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8 邪神様はしばらく休むようです

 

 サイトウの号令が部隊の足を進めた。

 前の方から、次第に削り取られていくように鳥達は離れていった。そしてしばらくしないうちに、古い車はゆっくりと動き出した。


 木の車輪の間の砂粒が割れる音と、少しのがたつきを感じながら、ところどころささくれ立っている床を見ながら、レヴィアは前方のよくわからない人間を観察した。


 サイトウも修道院の僧のような変わった格好をしているが、この生真面目な男も変な格好をしている。手足はライトプレートで覆われているが、腹部を守っている覆いはない。腰の回りには槍の先の形状をした、なんとなく痛そうな飾りがじゃらじゃらとつけられていた。下半身は下着の上から布で巻いただけのように見える。


「お前、女みたいな格好してんのな。」


 レヴィアが口を開いた。整った顔立ちと、落ち着いた所作が一層それっぽく見える。鎧もしっかりと磨き込まれていた。衣服以外ほとんど身だしなみに気を使っている様子のないレヴィアと比べてみると、その違いが明らかにわかる。


「レヴィアより女子力高いってまでありそうだ。」


 それを聞くなりレヴィアの目つきが鷹のように変わった。


「は?」


「すぐこれだ。俺らのお嬢さんは、野犬(ブルーワ)みたいなところがある。」


「おめえ誰が野犬(ブルーワ)だと。」


「そういうところだ。」


「可愛らしくていいじゃないですか。」


 薬瓶の入った鞄を抱えていた少女は口元を押さえてくすりと笑んだ。


「よくないっ!」


 そうしてレヴィアはふくれる。誰がみても、この様子だけ見ると年相応の少女のように見えるだろう。


「じゃあ、もう少し御髪(おぐし)を整えられたらどうでしょうか?お嬢様。」


「レジーナ、こいつむかつく。」


「仕方ありません。ダルさんは遠慮しないで話す人ですから。」


 昭毅(ショウキ)と言われた男も口元を押さえて笑った。


「微笑ましくて良いことです。」


「お前も笑うな。まったく気分悪い。」


 それは申し訳ない、と彼は髪を弄りつつ言った。


「それに、他の方からすれば変だというのはわかっていますから。」


「少なくともそう思ってるのはこいつだけだ。」


 御者を担当していた無口の男が喋った。


「普通に喋るんですね。」


「当然だ。この変人と一緒にされても困る。」


 柊生(シュウセイ)と言われた男は正面を睨んだまま、ぶっきらぼうに声を上げた。


「おい、それは聞き捨てならんな。柊生。」


「事実を言ったまでだろうが。それに、おれはお前を擁護してやっているんだぞ。」


 今度は相手側が険悪な雰囲気になるのを、たまたまレジーナが抑えた。


「しかし、こうしてお世話していただけるのは、ありがたいですー。お姫様になったみたいで。」


「いいんだよ。団長が決めたことだからさ。」


「どうして俺らなんかをこういい待遇してくれるんだろうな。あの団長サンはよ。」


「そうですね。おそらく、我らの印象を良好に保つことの一貫ではないでしょうか。他国を通る以上は他国の民を見捨てることはできないですし。」


「そういうことか?そんな考えてる感じじゃない気がするぜ、あいつのは。」


「と言うと?」


「単純にこの軍隊自体に執着してなくて、どちらかと言うと自分のためなんじゃないかって気がするんだよな。」


 彼は巨鳥の上に立ち、指揮者のように手を振るっている。時折見せる視線は厳しく、全体が崩れないように調整している。


「だが、俺はぱっと見そうは見えないんだよな。」


「ともかく、ここにいられたのはサイトウさんのおかげですし、お礼を言わないといけないですね。」


「そうだな。」


 ダルシムはうなづく。


「あいつに助けられてばかりだ。俺たちも何かしなければならんな。」


「何をだよ。」


「例えば炊き出しとかな。レヴィア、お前料理出来るか?」


「料理?干し肉くらいしか作ったことないぞ。」


「ボソトの蒸し物とかは?」


「知らん。初耳だ。」


 ダルシムは目を開いた。


「お前、何も出来ねえのかよ。」


「うるせえ。十分干し肉と生麦で足りてた。他には爬虫類(ザコ)の焼いたのとか。」


「お前が出来るってったら焼くことぐらいか。まあいいや。それでも十分だ。ほとんど俺がやってやるから、お前は俺を手伝ってもらうぜ。」


「あんたの手伝いとかしたくねえなあ。」


 レヴィアは鬱陶しそうに前髪を弄る。


「レジーナは騒ぎそうだしなあ。」


 当のレジーナは巨鳥の鞍に足をかけて首筋を撫でる。鳥はヴェーと鳴いて応じた。


「この子も可愛らしいですね。」


 砂が入って痛いのか柊生は半ば不機嫌そうに手綱を握っていたが、レジーナが近くに寄っていくのを横目に見て少し口元が揺れた。


「あ、今にやっとしやがったな。」


「してない。」


