕事。
それは、バケモノと戦う事を恐れて逃げてしまうヒーローを捕まえて記憶を消すという仕事。