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君が望むのならば、俺は君に瞳を譲ろう

 人は、生まれ落ちたときより奇形である。


 だから、より人間らしく存在するために、穢らわしい体を捨てるべきだ。サイバミストが初めて主張したのが二十年も昔。当時は絵空事と思われていたらしい。機械化した体が当たり前になるだなんて。


「貴方が私に目を提供してくださるのですか?」


 貸切状態の病院の待合室。シロツグが検査結果を待っていると、一人の女性に声をかけられた。


「君は?」

「突然、失礼しました。私はリーン・キョウと申します。この度のサイバネティック(人体機械化)手術で貴方の目を譲り受ける事になりました」


 シロツグはゆっくりと立ち上がった。サングラスを外し、リーンと名乗った女性を観察する。可愛らしい女性だった。背丈は少し低めで幼さが残っている。サイバネティック手術は成人しか行えない。だからシロツグは、幼く見えたとしても自分と同じ十八歳だと推測した。


「俺は、シロツグ・ナツメ。君が俺の目を使うのか」

「済みません」


 シロツグの言葉にリーンが目を伏せる。


「何故、謝る?」

「だって、貴方の目を貰う必要なんて無いじゃないですか。私は私の目があるのですから。そもそも、サイバネティック手術をする私がサイ・アイ(機械の目)にするべきなんです」


 リーンは声を抑えている。僅かに口元が震えているように見える。


「いや、気にする必要などないさ。俺は君に目を譲る。その代償として、最新のサイ・アイと金を貰う。まさにウィン・ウィンだ」

「でも、アクセサリーを買うかのように、希少な貴方の目を奪うなんて非道じゃありませんか」


 サイバネティック手術は全身を機械に入れ替える。但し、頭部は機械化されない。希望に従い整形手術を行うだけ。その結果、手術後の人間は美しいが没個性的な顔になる。


 十把一絡げにならないための特徴化が、目だ。虹彩がブルーとゴールドのヘテロクロミアであるシロツグの目は、他のサイバー化した人間に対する差別化のために買い取られる。リーンの言うようにまさにアクセサリーとしての価値を評価されたのだ。


「本音で言うとありがたいんだ。この目を頑張って隠してきたけど、やたらと目立つからな。今回の件は、車に撥ねられた後に引っこ抜かれるより、百万倍はマシ。正式に買い取ってもらえるならば俺に不満はない」

「そんなの人道的ではありません。貴方のiPS細胞から培養すれば良いじゃないですか」

「金がかかる。それに、ヘテロクロミア化させるのは面倒らしい。適正なサイズまで培養したりすることを考えると何十億かかるかわからないそうだ。それなら、持ち主から買い取ったほうが間違いない。サイズが合うならば」

「そんな、洋服を買うみたいに言うのは変ですよっ!」


 リーンの口調が荒くなる。このまま言い争えば騒動になりかねない。シロツグは反論を我慢して、視線を彼女の胸元へと逸らす。幼い風貌の割に発達した胸を見つめながら、リーンが落ち着くのを待つ。


「やはり、ナチュラリアンの男性はナチュラリアンの女性の胸に興味を持つのですか?」


 突如のリーンの発言にシロツグは驚く。話題が逸れたが、穏やかではない。リーンはシロツグの視線を気にして、半歩だけ後ろに下がる。


「何処でそんな知識を」

「違うんですか?」

「少なくとも俺は会話中に意識はしない」


 シロツグの言葉にリーンは不安そうな表情を和らげる。


「それより、ナチュラリアンってのは差別用語じゃないのか。全ての人間がサイバミストのように体をサイボーグ化できるわけじゃない。金が無くて生まれたままの体で一生を過ごさざるを得ないだけだ」

「あっ、つい、ごめんなさい」

「だから、謝らなくていいんだって。君と俺は住む世界が違う。そのことに文句を言うつもりはない。そもそも、君には感謝しているんだ。改正臓器移植法で目が売れるようになって本当にありがたい」


 リーンが顔を伏せて長い髪を垂らすのを見て、シロツグはため息を吐いた。


「キョウさんは、サイバネティック手術が怖いんだね」

「そんなことはありません。私、嬉しいんです。食事もトイレも必要なくなりますし、風邪も引かなくなります。怪我をすることもありません。理想的じゃありませんか」

「食事をしたくない?」

「だって、生き物を殺して食べるんですよ。野蛮で残酷じゃありませんか。私達が食べられる立場ならどうですか? 一生懸命に育ててくれた親のような存在が、成長した途端に食料としての視線を向ける悪魔になるんですよ。おかしくありませんか?」

「そんな理由で食事が嫌ならベジタリアンになれば解決するんじゃないか?」

「野菜だけ食べればいいと言うのはごまかしです。生き物を殺して食べるって行為に嫌悪感があるんです」


 リーンの言うことは理路整然で筋が通っているように聞こえる。勢いに押され頷きそうになるが、シロツグは、彼女が自分の言葉で話しているように思えないところに引っかかった。