「女慣れしてないんですよ。こいつ。」


 昭毅が組んだ拳の上に顎を載せて、彼を少し

 つつくような目を向けた。


「うるさい。気が散る。」


「はいはい。そういうことだ。」


「黙れ。刺すぞ。エンドウマメみたいな顔しやがって。」


 昭毅はダルシムに懇切な口調で断ったあと、御者席に強引に足を踏み入れた。


「すみません、ちょっとこいつ絞めます。」


 仲の良さげな2人が頸当てを引っ張り合って争う中、レヴィアは変わり映えしない景色に欠伸をした。


「退屈だ。」


「この調子だと二刻くらいで予定地まで着くはずだ。ここの砂漠じゃ馬宿(イン)は共通だから俺でも分かる。」


「二刻って、もう夜遅いじゃねえか。魔獣の心配はねえんだろうな。」


「仮にもこいつらは騎士団だ。そう簡単に遅れを取るなどあり得ねえよ。」


 そのような会話をしている最中に、レジーナの目の前に、緑色のなにかがどんっと音を立てて落ちてきた。

 反射的にレジーナは悲鳴を上げてダルシムに抱きつく。


 よくみると、切り離された魔獣の腕だった。


「ううう、う、うでっ、うで!」

 泣きはらしながらダルシムの背中の後ろにぴったりくっついて離れない。


「おや、魔獣ですね。前の隊列が倒したのでしょう。」


 そう言って蚊を払うが如く昭毅は魔獣の腕を放り捨てる。床に緑色の染料を溢したような模様が染み付いた。


「大丈夫ですよ。危険は去りました。」


 昭毅は穏やかな口調で語りかけるも、レジーナはずっと頭を抱え込んでいた。


「うぐっ......ひぃぃ......。」


「またこれか。」


 レヴィアは嘆息した。


「よく牧場とかやってるよな。地味に肉屋とか行ったことないのか?裏口で鳥割ってるぞ。真っ二つに。」


 レジーナが顔を上げて叫ぶ。


「それとこれとは別なんですっ!!」


「ん......?」


「とにかくだめなんです......ああいうの。怖いので。」


「可愛らしいところあるだろ、昭毅。こっちのレヴィアと違って。」


「そうですね。」


「なんだよ。まだやる気かお前。それともなんだ。血を前にしてキャーキャー言っときゃいいのか?それならいくらでもやってやるぜ?」


「お前がやるとカラスみたいでうるさいだけだ。」


「はあ!?ふざけるなよ。」


「お三方、そろそろ着きますよ。降りる準備をなさってください。」


 車輪がまた砂埃を撒き散らしながら止まる。

 レジーナは鼻を袖口で押さえて、咳き込んだ。


 鳥車を降りると、先に到着していた部隊の手によって、たくさんの六角形が作られていた。


 今もテントが少しずつ、夜空に頭を持ち上げていくのがわかる。

 休息のための陣を張ることにしたらしい。


 サイトウは慣れた様子で複数の組に手振りを交えて指示を出し続けている。


「なんかやることねえのか?レヴィア。」


「炊き出しやってますよ。ほら。」


 レヴィアの身体一つ入りそうな鍋に、舟の櫂のような杓文字。

 それを力一杯身体を振り回しながら兵士がかき混ぜていた。


「あたしにはあれは無理だし。腕の長さ的に届かないし、落ちて具材になっちまう。違う仕事を探すよ。」


 彼についていき、しばらく話をしてから半刻が経過した。

 ダルシムは兵士達に交じって骨組みを組み立て、レジーナが袋から布地を取り出して広げているのに対して、竜人の少女はひとりー


 ー特に何もしていなかった。


「つかれた。」


 そう言ったきり、サイトウの足元にちょこんと座り、兵士達の機敏な動きで組み立てられていく軍幕を見つつ、ふーんと言っている。


「おい、ちっちゃいの。お前も何か手伝え。もう何もしないってんじゃないだろうな⁉︎」


 大きな剣を腰に構えたもうひとりの方が怒鳴っている。うるさそうにレヴィアは手を左右に振った。


「恩人のためにはなんかするってのはわかるけど恩人以外のやつに指図される謂れはないね。」


「知るか!動け!」


「やだ。」


 兵士がレヴィアの手を引こうとすると、レヴィアは唇を緩ませてにへらと笑いながら大声をあげる。


「おい、こいつロリコンだぞ!誘拐だ、やめろ!」


「違う!」


注目をにわかに集め始めた剣士は、ぶんぶんと手を振って無実を声高に主張する。その隙にレヴィアは腕を抜き、サイトウの足元に移動した。


「この野郎、許さねえぞ。サイトウ様から離れろ。」


「きゃーこわーい。」


「サイトウ様、こいつ何なんですか?ただで連れて行ってやるなんて普通ないですよ。どんな子供でも恩義を感じて手伝いの一つくらいするはずですけど。」


「まあ、幼い少女をいじめるよりはいいんじゃないか。」


「ええ......。とんだ身分のお嬢様だな。お前。」


兵士から冷たい視線が飛ぶ。それを全く気にする様子もなくレヴィアは針仕事を始めた。


何を言っても無駄だと思ったのか少しの名誉を傷つけられた兵士はその場から去って行く。


その場にはサイトウとレヴィアだけが残った。


