乙女ゲームのヒロインは、攻略するより帰還したい! ~勇者として召喚されたらしいけど、ここはどこ、あなたはだれ、って尋ねたい~
「ぅあ…………っ」
迫り来るのは、白くまばゆい光二つ。
そして、悲しいほどに無機質な、灰色と緑色をした鉄の塊。
トラックと呼ばれる、塊。
なんてことない、学校からの帰り道。
私たちは、居眠り運転のトラックによる事故に巻き込まれ――
……――トンッ。
☆☆☆
え……っと、え…………っと、………………え?
「ようこそお越しいただきました、勇者様」
…………はぃ? って、やっ、
「ひゃぁっ!!??」
なにっ!?
なんで私、持ち上げられてんのっ!??
しかも、お姫様だっこでっ!
よくわかんないくらいのイケメンにっッ!
いやいや、どうされましたか? じゃあ、ないからねっ。
なんなんですか、この状況!
てか、
「離して、おろしてっ」
……にこにこ笑顔でさらっと無視しないでください。
…………はぁ。
意味わかんなくて混乱してるけど、とりあえず。
「ここはどこ、あなたはだれ、って尋ねてもいいですか?」
☆☆☆
結局、謎のイケメンにお姫様だっこで運ばれた私。
恥ずかしいからおろしてほしかったんだけどね。まったく取り合ってくれなかった。ひどい。
それで、ようやく彼が止まって私をおろしてくれたのは、国王様の御前だった。
いわゆる謁見室、って呼ばれる部屋。入った瞬間に目が眩んじゃいそうなくらい、ぎらぎらしてる。
「ようこそ、勇者殿。よくぞ我がロッソクラーヌ王国へ参った。我はこの国の王、タイルドイド=レイロワ・ロッソクラーヌだ」
あ、はい。知ってます。だって、さっきイケメンさんから聞いたもん。
……え? 頭下げたりした方がいいの?? えと、とりあえず、隣のイケメンさんの真似、しとくか。
膝をついて、頭を下げて、っと。
「おお、勇者殿。頭を上げてくれ」
あれ? やらなくて良かった? なら頭、上げるね。
立て膝は……ついたままでいっか。立ってるよりは楽だもん。
「勇者殿よ、名をなんと申すのか?」
ん? 名前?
「希裏環です」
「キウラタマキ殿と申すのだな。どちらが名前なのだ?」
「えと、環の方です」
「タマキ殿か。突然召喚してしまってすまんの」
「あーいえ、気にしないでください」
トラックに轢き殺されそうになった瞬間に召喚されたんだもん。感謝しないといけないよね。
「なんというか、タマキ殿は落ち着いておるな」
「そんなこと、ありませんよ」
突発的なできごとには慣れてる、ってのもあるけどね。
「お言葉ですが、陛下」
と、ここで、あのイケメンさんが口を開いた。
「よいぞ、アズール。述べよ」
「はっ。勇者様に現状を説明した方がよろしいかと思われます」
「それもそうだな。では、アズール。頼めるか?」
「慎んでお受けいたします。
それでは勇者様、部屋を移動しますのでついてきてくださりますか?」
「は、はい」
あ、また移動するのね。
☆☆☆
歩かされることおよそ十分。私は応接間のような部屋に入った。
……にしても、このお城、広いなぁ。
……え? お城、だよね? 国王様がいるし。
この部屋もまた豪華。
部屋の真ん中に二人がけのソファーが二つあるんだけど、それもなんかつやつやと黒光りしてんだもん。その間に置かれている机の装飾もすごいし。
こんなもん、絶対に前にいた世界ではさわるどころか見ることすらできなかったと思う。どんだけ金があるんだよ、ってツッコミをいれたいくらいだよ。
「どうぞ、おかけください」
「あ、はい。ありがとうございます」
勧められたままに片方のソファーに座る。
……わぁ、スッゴいふわふわしてるよぉ。いいなぁ、このソファー。今までに座ったどんなイスよりもふわふわだよぉ。
「勇者様」
「はいぃっ!」
わっ、ビックリした!!
ソファーのふわふわさにみとれてたら、急に声をかけてくるんだもの。
「説明を始めさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、お願いします」
おっ、メイドさんが紅茶をいれてくれた。うん、いい香りだね。ベリー系かな?
「それではまず、僕の自己紹介から。僕はアズール・シーニウス。王国近衛騎士団団長、セルマニア・シーニウスの息子です」
「えと、私は希裏環といいます」
ひょえーっ。団長さんの息子かぁ。
やっぱりスゴい人だったんだね。
「タマキ様ですね」
はい、そうです。
「貴女を召喚させていただいた理由としましては……えっ、と……」
「? なんですか??」
なんか言いづらそうにしてるけど、戸惑う理由でもあるのかな?
