トライアングルリスタート
「チクショー、魔王を倒したらみんなに祝福されて勇者様とめっちゃいちゃラブで幸せな人生が待っていると思ってたのにっ!!」
布団から飛び起きると体が汗でぐっしょり濡れている。
バクバクと心臓が早鐘のように打っている。
外は暗くまだ起きるような時間じゃない。
「あれ? 私は死んで、でも悔しくて……あれっ?」
夢を見ていた?
違う。
一つずつ整理していかなきゃ。
「十五歳の時に勇者様と旅に出た。五年の旅の末、魔王との決戦に挑んだ。でも力を使い切り、私たちは最後の最後に彼を一人で行かせてしまった」
うん、覚えている。
あの時のことは忘れたくても忘れられない。
空が青く晴れ渡り、世界に平和が戻ったことが分かった。
「でも、勇者様は戻ってこなかった。絶対帰ってくるって言ってたのにっ! せめて私だけでもついていけたなら……」
そのまま勇者様の帰りを待つとか言って生涯独身を貫いたけど、自分のことながら重い女だったわ。
って浸ってる場合じゃない、現状を把握しないと。
「さっきから妙にリラックスできると思ったら、ここは子供のころの私の部屋? それに手にしわやシミがひとつもない。七歳のころにもらったクマのジミー君もまだ新しいってことは、過去に戻ってる?」
まさか、とあり得ない期待に胸が震える。
やり直せる。
十の時に才能を見いだされ、五年の修練の後に勇者パーティーへと抜擢された過去も決して努力をしなかったわけじゃない。
でもあの時より三年早く、さらに洗練された効率の良い方法で修練を重ねれば彼を失わなくても済む。
そして今度こそ、今度こそ……。
「勇者様といちゃラブで薔薇色の人生が待ってるわ!!!」
「ミコトちゃん、さっきから大きな声出してどうしたの?」
「な、なんでもないよお母さんっ!?」
あの決意から五年の月日が流れた。
予定通り三年で王都の勇者学校に招かれ、回復魔法の専攻で二年連続の首席をとっている。
同じパーティーだった騎士専攻のレナスと、攻撃魔法専攻のファラの名前も自分と同じ位置にいる。
そして戦士専攻のソラ君、彼も首席に名を連ねている。
思わず手に力が入る。
「ミコト、珍しく嬉しそうね」
「成績が良かったら喜ぶのが普通じゃない?」
「それはそうだけどさ、ここまで嬉しそうなのは初めてみるような」
「そうかもね、来年から始まる演習のパーティが成績順で決まるって噂が流れてるからなおさらかも」
そう、三年目からは仮パーティーでの授業が始まる。
前回は成績上位から順番に組まれていた。
「あ~! ミコトもソラ様が目当てだったんだ?」
「ちっ、違うよ! そんなことないって! ただ足を引っ張らないか心配なだけだって」
「慌てちゃって怪しいんだ~?」
「もう、フルートったらからかわないでって」
もちろん目当てだ。当たり前じゃないか。
フラグは立つんじゃない、建てるんだ!
最終的に勇者パーティーにはなれたけど、前回は仮パーティーは一緒ではなかった。
初めて顔合わせの時に他の三人にできていた空気感が羨ましくて仕方なかった。
今度こそ最初から最後まで苦楽を共にしていちゃラブへの未来をつかみ取るんだ!
年が明け初登校の日、クラスの黒板に仮パーティーの組み合わせが張り出された。
計画通り。
にやけるんじゃない、いつも通り冷静に。ここではしゃいでは今まで作り上げたキャラクターが崩れてしまう。
「良かったねミコト、目当てのソラ様と一緒で」
「フルート!? 違うって言ったじゃない」
「そうですね~、微妙に安心してるミコトさま~」
「組み合わせ表を見たものはすぐに表へ集合だ、今年最初の授業はパーティーの顔合わせだ早くしろ」
助かった、こんな目立つところでからかわなくても良いのに!