封印は破れた。一つだけだが、水分の操作がある程度自由になっている。


この男が危険ならば、駆除対象になりうる。強大な力を持っていること、ただならぬ気配をもっていることは認められる。ただ、この人間がそれをどう見ているかの問題である。


転世者は、目的への執着が異常に高い。過去がどうであれ、性格が振り切れていて、目的のためなら何でもする。それゆえに危険なのだ。


伝統文化の破壊、生物学的体系の破壊。危険性を挙げればいとまもない。


レヴィアは、頬杖をつきながら、とんがり帽子を眺めた。


 そこに、自分のことばかりしている様子のレヴィアを見たレジーナが頬を真っ赤にしながら空袋を持って走ってきた。


「仕事してくださいよ!」


 レヴィアは思いっきり右頬を平手で殴られた。身体が、凄いスピードで飛んだ。


「ちゃんとしてください。協力するってだいったじゃないですか?」


 そしてしつこく言葉を浴びせかける。


「お世話になってるからには何かしらお返しをしないとだめです。わたしたちのために働いてくれるっていう約束でしたよね......?」


「それはお前が勝手に......あたしは疲れたんだよ。しかも戦闘後だ。ダルシムは頑丈だからいいかもしれないが、あたしはまだ子供だぜ?」


「でも、みんな手伝ってるのに、レヴィアさんだけ手伝わないのはずるいじゃないですか。わたしも少しはやりますから。」


「言ったな?」


「言いました。」


 そのまま袋を持って立ち去る。

 レヴィアが立ち上がろうとすると首だけで振り向いた。


「逃げないでくださいね?」


 角度はだいたい75度である。

 彼女の洋服の下から文房具とかその他諸々が飛び出してきそうなイメージだった。ーーもっともスカートではないのだけれど。


「仕方ない。やるよ。」


 レヴィアは玉細工のついた腰をゆっくりと上げて、猫みたいな欠伸をした。


 レジーナの頭上に、音符が見えるようだった。





 その夜。


 レヴィアは周りに目立たないよう布を被せた灯りの下で、破れた衣服を縫製していた。


「全くひどい目にあった。」


 レヴィアは天幕の設営にたくさんの木枠を運ばされ、さらには炊き出しの具材を調達させられる羽目になった。その結果か、彼女は目を細め頭を何度も揺らしながら、針を布に通した。


 まち針を抜いていたレヴィアの手元が陰った。


「寝ないのかい?」

 振り返ればサイトウが立っている。


「あたしは寝なくても大丈夫だ。お前こそ寝ないのか?」


「僕は見張りがあるからね。」


「そういうのはお前の従者がやる仕事じゃないのか?」


「上司が動かなければ、部下もついてこない。そういうものさ。それに。」

 そういいながらレヴィアの横に無遠慮に座る。


「おそらく僕らにとって一番危険性のある君を監視しておかないといけない。」


 レヴィアは鼻で笑った。

「監視しても別に何か変わるわけでもないけどね、あたしは。ほら、無防備に眠そうにしてるじゃないか。」


 砂漠の中では雲もなく、月明かりもはっきりと見える。その下でサイトウはつば広の帽子を脱いでところどころ砂利が挟まっている古びた板の上に置いた。


「実際それは名目で、純粋に知りたいんだよ。君のその変わった技?みたいなのをさ。」


「それは企業秘密。」


「そういう所、せこいな。」


 レヴィアは面白がっているように白い歯を見せた。


「せこくて結構。あたしは十分話したし。後は自分で見つけなさい、ってな。」


「面白いね。うちに来る気はないかい?」


 レヴィアは少し黙り込んだ。そして小さく唸ったあと少し考えたふうに顎の下に手を置き、3秒くらい静止して、口を開いた。


「今はまだいいや。」


「前向きに考えてくれるってことでいいのかい?」


「まあ、そのうちな。保留させてもらいたいね。」


「そうか。」


 少し残念そうにサイトウは息を吐いた。

 つば広の帽子を取ると、砂をはたき落す。


「気が向いたらでいいよ。」


 そうしてゆっくりと立ち上がった。

 マントが砂を巻き上げて、少し砂煙が上がった。


「いいのか?強引に誘うこともできただろ?」


 レヴィアが皮肉っぽく言うと彼は、頭を掻いた。


「そういうやり方は、僕の性に合わなくて。」


「随分といい性格してやがる。」


「らしくないって?」


「いや、逆だよ。感心してるんだ。よくそういう考えで生きてこられたってさ。すげーよ。この世界、そんな甘くないだろうに。」


「多分、運がよかったからかな。」


「だろうな。違いない。」


 サイトウの帽子が揺れて手元が軽く陰った。

 早く寝ろ、とダルシムが騒いでいる。


「わかった。」


 レヴィアは天幕の中で寝転がる男に対して応えて、指先で結んだ糸を噛み切った。


 ぶつっと音がした。

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