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2 邪神様は盗賊を退治するようです

 放り出された身体が、砂の上に落ち、盛大にクラッシュする。


「くそ。砂のくせにいてえじゃねえか。」


 身体のあちこちが打撲して、痛みが波動のように広がっていく。

 砂埃のせいで目もまともに見えない。


 レヴィアは服にかぶった砂を払いながらゆっくりと起き上がった。すると間髪入れずに彼方から飛んできた「花火」が、レヴィアの間近に落ち、再びの轟音とともに地面を揺らした。


(こりゃ、狙われているな。)

 少し離れた位置に、レヴィアたちが使っていた車が倒れている。騎獣は臆病なのか、自らを拘束する金具が壊れたのをよい事に、主人を見捨てて逃げ出していった。


 獣に心を通わせて、その結果獣に見限られているとは、なんと滑稽だろうかとレヴィアは思った。


「さて、花火を打ち込んでくる奴さんはどんなのかな、と。」

 砂嵐と見まがうほどの砂埃の間から見えた影は林のように乱立していた。無数の蹄が砂をはねる音が聞こえてくる。


 ダルシムが幌の中から何かを叫んだ。

「何だ」


 その時である。

 無数の影の中から弾丸のように飛び出してくるものがひとつ。


 それはレヴィアのすぐ前に着地すると、不気味に光るさび付いた刀身を振りかざした。

 見た目と目つきの悪さ。そして、弓なりに折れ曲がった猫背。

 獲物の首であろう生首を腰にぶら下げている。

「お前らの荷物をよこせ。そして死ね。」


 ゾンビのように生気のない顔をした人間の着地の衝撃を受けて腰から砂に落ちたレヴィアはあくまで冷静になろうとして、上がる心拍を押さえながら言葉をひねり出した。


「出ないでくれ。盗賊が来た。」


 ゾンビはひたすらに剣を振り回す。その一撃一撃は粗野であるようで、しっかりと計算され尽くしていた。

 レヴィアの膝の上を剣がかする。うろこに当たったため、全く傷はない。


「痛ってえなくそ!」


 レヴィアは上体をひねらせ蹴るとみせかけて魔法を放つ。


「ウォーターボルト!」


 短縮詠唱の魔法。この世界でも、ほとんど使える者はいないはずだが。

 ゾンビはその動きを見て回避した。

 そこから攻勢に転じたレヴィアが動くごとに一瞬も遅れることなくついてくる。

 そして攻撃を回避してくる。


「おかしいだろ!」

「おかしくはない。強化魔法だ。」


 レヴィアの腹にゾンビの一撃が入る。刃物の背による打撃。内臓をえぐり取るような痛みに、レヴィアの身体が吹き飛んだ。

 明らかに物理法則を無視した動きに、反応速度は人間のできるそれを超えている。


「竜人に見えたが、そうでもないようだ。貧弱だな。」

 突き刺すような視線にレヴィアは精一杯の皮肉で答える。


「あんたほどじゃあないけどね。死人が迎えに来そうな顔してら。」


「ほざけ。」

 レヴィアの頭上に、曲刀が振り下ろされる。


 そこで彼女は手のひらに魔法陣を展開する。

 水を得る魔法である。


「何かと思えば。」

 ゾンビはからからと笑う。


「そんな魔法で何ができる。」


「いや、できてしまうんだぜ、これがね。」


 幌が破れ、ゾンビの背後から、超高速で水筒が飛んでくる。


「そういうことか。甘いな。」

 ゾンビは振り向きざまに一太刀、横なぎに切り払う。そして、こちらに再度振りかぶり、切り下ろす。

 鉄でできた水筒は両断され、水は霧散した。もう反撃の隙はなくなったと、彼は考えたのだろう。

 だが。


「が……はっ……っぐぅ……。」


 ゾンビはレヴィアに凶刃を向ける前に、全身から無数の血を吹きながら倒れた。

「貴様、何をした。」


 レヴィアはうんざりするように息を吐いた。

「何って、普通に攻撃をしただけよ。水筒の水で。」


 血の気のない顔を紅潮させてゾンビはわめいた。

「馬鹿な。無詠唱の魔法など……そんな馬鹿げたものが……あるわけないだろう!!」


 レヴィアはゾンビを冷淡に見下ろす。

「あるんだよ。」


「ははは、そうか。だが、お前らは終わりだ。運が悪かったな!」


 後ろから確実に自分を殺そうと取り囲んでいる彼の部下たちの気配を背中に感じて、レヴィアは振り向く。ざっと数えただけで四十人はいる。それが、レヴィアの後ろで稜線のあたりから騎獣にまたがって待ち構えていた。


「撃ち殺せえぇぇ!!」


 直接彼女を狙った矢が無数、周囲から放たれる。先端が変わった形状をしているなと思ったところで、レヴィアの足下に着弾した矢が、爆ぜる。

 人よりも頑丈な身体は爆破でもそう簡単には吹き飛ばないとはいえ、身体の一部が壊れるには十分な威力を持っていた。


「くっそお、足が痺れてやがる。神経切れたか......。」


 陶片は彼女の足に突き刺さり、または切り刻み、目を背けたくなる傷を作っていた。左足の脛の皮膚が完璧にえぐられており、そこから血が湧き水のように流れ出る。


「こりゃあ、参ったねえ。」

 レヴィアは歯がみする。熱を帯びた傷口は塞がらず、足下にどろっとした液体を垂れ流し続けている。


「筆頭を殺しておいて只ですむと思ったか?」

 盗賊の一人が騎獣から降りて、レヴィアの前に立った。この世界ではなじみのない、シャツのような衣を着ている。材質は不明。他の盗賊たちとは明らかに異なる風貌をしている。


「どうしますかね。親分」

 シャツの従者らしき男がシャツを着た男に何やら耳打ちした。それを黙ってシャツはしばらく聞いていた風に見えたが、彼は自らの懐にしまっていた黒色の武器を取り出した。


「俺がやる。」


 そう言って彼は三角の魔法陣を二重に展開した。彼の周囲に広がるのは橙色の光。生命力に関与する高等な魔法である。


「お嬢さん。」


「何だよ。」

 レヴィアはシャツ男を両目で射抜くように睨みつける。


「おやおや、厳しい目だ。元気があってよろしいですな。私どもに積み荷を渡していただけませんか。」


 シャツの言葉は異様に紳士的で、言外にひりつくような威圧感を含んでいる。

 顔には微笑を浮かべているが、目は全く笑っていない。何人もの人間を殺してきたことがうかがえる。


「それはできないね。」


「では仕方がありません。あなたたち全員を殺して、帰るとしましょう。」

 眉一つ動かさずにシャツはそう言った。


 賭に出るしかない、とレヴィアは踏んだ。

 無詠唱の魔法で決める。


(血刀殺。)


 レヴィアの血は刃となって、取り囲む者全てに容赦なく突き刺さる。男の後ろの取り巻きたちは一瞬で昏倒し、椿の花のようにぼろぼろと騎獣の上から落ちていく。


 肝心のシャツ男はおよそ人間とは思えない速さで、無作為に放たれたレヴィアの血を寸前で回避していく。よけ終わったときも涼しげに、決めぜりふまで添えて。

「甘い。」


「嘘だろ。」

 血を失ったレヴィアが細い息で呟く。向けられた玩具に、シャツ男の力がこもる。


「本当ですよ。」シャツは笑う。

「あなたの見立てが甘すぎた、それだけです。」

 その玩具から発せられた、簡素で乾いた音が砂漠の夕空に響いた。


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