追放児たちがパーティーを組むようです
冒険者の鋭い怒り声が、宿の一室に響き渡った。
まだ貧乏冒険者らしい、狭い宿屋の一室だ。
大音声にビリビリと壁が震えた。
「おい、俺がパーティーを追放されるとはどういうことだ!?」
「すまない」
「スマナイじゃねえ。理由を言えよ! 俺が足を引っ張ったことがあったか?」
「いや、君は優秀だよ」
「じゃあなんでだっ!?」
「優秀すぎるんだよ……」
「優秀、すぎる……?」
問い詰める男、ラグナが顔を真赤にして、リーダーの男サミュエルに詰め寄る。
納得の行かない説明に、ラグナの怒りは収まらない。
ラグナは鍛えられた前衛職。
大してリーダーのサミュエルは後衛職。
向かい合って立てば、その威圧感は圧倒的な差となる。
サミュエルは歯を食いしばって、目の前の圧力と戦っているようだった。
「弱くて役に立たないなら納得もできる。諦めもつくさ。だが優秀すぎるとはいったいどういう了見だ」
「君と足並みを揃えることができないんだよ……分かってくれ」
「分からない。分からねえよ。どういうことだ?」
ラグナは長剣使いの前衛職を務めている。
剣の技量は飛び抜けて優秀で、ダンジョンの探索でもほとんど鎧袖一触。
獰猛で危険なモンスターに囲まれたときも、即座に切り捨ててきた。
おかげでダンジョン探索は非常に順調。
どんどんと先に進むことができた。
危険は少なく、報酬は大きい。
本来なら、それは歓迎されるべきことのはずだ。
だが、リーダーのサミュエルはそれを危惧しているらしい。
「君のペースで進むと、仲間の技量がどんどん追いつかなくなる。危険性が高まって、いつか破綻することになる。だから君には抜けてもらったほうが良いんだ」
「今まで安全に来れたじゃねえか」
「それも深層に向かえば難しくなる。奇襲を受けたときに、カバーできない状況だって起きるだろう?」
今は後衛も一時持ちこたえることができる。
だが、たしかに深層の強力なモンスターを相手にすれば、ラグナとて手間取ることもあるはずだ。
その間に背後から挟撃を加えられれば、瓦解する可能性がある。
サミュエルの指摘は、正しい。
ギリッと歯のきしむ音がした。
「……俺が足並みを揃えればいいのか?」
「そうすると君は不満で、僕たちは心苦しいだろう? それに君が抜けたらパーティーの存続も危うくなるなら、やっぱり無理があるんだよ」
「俺は抜けるつもりはないぞ?」
ラグナの言葉に、サミュエルは首を横に振る。
分からない。
なぜこんなにも、自分が拒絶されてしまうのだ。
弱いなら分かる。だがパーティーの誰よりも強いのだ。
「今のところは、だよね。僕たちがずっと足止めをさせてて、ある日君が心変わりしたとしたら、僕たちは立ち行かなくなるよ。一度大きな稼ぎを覚えてしまったら、また一からやり直すのは難しいんだ。それなら、今から抜けてもらう。稼ぎは少なくても、少しずつ成長していったほうが、誰も死なない」
サミュエルの落ち着いた説明を聞いて、ラグナの怒りが少しずつ静まっていく。
残ったのは、やるせなさだ。
強いことの何が悪いというのか。
なぜ、パーティーから追い出されなくてはならないのか。
絞り出すような声で、ラグナが問いかけた。
「俺が……悪いっていうのか?」
「違う。悪いのは僕たちだ。いや、自分の身を弁えずに君を誘った、僕の責任だ。恨んでくれていい」
「っ……。分かったよ。世話になったな……」
深々と頭を下げて謝られて、それでもなお残りたいと駄々をこねるほど、自分を安売りするつもりはなかった。
ただ、虚しい。
「お前ら、俺を追い出したことを後悔するぜ」
「ぜひそうさせて欲しいと思ってる。嫌味じゃなく本音でね」
「新しいパーティーを探すさ。今度はちゃんと俺を迎えてくれる仲間をな」
嫌味の一つも言いたくなるというものだ。
ラグナが吐き捨てるように言うと、サミュエルが苦しそうに顔を歪ませたが、少しも心が晴れない。
サミュエルもやりたくてやってる訳じゃないだろう。
だが、のけもの扱いされたのだ、これぐらいは言っても許される。
納得の行かない気持ちを抱えたまま、ラグナは部屋を後にする。
「今月いっぱいは宿を使ってくれて構わない。君に新たな出会いがあることを、心から祈っているよ」
「へん、言ってろ」
バタン! と大きな音を立てて、ラグナは扉を締めた。
腹立たしくて、気持ちの持っていきようがなかった。
○
シラクサの街は世界でも有数のダンジョン街だ。
