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1 邪神様は暑がりなようです

皆さまはじめまして。輪ゴムパスタと申します。

本作は処女作ですので、未熟な点等多々あると思います。大目に見ていただけたら幸いです。

 砂漠の中を齢14程に見える少女が、一人歩いていた。


 周りを覆っていた青白い光が消えると、少女はため息をつく。


「あーかったりー。」


 照りつける太陽。眩しい真夏の日差し。

 膝裏に届くほど伸びつくした髪の下から、レヴィアは恨めしげに呟いた。


 汗が雨のように流れたそばから乾いて消えていく。手足の関節を覆う鱗もすっかり潤いをなくし、砂塵でざらつきはじめた。


 たまにくる強風が、レヴィアの小さな身体を大きく左右に揺さぶる。砂の底に突き落とされそうになりながら彼女は砂に覆われた稜線を進んで行く。


 レヴィアに流れる血が強く脈を打っている。地獄の水場に適応するため彼女の身体はとうに変化し、乾燥した環境では生きづらい。上がる心拍数が、ここは危ないと自分自身に告げていた。


「ふう。」


 疲労がたまり、喉が張り付くような感覚を覚えてきたため、レヴィアは前に運ぶ足を止めた。

 彼女が右手を裏返し腰のあたりに構えると、手のひらから特殊な印が浮かび上がる。

 水を得る魔法である。


「集まりゃいいんだがな。」


 じゅっという音がして、空気中の水が収束する。集まった水は水滴が一滴。魔法陣が消えると掌を少し濡らしただけだった。


 レヴィアは一瞬、胃の気持ち悪さとともに浮くような感覚を覚えた。するとすぐに頭が痛くなった。身体の中から強烈に何かに締め付けられている気がして彼女は魔法を解いた。


 違和感はなくなった。平衡感覚も元に戻り、歪みかけていた視界も元に戻る。


(封印をかけやがったか、くそ)


 レヴィアは邪神である。

 それはかつて同じ神と戦い、破れた神族のことを指す。勝者が敗者を従える世界である。神の与える理不尽に刃向かう者は皆封印された。そして、今回神の尻拭いをさせるため都合よく駆り出されたのだ。より従順で、危害を与える危険が少ない者を選んで。


 どうやら、狡猾な奴らは封印を解く際、改めてレヴィアの身体自体にも封印を施したらしい。


 魔法の出力どころか、身体機能全体に大幅な制限がかかっているようだ。人間とほとんど変わらないくらいまで弱っている事がレヴィアにはわかっていた。


 この広大な砂の荒野に、見渡す限り物は何一つない。

 ただ南方に高く輝く光の塊だけが、神の犬として呼び起こされた彼女を見下ろしながらあざ笑っているようだった。


 自分のものすごく苦手な環境に、レヴィアは人間同然の体力で唐突に召喚されたのだった。

「ふざけんなよ。」

 意識ももうろうとする。精神力が削られていく。


 かちゃん、かちゃんという金具同士がぶつかり合う音が近付いて来る。大型の馬車か何かだろう、油が切れているのか、耳障りな車軸のきしみと、車輪と砂が擦れる音も聞こえる。そしてそれはレヴィアのすぐ近くに来て止まった。