「ほら、先生も言ってるし早く行こう。フルートも顔合わせ楽しみでしょ?」
「うんうん、私も楽しみだよ」
油断した。
顔が赤いのが分かる程熱くなっている。
「もう知らない! おいていくからね」
「ごめんごめん、まってよミコト~」
足早に校庭へ出るとすでにちらほら人がいる。
「いた、ソラ君……」
彼を見た瞬間に思わず口からもれる。
陽の光に輝く柔らかな金髪。すらりとした体躯に宝石のような青い瞳。
意を決して彼に近づく。
初めまして、そう声をかけようとしたところで声が重なった。
「「「初めまして!」」」
彼が振り返る。
「初めまして、僕の名前はソラ。これからよろしくね」
ようやく始まると感じた。
この繰り返された人生が、ただ繰り返すだけじゃない。取り戻すための人生が。
「どうしたの? 三人とも泣いてる……?」
「な、なんでもないんです。ちょっと目にゴミが入ったみたいで。ミコトです、これからよろしくお願いします。」
とっさに言い訳をするが無理があるだろうか。
でも、三人とも?
左右を見るといつのまにかレナスとファラが居る。
そして彼女たちも目に涙を浮かべていた。
「レナスさんとファラさんもよろしくお願いします」
「なんであんたがいるの? いや、やっぱりいいわ」
「成績順って噂で聞いたし、その通りじゃないの?」
「そう、ね」
そういえばファラって最初はツンツンしてたっけと思いながら答える。
後年は『炎髪の大賢者』って二つ名で呼ばれてたっけ。
なんだか懐かしいな、とっつきにくかったけど意外と可愛いところもあるのよね。
「よろしく」
口数が少ないレナスも懐かしい。
艶やかな銀髪で、ソラ君と二人で前衛で戦ってる姿はお似合いに見えて羨ましかったっけ。
自分の地味な黒髪がちょっと嫌いになったこともあったなぁ。
代表的な二つ名は『白銀の戦乙女』で、クールな顔立ちから女の子には『銀光の貴公子』なんて呼ばれてソラ君と女子人気を二分してたっけ。
本人は貴公子って呼ばれて納得してなかったけど。意外と乙女なんだよね。
「よし、四人そろったな。俺はこのパーティーを担当する主任戦闘指導官シドだ」
「「「「はい、よろしくお願いします」」」」
四人の声がそろった。こんな些細なことでもちょっと嬉しいな。
「次週から早速パーティでの演習が入る。ゴブリンの巣の排除だ。雑魚だからといって油断するなよ」
思い出した、前回自分のパーティーは上手くいったけどソラ君のパーティは想定以上のゴブリンが出て近くの村に少ないが被害が出たんだ。
「そしてこれを渡しておく、パーティーの準備金だ。最低限用意するリストも渡しておくがそれ以外にも必要があったら適宜用意しろ。この一週間パーティでしっかり話し合い準備するんだ」
「わかりました、期間はどのくらいになりますか?」
「良い質問だ。二泊三日を予定している。それでは本日は解散」
その後の話し合いは滞りなく進んだ。
伊達に主席が集まったパーティーじゃない、前回の自分たちとは大違いだ。
もちろん実際の旅の記憶を持っている私がいるから貰った準備金で過不足なく完了した。
そして一週間後、ゴブリン掃討演習の日がやってきた。
「それではパーティーごとに出発しろ。各指導官は基本的に口も手も出さない、今まで学んだことを発揮できれば何も心配することはないだろう」
シドさんが代表して出発の号令をだす。
「さて、急ぐ必要はないけど僕たちも出発しよう。まず予定通り僕を先頭にミコト、ファラ、殿をレナスが担当してくれ。一時間たつごとに僕とレナスが交代、その次はミコトとファラが交代だ」
事前の話し合いの通り隊列を決めて出発する。
もちろん入れ替わりはあるけど、無事ソラ君の後ろをゲット!
細身に見えるけど、前を進むソラ君は頼もしいなぁ。
髪も猫っ毛でさらさらだ。
鼻血でそう。
「前方に敵の気配を感じる。気を付けて」
「はっ、はい!」
「ゴブリンが二匹、一体引きつけるから三人でもう一匹を頼む!」
見とれてたらお邪魔虫。
さくっと片づけてソラ君とおしゃべりしたいな。
『バーニングドライブ』
後ろから中級上位の火魔法が立て続けにゴブリンに突き刺さる。
ゴブリンの上半身が消し飛んだ。
「なんて破壊力。それに速い……!」
おかしい、ファラは確かに強かった。
「こんな雑魚にかまってられないわ」
「そうね、今度こそソラを守りきる」
私だけじゃ、ない。