「良かったら座ってもいいかな。検査で疲れているんで」


 シロツグはサングラスを掛けた。リーンに長椅子に座るように促すと、彼女は一人分の空間を開けて座る。戸惑いの表情を見せている彼女をシロツグは見ないふりをして浅く腰をかけた。


「俺も怖いんだ。ホントは」


 シロツグは独り言のようにつぶやいた。


「えっ?」


 シロツグの視界の端にリーンが顔を自分の方に向けてくるのを察する。けれども、シロツグは視線を床に落としながらそのまま話を続ける。


「俺は一生、サイバネティック手術は行わないだろう。主義主張の問題じゃない。多くのナチュラリアンと呼ばれる人間と同じで金が無い。だからこそ不安になる。今回、サイ・アイを貰ったとしてメンテナンスはどうする? 何年使用することができる? アレルギー反応が出たら? 考え出せばきりがない。だから、俺は考えることを止めた」

「だったら、止めればいいじゃないですか。貴方の目は貴方のものです」


 リーンの言葉に、シロツグは鼻を軽くすする。


「その恐怖すら霞むほどの金を積まれた。既に受け取っている前金だけでも、数年は何もしなくても暮らせるくらいの金額だ。もし、将来、目が見えなくなっても後悔はしない。それだけの覚悟はある」


 シロツグは一気に言い終えると、ヒンヤリとした空気を胸いっぱいに吸い込む。上体を起こしてリーンを見ると、彼女は顔を上げて天井を見つめている。


「どうしてそんなにお金にこだわるんです」


 その言葉は、シロツグに向けられたものではなかった。だから、シロツグはその問いには答えない。


「怖いのならば、止めればいい。手術は逃げない。高齢になってからでも十分だろ? 俺は収入が減るのは辛いが、契約上、被提供者側の都合による手術の中止ならば、前金の返却は不要だ」


 代わりに投げかけた言葉に対してリーンは反応する。一度顔を背けてから、大きな瞳でシロツグのことを見つめてくる。そして、何かを決意するかのように深呼吸をしてから話し始める。


「ナツメさんにお願いがあります」

「ああ。直接ではないけど、君はお客さんだ。できる範囲で希望を聞くよ」

「私は、……」

「そこまでにしなさい」


 待合室に金切り音のような大きな声が響き渡り、リーンの言葉は途中で途切れられる。


 シロツグとリーンに向かって一人のサイボーグが近づいてくる。金色の長い髪の影響で女性に見えた。だが、頭部以外の人体を捨てたサイボーグに性別の意味などあるのだろうか。


「シロツグ・ナツメ、貴方は被施行者を(そそのか)し前金の搾取(さくしゅ)を目論んだ。これは、明白な契約違反だ。罰則規定を適用する」


 サイボーグの突然の宣言に対し、シロツグは立ち上がり反論をする。


「待ってくれ。俺にそんな意図はない。ただ、キョウさんの手術への不安を取り除こうとしただけだ」

「この待合室での発言は記録されている。反論は不要だ」


 サイボーグの宣言にシロツグは奥歯を噛みしめる。サングラスの奥から鋭い視線を放つが、サイボーグには届かない。


「図ったな!」

「待ってくださいナツメさん。私にはそんな意志はありません。誤解です。お母さま。私はナツメさんと単なる世間話をしていただけで……」

「黙りなさいリーン!」


 サイボーグが一喝すると、リーンは魔法にでもかかったかのように固まる。


「前金だけで構わない。それで手を打ってくれないか?」


 シロツグはリーンの様子を見てからサイボーグに提案する。作り笑いを浮かべるが、サイボーグの表情は変わらない。


「駄目だ」

「だが、もう前金は使ってしまった。返しようがない」

「ならば、他のもので返すしか無い。私達には不要だが、血液や臓器には使いみちがある」


 冷酷なサイボーグの宣言に、シロツグはゴクリと息を呑む。サイボーグと闘って勝てる見込みはない。勿論、逃げることすら不可能。つまり、私刑による死刑宣告。


「お前は、人質を取って逃げる選択肢と、逃げずに処分される選択肢がある。三十秒の猶予を与えるから好きな方を選べ」


 シロツグは、サイボーグの言葉に戸惑う。何故、逃走を口にするのか意図が理解できない。今までの会話で契約違反を主張するのは難しい。だから、より明快な犯罪行為を犯させようとしているのではと邪推する。だが、そんな面倒なことをしなくても、サイボーグはシロツグを殺害できる。それでも、権力者であろうサイボーグは何の処罰も受けないだろう。


 シロツグは覚悟を決めてリーンの手を取った。拒絶されるかと思いきや、シロツグが引っ張るとリーンは立ち上がり一緒に走り出す。そして、二人は希望のない逃避行を開始する。

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