「大丈夫ですか?」


 レヴィアに声がかけられた。


「え?ううん、大丈夫です。」


 混濁する意識の中、邪神は突然の善意に頭が追いつかず、反射的に拒絶してしまった。


「やばそうじゃないですか。乗ってくださいよ。」


 そういいながら、声の主は遠慮するレヴィアの手を掴み、車の中に引っ張りあげた。床に擦り付けるように倒れこむと、水がぶっきらぼうに手渡された。


「これ飲んで休め。だが、あんまり飲むんじゃないよ。貴重なんだからさ。」


 女の同乗者と思われる男が、足を組み直しながら言った。


「毒じゃないだろうな。」


「心配するな。何も騙して売ろうってんじゃない。」


「どうだか」


「俺がそういう人間に見えるか?」


 レヴィアは水を受け取り、口に運ぶと男に尋ねた。


「なんであんたらはあたしを助けたんだ?」


「さあな。」


 男は砂の纏わり付いたぼさぼさの髪をかきあげながらため息をつく。


「まあ、あいつの気まぐれだろうさ。」


「気まぐれ、ねえ。」


 レヴィアは前の方を見やる。幌の向こう側で、先程の声の主と思われる女性が二体の騎獣を操っていた。


「あのお方がこの車の持ち主って訳か。」


 視点を戻すと男はレヴィアの服を観察していた。


「この辺では見かけない意匠だな。お前、どっから来たんだ。西大陸あたりか?」


「まあ、その辺だな。辺境なんだよ。」


 男は意地悪な笑みを浮かべたと同時にレヴィアにこう返す。


「お前、家出か?」


 この世界に存在する龍人族という種族は、ほとんど外に出ない保守的な種族である。その身体と特徴がよく似ている彼女はどうもそのような風に見なされたらしい。


 レヴィアは少し沈黙したあと、そんな感じだと答えた。男の眉が少し下がる。


「訳ありってとこか。向こうに未練はないのか。親御さんも心配するだろう。」


「ない訳じゃねえ。けどあたしの親はもういない。戦争で死んだからな。」


 それに男はわかりやすい反応を示す。憐れみの目だ。ご愁傷様だと言いたがっている。


「気にしてねえよ。なにぶん小さい時なもんで、親の顔も覚えてねえんだ。」


 レヴィアの衣は魔法によって織った特別製のものである。質素な格好をしているように見えて、非常に高度な技術で作っている。


 それを見抜く目があるこの男にレヴィアは感心していた。一方でレヴィアの話は全て嘘である。


実際には親は神の軍勢にいたし、そのことを知っていた。彼女は娘が100人ほどいたからか、レヴィアをなんとも思っていなかったらしい。


(嘘は見抜けねえのな。)


 それか、知らないふりをしているか。

 どっちにしろ、見知らぬこの男を、レヴィアは「いいやつ」だと思った。


「たとえ生きていても、あの親の元には帰りたくねえよ。絶対に。」


 男は複雑な顔をしていた。右にも左にも曲がらなそうだ。


「そうか...聞いて、すまなかったな。」


「いいんだ。別に気にしてねえ。」


 室内に重苦しい空気が漂う。

 静かになったのをみかねたのか、騎獣を操っていた女が幕を巻き上げてその顔を見せた。


「旅人さん、起きたんですか?」


「起きたみたいだ。」男が返す。


「おい。」


「こいつはレジーナだ。そういえば名乗ってなかったか。俺はダルシムだ。」


 レヴィアは、自分のことをレジーナという女に説明した。半分くらいは嘘だが。


「へー、レヴィアさんって言うんですねー。」

 お節介女はレヴィアの全身をしげしげと観察する。


「確かに珍しい服ですね!どこで売ってるんですか?」


「自分で作った。」


 女はそれにわかりやすい驚き方をした。目を見開いてレヴィアの手を握りながらぶんぶん振った。


「へー!すごいですね!」


「いや、これくらい普通のことさ。」


「難しいですよ、そんなの王都の職人でもできないですから。」


 大げさで取ってつけたような褒め言葉だとレヴィアは思った。だが不思議と悪い気はしなかった。


 犬と馬と牛をバランスよく掛け合わせたような獣を見ながらダルシムは言う。


「レジーナ、騎獣の方は大丈夫か。」

「大丈夫ですよ、あの子達賢いので。」


「騎獣とかいうのは放っておいてもいいの?」


 その言葉を聞くとレジーナはおもむろに目を閉じて、胸の辺りで手を組み合わせる。そして何かを感じとったかのように姿勢を正すと、目を開いた。


「私にはわかるんです。」

「わかるって?」


「私、テイマーをしてるんです。テイマーって分かりますか?依頼を受けて、動物さんと人間を仲良くする仕事なんです。」


「へえ。」


「動物さんが、どうしたいとか思ってることが私にはわかるので。今は、お腹がすいているので家に帰るって言ってます。だから、放っておいてもこの子達は目的地の馬宿まで行きます。テイマーは私の天職なんですよ」


 だからあいつが大丈夫って言ったら大丈夫なんだよ、とダルシムは言った。


「もっとも、根拠はないけどな。でもあいつが読み間違えることはほとんどねえ。」

「なるほどね。」


 おそらく、使役能力である。この世界の住人の約5万人に1人程しか持たない性質だとレヴィアは神界の報告書で学んでいた。


(希少種(レアリティ)か。)


「あんたはレジーナのこと信頼してるんだな。」

「そりゃあ、商売仲間のことを信頼できなきゃやってられねえだろうがよ。」


「そうか。」


 神界では、血縁関係においてもなお謀略を巡らせポストを巡る争いが繰り広げられている。そういうこともあり信頼できる者というのがレヴィアにはいなかった。自分の身と行く末を他人に任せることは不安だ。素直に信じたりすると利用されて、必要なくなった時には裏切られることの方が多い。あまり自分以外に期待することもなかった。


「利用価値」は「信頼」に言い換えることもできる。

 レヴィアは今回の仕事を受けさせられた時のことを思い出す。


「レヴィア、私はお前を信頼してこの任務を任せるのです。」


 ヘルメスは確かにそう言った。レヴィアは適任であると。信頼しているなら封印を多重にして砂漠の真ん中に送り出すという事をするだろうか。捨て駒として厄介払いされたとしか考えられない。

