プロサッカー選手になろう~北風と太陽のサッカー物語
(なんで僕がこんなことに)
小学五年生、花道 太陽は、人生最大の危機に瀕していた。
彼は学校指定の体操服を着て人工芝のグラウンドに立っている。足元にはサッカーボール。そしてボールを挟むようにして対峙する五人のユニフォームを着た同世代の少年少女たち。
「……」「……」「……」「……」「。。。」
少年少女たち(紅一点である少女の冷めた目は常であったが)は太陽を睨みつけていた。
ユニフォームは地元の少年サッカークラブのもの。歴史は古く去年は全国大会で準優勝。過去には女子日本代表選手も輩出したことがあるらしい。
(そんな強豪チーム相手に、なんでボクがサッカーで勝負しなくちゃならないんだ?)
「ルールを確認するぜ?」
背番号10のユニフォームを着た少年が言った。
北崎隼人。10年に1人、と言われるサッカー天才少年だ。
「ゲームは一回勝負。太陽がボールを持った状態から始まる。俺たち5人をかわしオマエがゴールできればオマエの勝ち。だけど俺たち5人のうち誰か1人でもオマエのドリブルを止めたら俺たちの勝ち。ボールが場外に出たりシュートが外れても俺たちの勝ちだ」
(僕が圧倒的に不利じゃないか)
心の中で憤慨する太陽だったが身体は明るく笑顔で言った。
「ボクはかまわないよ♪ その代わり隼人くん、ボクが勝ったらクラブに戻ってちゃんと練習に出てもらうからね」
「……チっ、わかったよ」
「約束だよ」
太陽はすこし真面目な顔になって言う。
「以前のように毎日、真剣に、真面目にサッカーと自分に向き合って練習するんだ。練習のあとは休息を取るのも忘れないで。あ、チームの皆に謝ることも忘れない。長期間チームを離れて迷惑ばかり……」
「オマエには関係ないだろ!?」
隼人は日焼けした顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そっちこそ、負けたらパンツ1枚でグラウンド10周、って約束を忘れるなよ」
(冗談じゃないよ!?)
心の中で太陽が顔を真っ赤にして叫んだ。
「あはは、それでいいよ。さっさとやろう」
(こら! 僕は承知していないからな!)
「後悔するなよ」
太陽の抗議も虚しく、隼人が合図して他の少年少女たちがグラウンドに散らばり、配置につく。
ゴールキーパーはいない。
ボールを持った太陽に一番近い位置に背番号10である隼人がつき、その後ろに細目の少年。外見がそっくりな双子らしき少年コンビがゴール前、その横にクールな外見をした美少女、という配置だ。
「いつでもいいぜ」
隼人が言った。
他の皆も真剣そのもの。初心者相手でも油断はしていない。
(強そうだな)
「心配するな、って太陽くん」
心の中の太陽に向かって、体が言った。
「見せてあげるよ。ボクの『北風』を」
それは一瞬だった。
「なにっ!?」
太陽が隼人を抜いた。小柄な身体が少しだけ屈めた、と見えた次の瞬間、停止状態から爆発的に加速したのだ。
太陽とボールが一緒に駆ける。
すぐさま細目の少年が反応した。早い。不意をつかれた隼人と違い、細目の少年はしっかりと太陽を見て対応した。タイミングを合わせて間合いをつめ太陽の足元にスライディングタックル。
「!?」
タックルは外れた。いや、外された。
トップスピードでドリブルしていたはずの太陽が急停止したのだ。
「甘いよ、シュウちん♪」
横に滑っていく細目少年を飛び越え太陽は再加速。
次の相手は双子コンビだ。
「いくぞ左京」「ああ右京」
距離とタイミング、歩調まで同調して距離を詰めてくる双子。まさに以心伝心。これでは右と左、どちらに躱しても突破は難しそうだ。
「だから中央を狙う」
太陽が右足の外側でボールを右に蹴った、その刹那、同じ右足の逆、今度は内側で左方向、双子の間にボールを蹴り込む。
『エラシコ』。
ポルトガル語で「輪ゴム」を意味する、高等テクニックで中央突破する。
「最後の相手はユキノンか」
最後の砦、チームの紅一点、ユキノンこと雪乃が太陽の前に立ちふさがる。
太陽のフェイント。
ボールを蹴るフリをしてまたぎ、相手が反応した隙をついて抜く『シザース』。
右足と左足でボールを交互に蹴り相手を抜く『ダブルタッチ』。
そして『エラシコ』。
だが抜けない。
「さすがユキノン」
太陽は舌を巻いた。他はともかく雪乃のディフェンスは小学生レベルを超えていた。
「ナイスだ雪乃」
更にピンチ。
後ろから隼人が追いついて来た。たいした身体能力だ。
「ちっ、サボってたくせに」
「うるさい!」