多くの冒険者が迷宮に富と名声を求めて吸い寄せられてくる。
その冒険者達を管理しているギルドのカウンターで、ラグナは担当の受付嬢に相談しにきていた。
追い出されたという事実はとても苦しく、悲しい。
だが、新たな仲間が必要だった。
生活がかかってる。
なにより目的があるのだ。
受付嬢のカルナは二十を少し超えた美女。
にこやかな笑みに、少しだけ迷惑そうな表情をほんの僅かに滲ませながらも、愛想よくラグナの相談に載ってくれる。
「そういうわけでさ、俺追い出されたんだよ」
「ラグナさんはつい先日、加入されたばかりですよねえ。ギルドとしては私の採点が辛くなるから困るんですけど」
「いや、ほんっとうにこのとおり、紹介してくれ」
顔の前でパチンと手を合わせて拝めば、はあ、とため息をつきながらも、ちゃんと次善策を考えてくれる。
ラグナは戦闘に関しては誰にも負けない自信はあったが、冒険者としてはまだまだ未熟者だ。
専門にして働いているプロのアドバイスを無下にするほど、バカではない。
そうだ、と晴れやかな表情を浮かべたカルナが頷く。
「もういっそラグナさんがリーダーになられるのが良いとは思います」
「俺が? 集めるのとか管理とか、めっちゃくちゃ大変じゃない?」
「サブリーダーになれそうな人を見つけて、実質的な管理はお願いするとか、なんだったら外注する手もありますよ」
名案に思えた。
自分がリーダーになってしまったほうが、気は楽だ。
追い出されることもないだろうし、なにより方針を自分基準にできる。
「ああ、そっちのほうが良いかも。俺が細々とした管理とか、頭が痛くなりそうだし」
「ちょうどラグナさんの才能に見合った方々が募集されてましたよ」
「え、マジで? そんな都合のいい話ってあるものなの?」
「え、ええ。腕の方は保証します。ただちょっと癖のある方々みたいですが、ご紹介しましょうか?」
「頼むよー、ありがとうねカルナさん」
「お役に立てたら嬉しいですね」
なぜかぎこちない表情を浮かべるカルナに、違和感を覚えながらも、渡りに船とラグナは素直に喜んだ。
それを、すぐ後悔することになる。
ギルド備え付けの椅子に座って、ラグナが希望者を出迎える。
意外にも女性三人。
だが、みなピリッと引き締まった空気を漂わせる強者たちのようだった。
「まずは集まってくれてありがとう。受付のカルナさんから紹介があったと思うけど、ラグナだ。完全前衛職で、攻撃と守備、どちらも行ける。迷宮に潜る目的は強さを極めるため。まあありがちな目的だと思うが、ちょっと違うのは――本気だってこと」
ラグナがサラッと自己紹介を終えると、目線で右隣の女性に促す。
軽鎧に身を包んだ三編み美女だ。
「ウチはスカウトやで。後衛とトラップや宝箱の解錠は任せてくれたらええ。冒険の目的はダンジョンの秘宝という秘宝を己のものにするためや! ふへへ! きっとすんごいお宝があるんやろうなぁ」
「お、おう。神々の至宝も手に入るって噂だからな。まあわかりやすい目的で良かったよ」
ぐふぐふと下品に笑う姿は、俗物の極みだ。
最初からヤベーやつが来た!
ラグナは上ずる気持ちを落ち着かせながらも、冷や汗が止まらない。
早く次の人に紹介を移らねば。
「……私は神官職です。後衛も可能ですが、前衛でも動けます」
「迷宮に潜る目的は?」
「神の御意志を確認するためです。迷宮奥深くでは神々と交信することが可能だと伺っています。私は神の息吹を感じたいのです……神はそこにいるのに、私が未熟なばかりに感じられませんから」
ぼんやりと天井を見つめため息をつく美女神官に、ラグナは寒気を覚えながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
次っ!
もうこれ以上深追いしたくない!
「最後のアンタは?」
「わたくしは魔導遣いですわ。完全後衛職になりますの。攻撃魔法、補助魔法はお任せください。魔力量には自信があります」
「迷宮に潜る目的は?」
できれば真っ当なものでお願いしたいが……。
ラグナは内心を必死で抑え込みながら、尋ねる。
「もちろん、魔導の深淵を覗くためです。わたくしはそのためなら手段を選ぶつもりはありませんの。ウフフフ……」
「あ、ありがとう!」
ぐるぐると底なし沼のような深い目をした魔導遣いの女の言葉を聞いて、ラグナは面接を終えた。
だめだ、コイツラ本当にどうかしてやがる。
本当にこんなメンバーを率いて、パーティーを結成できるのか?
先行きが早くも不安になってきた。