「そうですね……。いうなれば、ノリ、でしょうか」
……………………。
……んんっ!?
「の、ノリ…………ッ!!?」
わーお。
まさかのノリですか。
たしかに、それは言いよどむよね。
てか、私、歓迎されてませんでした?
「ようこそお越しくださいました」的なこと、言われた気がするんだけど……。ま、いっか。
それとも、言えない理由、あるのかな?
「ええ。本当に申し訳ありません。こちらもまさか成功するとは思ってもおらず。タマキ様にも家族がいらっしゃるのに」
「やっ、本当に、気にしないでください」
家族や大親友に会えなくなったのは辛いけど、死にそうになったのを救ってもらったんだもん。
あれ?
てことは。
「あの、もといた世界に帰ったりすること、できますか?」
もし、帰れるなら。
また会うこともできる、よね。
「申し訳ございません。実は、帰還する方法はまだみつかっておりません」
あー、ですよねぇ。
そう都合良くはいかない、か。
でもさ。
帰れるなら、私は死んでないよ、って。そう伝えられたのに、な。
「それで、私。これから何をすればいいんですか?」
できないことに執着していてもしかたない。とりあえずは、今後のことについて、聞いていこう。
「…………順を追って、説明します」
アズールさん、だっけ? 彼も気を使ってくれたみたいで、話題を変えた私に合わせてくれた。
優しいイケメンって、もうそれ最高じゃん。結構モテてるんじゃないの?
ん? 私のメンタルが強すぎる、って?
いやいや、よく考えてみてよ。
死んで二度と会えないよりはさ、
生きててもう一度会えるかもしれない、の方がずっといいじゃん。
たとえその確率がゼロに近いくらい低くても、ね。
「タマキ様には、これより我が国でも最高峰の学園である王立桜ヶ丘学園に入学していただきます」
ほぇ~、学園……、っと?
桜ヶ丘学園……。
……どこかで聞いたことがあった気、するんだど……。
ま、気のせいか。
日本にある学校で聞いたことがあったんだよね、きっと。
「勇者として召喚されたタマキ様は、おそらくですが、とても強くなる素質を秘めていらっしゃいます。そのため、ぜひ、桜ヶ丘学園にて学んでいただきたいのです」
なるほど、なるほど。
「もちろん、学費につきましてはこちら側で払わせていただきます。いかがでしょうか」
「つまり私は、その、王立桜ヶ丘学園に入学して、学園生活を送ればいいんですか?」
「タマキ様がそうお望みなら」
私がどうするかを選べる感じなんだね。
「もし私がその学園に行かない、って言ったらどうするんですか?」
「その場合は、こちら側で出来る限りのバックアップを行わせていただきます」
ふーん。
行かないという選択肢もあるんだね。
でも、王国側からすれば、学園に入ってほしいんだろうね。
その方が監視する手間もかからないし。
なにより、勇者である私を王国側に引っ張り入れたいんじゃない?
たとえノリで召喚したとしても、勇者は勇者。
アズールさんが言ってた通り、とても強くなる可能性があるんでしょ。取り込めることができれば、大きな利益になるもん。
んー、どうしようかな。
王国のなかでも最高峰の、なんて言われてるくらいの学園だし、卒業すればそれなりにいい就職先はあるよね。
それに私、こっちの世界のこととか全然知らないし。
きちんと時間かけて学んでいくのも案外いいんじゃないのかな、って思う。
あと、一番大事なこと。
学園だし、きっと研究機関とのコネクトとかもあるよね。
そんで私は地球に戻って、もう一回親とか大親友に会いたい。
そこで地球に還るための方法を研究機関に協力してもらって、探ればいいんじゃないの?
……と、いう結論。
これ大事。もう本当に大事なんだからね。
私は日本に還るんだっ!
ということで。
「決めました」
私はアズールさんに話しかける。
「もうお決めになられたのですか?」
思い立ったが吉日ともいうし、いいじゃない。
「私、王立桜ヶ丘学園に通いますっ!」
そして、日本に還るのっ!!
大事なことだから、何回だって言ってやる!