呆れたように指摘する太陽。怒った隼人は雪乃と連携して襲いかかってきた。
防戦一方の太陽。ボールこそ失わなかったがライン際に追い詰められてしまう。ボールが外に出た場合、その時点で太陽の負けだ。
絶対絶命のピンチ。
追い詰められた太陽は大きく足を振りかぶった。ボールを失う前にシュート……
「もらった!」
隼人が吼えた。すばやくゴールを防ぐ位置に移動する。シュートコースを塞げば、どんなに強烈なシュートでもゴールには入らない。
「……って、思ったよね♪」
振りかぶったはずの太陽の右足が通常の位置に戻っていた。そのまま右足の内側でキック。隼人の股下を抜いてボールを転がす。
「股抜きっ!?」
体勢を崩した隼人。
その横を太陽が走る。ボールに追いつきシュート体勢。
「……負けない」
まだ雪乃がいた。
太陽に匹敵するスピードで、そのまま足元に強烈なスライディングタックル。
「さすが、でも甘い」
太陽は慌てなかった。いや、タックルさせることが目的だった。
右足のスパイクの先でシュートするのではなく、代わりに踵でボールを横に、軸足である左足の後ろを通すようにボールを蹴る。
「クライフターン!?」
オランダの英雄ヨハン・クライフ。ペレ、マラドーナと並ぶ20世紀を代表する伝説の選手が生み出した、とされる技。
「ボクの勝ち☆」
転がるボールに追いついて、今度こそ太陽がゴール。
勝敗は決した。
★
うう……ええーん……ぐすん。
ユニフォーム姿の少年少女たちは悔し涙を流した。
5対1の圧倒的有利な条件、それも同年代の素人相手に敗れたのだから無理はない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
なかでも隼人は号泣していた。
ドリブルで2回も抜かれ、しかも股抜きまでされたのだ。屈辱だろう。天才と言われた少年のサッカー人生で最大の挫折かもしれない。
(ちょっと可哀想な事をしたかな?)
太陽は隼人たちを見下ろしながら思った。
ここはグラウンドからちょっと離れた小高い山にある公園。太陽たちの他にあたりに人気はない。
「いいのよ」
太陽の心の声に太陽の身体が、いや、身体の中にいる別の存在が答えた。
よっ、と、太陽の身体を飛び出してきたのは、ポニーテールにセーラー服、ミニスカート姿の女子高生だった。
「これで隼人も心を入れ替え、真面目にサッカーをする気になるわ」
ふわふわと宙を漂いながら半透明の少女、隼人の姉であり、現役高校生にして女子サッカー1部リーグ選手、日本女子代表選手、北崎 風香、だった幽霊少女は言った。
「本当、手のかかる馬鹿な弟を持った姉は不幸よね」
口調に反して、グラウンドの方向を見つめる風香の眼差しは温かった。
「喧嘩ばかりしていたのに、ボクが事故死したら大ショックを受けて……学校どころか大好きだったサッカーまで辞めちゃうんだもの。パパやママを本気で心配させて、これじゃボクも成仏できやしない。ホントに……ほんとうに……いつもボクを困らせて……バカ……ばか……ボクよりずっと才能があるのに……隼人のばかぁ」
ぐす、風香が鼻を鳴らした。
すっ、身体のコントロールを取り戻した太陽が、運動着のポケットから無言でハンカチを差し出す。
「ありがとう、太陽くん」
「いいんですよ。ハンカチくらい」
「ちがうよ。ボクに身体を貸してくれた、ことにだよ」
風香は形のよい鼻をちょっぴり赤くさせて言った。
「本当にありがとう、太陽くん。これで、ボク、成仏できる」
「……お別れですね」
「うん、ありがとう。さようなら」
「はい、さようなら」
太陽は言った。
最初、突然現れた見も知らずの幽霊に「弟を立ち直らすため身体を貸してくれ!」と頼まれた時は、心臓が止まるほど驚かされたけれど。
正直、憑依された反動か、勉強ばかりで運動不足の影響か、身体のあちこちが筋肉痛だけれども。
「憑依された一週間、楽しかったです」
「うふふ、本当? でも、ありがと」
天から一筋の光が降り注いできた。導かれるように風香の身体が天空に向かって昇っていく。
そして……
「なんで成仏できないんですかね?」
太陽は隣で漂い、くつろぐセーラー服の幽霊少女に言った。
「うーん、なんでだろ?」
風香にも見当がつかない。だけど彼女のほうは現状をそれほど気にしていないようだ。
「ね、ね、どうせ成仏できない、ならさ」
「?」
「ボクが太陽クンの身体を操ってワールドカップで日本を優勝させる、ってのはダメかな?」
「迷惑です!!」
この物語は、花道太陽と北崎風香の、熱血ラブコメサッカー育成小説、である。