転生貴族、テイマーチートの最強領地を築いてしまう
多分、俺は普通の日本人だった。
そこそこの能力、そこそこの勤め先。
ただしあまり顔は良くなかったが……いわゆる不細工の部類だった。
それでも日々をそれなりには暮らしていた。
恋人がいなくても寂しくはない。
小さいもふもふのウサギを飼っているし。
ああ、早く帰りたい。俺にはあの子がいるんだから……。
しかし、その願いは叶わなかった。
「うっ……いてっ……」
深夜の駅のホーム。胸が急激に痛くなって……俺の意識は切れた。
◇
「……死んだんですね、俺」
どこまでも白い空間に俺はいた。
遠近感がまるでない。
まるで夢の中のような光景だ。
その空間には、俺以外にもう一人いた。
目の前に女性が立っている。
顔は物凄く整っている。正視できないほどの美しさだ。
服装はオシャレな大学生みたいだが。街でよく見かけるタイプだ。
……そして彼女にはふさふさの尻尾と白い翼が生えていた。ゆらゆら尻尾と翼が揺れている。
……ちょっと触りたいと思ってしまった。
「残念ながら、その通りです。あなたは仕事帰りに急死しました」
そう、俺はあの時に死んでしまったようなのだ。
そしてこの女性――本人いわく女神様と出会った。
最初は納得できなかったし、間違いかと思ったが……この女神様はよく俺の事を知っていた。
俺はいくつも質問してみた。目の前の女神様は全てに完璧に答えたのだ。
これが夢や幻覚じゃないなら、目の前の女性は確かに女神で――俺は死んだのだろう。
……残念だけど、そう認めざるを得なかった。
でもそうだとしたら気掛かりがある。
俺に家族はいないし、親しい友人もいない。
その辺の気遣いは悲しいことにいらないのだけれど。
でも俺の飼っていたウサギのシロ。
彼女はどうなるのだろう?
それだけが、それだけが本当に心残りだ。
……何でも知っている女神様が優しく語りかけてくる。
俺の心を読んだのだろうな。
「安心してください。翌日、不動産屋さんが見つけてくれますよ」
「……その後は?」
「あまり詳細は言えませんが、ちゃんとした方に飼われます。心配はいりません」
はぁ、良かった……。
それを聞いてどっと疲れてくる。俺は地面に座り込んだ。
そんな俺に対して、女神様が静かに語りかけてくる。
「これからあなたは転生しますが、ちょうど良い枠があります。大国の王族、勇者の子供、魔王の後継者……どれがいいですか?」
「……いや、俺はどれでも……」
自分の死とシロのこと。頭がぐるぐるする。
正直、何も考えられない。
アニメとかだとぱーっと割り切って決めてた気がするが、俺には無理だ。
転生だとかまさに雲の上の話だよ。
どうしたもんかな。
「大抵は何か希望があるものなのですが……。どれでもだと少し困ります。決まるまで待ちますが」
「適当じゃ駄目なんですか?」
「駄目です」
「女神様が選んでもいいんですよ。どれも勤まりそうにはないですけど……」
「それでは駄目です」
女神様が俺の隣に来て座り込む。
親切だな。
俺みたいな一般人にもちゃんと接してくれるんだ。
「よいしょっと。まぁ、すぐに決められない人もいます。待ちますよ……時間は無限にありますからね」
「なるほど……」
そうだろうな。
俺だって死んだし……。ここには時間だとかの概念が薄いのかもな。
死後の空間というやつか。
隣に来た女神様をぽーっと見る。
白くてふさふさの翼。尻尾ももふもふで柔らかそうだ。
触ってみたいけど、さすがに失礼だよな。
その白いもふもふを見て、なんとなくシロを思い出す。
彼女は良かったな……。向こうから触ってくるようにせがんできたし。
そこで俺の脳天にぱっと閃いた。
そうだ、次の生で俺が望むこと。
……閃いてしまった。
「たとえば、白くてもふもふで……可愛い生き物がいるのって……」
「……変わったお願いですね。それでいいんですか? せっかく勇者や魔王、王族になれるのに」
「向いてないと思いますよ、俺には……。少なくても今、なりたいかと聞かれたらなりたくはないです」
「謙虚ですね。ではそのお願いは出来る限り叶えましょうか……」
「ありがとうございます!」
そこで女神様は少し空を見上げながら考えていた。
うんうんと唸っている。
テレパシーで交信してるのかな……?