「本当ですか? それは良かったです」
わぁ。
アズールさん、笑ってもイケメンだ。イケメンスマイルだぁ。
「では、タマキ様は学園に入学されると伝えておきますね」
「お願いします」
こっちの世界でも学園生活を送るんだね。
んー、異世界の学園かぁ。
楽しみだけど、不安もあるかな。
「それから、タマキ様」
「なんですか?」
「貴女が入学される学年は僕と同じです。ひとつ上には第一王子も通っていらっしゃるのですよ」
ふぇ~、そうなんだぁ。
来たばかりで今さっき知り合った人でも、いないよりかは心強いのかな?
「そうなんですね」
じゃあ、さっきから気になってたこと、頼んじゃお。
「でしたら、私のことは敬称つけずに呼んでください。なんだか、むず痒いです」
お偉いさんからいきなり『タマキ様』『タマキ様』呼ばれるんだもん。
ちょっとどころか、とっても恥ずかしかったんだからっ。
「わかりました。タマキさんと呼ばせていただきますね。
タマキさんも私のことはアズとお呼びください。敬語もいりません」
「でも、アズールさんは敬語、使ってるじゃないですか」
「僕のこれは癖です。どうかお気になさらず」
クセで敬語なんだね。
なら、無理に敬語をやめろって言うのは厳しいか。
「わかった。これからは、アズさんって呼ぶね」
「ええ。これからよろしくお願いします」
「こっちこそ」
固い握手を交わす、私とアズさん。
あ、そういえば。
「ところで、第一王子様はなんという名前なんですか?」
聞いとかないと、万が一すれ違ったときとかに無礼をはたらいちゃうかもしれない。
えっ、誰?
……なんて、王子相手にはやりたくないよぉ~。
「殿下の名前はエリュートス・ロッソクラーヌですよ」
エリュートス、かぁ。
……ん?
エリュートス。エリュー、トス。…………。
「あのぉ」
いや、まさか。
……でも、聞いてみないことにはわからないし……。
「エリュートス王子の愛称、エリス、だったりしない?」
私がそうおずおずと尋ねると、アズさんはとても驚いたような顔をした。
……えっ? まさか、……本当に……?
「そうですが……。殿下のことはお知りで?」
――――なぁんだってぇっっっ!!!
「い、いや、えっと、カンだよ、カン。そんな、私が知ってるはず、ないじゃないっ」
「はぁ、そうですか……」
いやいやいやいやいやいやっ。
ウソでしょっ!?
この世界、乙女ゲームの世界なのっ!!?
私はやったことないけど、私の大親友がハマってた『勇者の君に恋をして』とかいう名前の乙女ゲーム。
主人公が現代日本から勇者として召喚されて、それで通うことになった王立桜ヶ丘学園で恋をしていく、みたいなシナリオだったよね!?
そんでその大親友ちゃんは「第一王子が神っ」なんて何度も言ってた。逆に「悪役令嬢が傲慢すぎて嫌いだ」とも。
…………ふあぁ、マジなのぉ。
たしかにさ、このポジション、まさに主人公の立ち位置だよっ。
私が通えって言われた学園の名前、ゲームと同じ、王立桜ヶ丘学園だよっっ。
大親友が一番好きで何度も聞いてた、第一王子の名前も同じだよっっッ。
……これ、もしかして。
私、学園で男子キャラに恋して、攻略とかしなきゃいけないのぉ…………。
アズさんが「頭を抱えていますが大丈夫ですか?」なんて聞いてくるけど、大丈夫なんかじゃないよっ!!!
なんてこったぁ。
そりゃあ、学園の名前も聞いたことあるわ。
てか、トラックで弾き飛ばされそうになった帰り道でも聞いてたくらいだよ。
なんで思い出さなかったんだ、私。
ゲームの世界に来たってことは、その、強制力? みたいなので、無理やり男子キャラを攻略させられる可能性もあるのに。
そんなんじゃ、日本に還る研究なんて、できないじゃないっ!!
はあぁぁぁぁ………………。
本当に、どうしよう…………。
……うんん、悲観的になるのは、まだ早いよね。
もしかすると、ゲームの強制力なんてないかもしれないんだし。
ふふふ。
ここが乙女ゲームの世界だろうと知ったこっちゃない。
初志貫徹。
私は、日本に、還るのよっ!!
攻略なんて、するもんですかっっ!!!
前に座ってるアズさんが、私のあまりの変わりように目を白黒させてたけど、それも関係ない。
私は日本に還って、親に「ただいま」って言って、そして大親友とまた楽しく話すんだからっ。
誰にも邪魔はさせないからね。
覚悟なさいっ!!!!
そして、日本。
私はちゃんと、帰還してやるっ。
だからそれまで、待ってなさいっ!!
ご読了、ありがとうございました。