 信頼は本当に言葉通りの意味なのか。


「私も、ダルシムさんのこと信頼してます。ダルシムさんはいつも頼りになりますから。」


 レジーナがそう言った時もレヴィアは素直に彼らの関係を信じられなかった。


「仲間か......いいな。あたしにはないや。正直そう言えるあんたらが羨ましいかも。」


 レヴィアが呟いた瞬間、レジーナがレヴィアの横に座り込んで叫ぶ。


「じゃあ、なっちゃえばいいんですよ!」

「そうだな。いい案だ。」


 レヴィアは呆然とした。


「どういうことだ、おい。お前らがどんなことしてるのかもどこに住んでるのかもわからないようなやつがいきなり仲間になるとかおかしいだろ。」


「そんなの関係ありませんって。」


 レジーナは無理矢理レヴィアの右腕に抱きついて嫌がるレヴィアを引き止める。


「何だよ。」


「いや、お前帰る場所ないんだろう?じゃあ俺たちとこいよ。」


 ダルシムが息巻いている。二人の圧迫感が暑苦しく、申し出というよりは押しつけがましいお節介の押し売りのように見える。


「確かにそうだけどさ、役に立たないかもしれねえぜ?」


 レヴィアの身体はいまや14歳の少女そのものである。神の権能を使わなければただの足手まといであるとしか思えない。


「じゃあ、役に立ってもらうだけだ。」


 ダルシムは悪戯っぽく笑う。


「明日から仕事をしてもらうぜ。」



「仕事だと?」

「こいつの積み下ろしと販売だよ。」


 ダルシムは後ろの荷台を指す。たくさんの木箱や布袋などが積まれていて、傾いて倒れそうだが丁度良いように左右に分けてある。


「ていうか、あんたらどこに何しに行くんだよ。そこから知らないんだけど。」


「私たち、牧場やってるんで、そこに帰るんです。ついでに私たちが作ったものを売ったりして餌代にするお金を稼いでいます。」


「ワフド国にラジャの飼育器具と餌を買いに行って、帰ってる途中にお前を見つけたってわけだ。」


 知らない単語が大量に出てくる。

 ワフド国は、この砂漠の大部分を占める国家である。ラジャはこの国家を原産とするハイブリッド騎獣の原種だという。ダルシムとレジーナの牧場ではこの原種を飼育する許可を得ており、乳産品を入手することができるという。


「整理すると、大事な用事の帰り道で、そこであたしを拾ったから恩返すために働けよってことか。」


 レヴィアは舌打ちした。


「嫌だ、面倒くさい。」


「じゃあこれだけは返せ。水代、500ビル。」

「おお、ふっかけるねえ。」


「どれくらいなんだよ。」


 レジーナがワフド国の平均給与1か月分であると耳打ちした。


「おかしいだろ!」

「命一つの値段としては安いだろ。」

 ダルシムの目は当然だ、という風に語りかけている。


 本来上位の存在で有りながら、自分よりも下の存在に命を握られている事態。


 レヴィアは心の上を虫が這い回っているような気分になった。


「逃がすつもりはないと。」

「当たり前だ。」


 もとより、彼らのほうが家にこもってばかりいたレヴィアよりも生き方をよく知っている。


「くっそおおお、嵌められた。しゃあねえ、働いてやるよ。」


「ありがとさん。」


 改めて車の内部を見てみると意外にもしっかり作られている。車の内部は青銅製のランプによってほんのり明るく照らされていた。古い皮と木の匂いがする。動いた時の揺れは酷いが住み慣れたログハウスと似たような感覚を覚えて、存外気に入ったように彼女は板の上に寝転んだ。


「気に入ったか。俺が作ったんだ。」


 ダルシムが鼻の頭をこする。


「まあまあいいんじゃないの。」


「気に入ってもらえたならよかったです。」


 レジーナがそう言った直後、車が轟音とともにぐらりと傾いた。


「きゃあ。」


 梁に身体を打ち付けられたレジーナが悲鳴を上げる。


 後ろにうずたかく積んだ荷物が崩れ落ち、梁に激突し倒れ込んだレジーナの頭部を木箱が襲う。

 レヴィアが荷物を抑えようと手を伸ばすも彼女の身体は小さく、巾着を振り回すかのように幌の外に投げ出される。


「危ねえ!」


 再びの轟音。そして砂埃が巻き上がる。視界がしばらく薄茶色に染まり、雨の打ち付ける音に似た音が幌の上から鳴った。三人の咳き込む音が輪唱する。


「ダルシムさん、大丈夫ですか!」


 レジーナに気遣われながら男が木箱の下から姿を現す。その顔には苦笑を浮かべている。


「はは、まずったかもしれねえ。」


 ダルシムの背は赤紫色に腫れていた。

 レジーナは動転して荷物をひっくり返す。さらに車が大きくきしんだ。


「おい、レヴィア。荷物の中に巻き藁が入ってるんだわ。その紐で車を起こしたいんだ。」


 ダルシムが呼びかけるも、レヴィアの返事はない。


「どうした!」

「少し静かにしておきな。」


 幌越しに聞こえる声は声色を落として、はっきりと言い放った。


「盗賊が来た。」


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