「ありました。多少、変わっている転生先ですけどね。悪くないでしょう。危険な世界でもありませんし」
「では、そこで……」
俺の言葉が終わると同時に、光が溢れてくる。
なんだか柔らかくて優しい気持ちになれる光だ。
女神様が最後に言葉をかけてくれる。
「あなたに祝福を。他の命を心配して、力を望まないあなたにこそ、世界の命運を委ねられます」
「え?」
「気にしないでください。少しだけ、サービスしておきましたからね」
光が全てを上書きしていく……。
サービスってどういう意味だ?
考えようとして、そこで俺の意識はそこで途切れたのだった。
◇
目が覚めたとき、俺は上向きだった。
すごく晴れた空だ。
……なんだか夢を見ていたような。
頭がごちゃごちゃする。
「んん……?」
頭の下に柔らかい感触がある。
なんだろう、これ。
「あっ、起きたわ!」
俺の顔の前に、ずいっと赤い髪の少女が出てくる。
「うわっ!?」
「急に起き上がらないでよ。転んだばかりなんだから!」
「むぎゅ!」
そのまま押さえ付けられる。
……柔らかいけど少し荒っぽいな。
そこで俺は気が付く。
……これはもしかして膝枕をされていたのか?
「でも泣かなかったのは偉いわよ!」
「あ、うん……」
頭を軽く撫でられる。
なんだろう、そうされると凄く安心する。
……段々と頭の中が繋がってきた。
そうだ、俺はこの世界の生まれなんだけど……いわゆる転生者なんだ。
少女とはもう何年も暮らしている。
うん、思い出してきた。
赤い髪と赤い瞳。
八重歯がちらっと見える。
目は釣り上がって少し怖く見えるけど、とても優しい。
俺はそれを知っている。
そして俺の名前は――。
「ふむ、フィルはこの程度では泣かんよな。強い子供だし」
もうひとつの声。
そう、俺の名前はフィルだ。
そして俺を覗き込むようにおっさんが立っている。
でもただのおっさんじゃない。
きんきら豪華な服に、王冠まで被っている。
このおっさんも……よく知っている。
たまに会いに来てお菓子をくれるおっさんだ。
いかつい顔と体つきだけど、とても良くしてくれてるんだ。
多分、どっかの偉い人だろうな。王冠までしてるし。
「当然よ、魔王の私が育てているんですもの!」
少女――確か名前はコーネリアが胸を張って答える。
俺の脳裏にこの生まれ変わってからの記憶が組み込まれ、歯車が徐々に噛み合ってくる。
俺は気を失って介抱されてたんだな……。
……もしかして。
俺が考えていると、コーネリアがきらきらした石を見せてくる。
楕円形で虹のような模様が入っている。
あ、さっき俺が転んだ石だ。
俺が気を失っていた間に拾ったのか……。
「フィル、転んだのは痛かっただろうけど……悪いことばかりじゃないわ。これは神獣の卵よ!」
コーネリアがにかっと笑う。気持ちのいい笑顔だった。
そしてその言葉に俺は確信した。
女神様は俺の願いを叶えてくれたのかもしれない。
だけど、多分……間違いない。
俺の現世での数年間の記憶が告げている。
女神様の言葉を思い出す。サービスしておきましたよ……と。
俺は大国の王族で、勇者の子供で、魔王の後継者なのだった。