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屋上フロンティア! ~「学校の屋上」~   作者: たまり
『シュレーディンガーの屋上』編
7/15

図書館の後輩とネコ小説


「時間が10分ちがう世界が、屋上にあるっ!」


 夏野ユリは屋上を指さして宣言する。

 宝物のありかをみつけた、みたいな表情で。


 証拠は無いけれど、ユリと二人でみた光景が本当なら大変なことだ。

 屋上の扉が、別の世界へ繋がる入り口になっているのだから。


 よくわからないけれど、そんなマンガみたいな「夢みたいな事」が本当に起こったのだから。


 もしかしたら世紀の大発見かもしれない。

 発見したのは僕ら、中学生二人。

 マスコミがいっぱい来て、インタビューをされちゃうかもしれない。

 テレビにも映ったりするのかな。

 でも、そのうちに偉い科学者が来て調査を開始するだろう。警察や自衛隊がきて辺り一帯を封鎖。よくわからないけど防護服を着た米軍の特殊部隊や、秘密研究機関がやってくるかもしれない。


 だんだんと大騒ぎになって、友達や学校、お母さんやお父さんにも迷惑をかけるかもしれない。


「……ヤバイよね」


 あれこれ考えていると、事の重大さにちょっと怖くなってきた。


「でしょ、ヤバイわよね!」


 きゃっ! と嬉しそうに跳ねるユリとは別の意味で「ヤバイ」と思いはじめていた。


「ヤバすぎて、なんだか怖い気がするんだけど」


 僕は今の気持ちを正直にうちあけた。


 ユリは家に帰るなりSNSで広めたり、テレビ局に電話でもしたりしかねない勢いに思えたからだ。ここらでブレーキをかけなきゃって思った。


「は? 怖い? なにが?」

「いろいろと。もうすこし慎重に調べようよ」


 するとケチをつけられたと思ったのか、ユリは少しムッとした表情になる。


「……ハルトは昔からそうね、怖がりで慎重で」

「ユリが怖いもの知らずなんだよ」

「なによ、ノリが悪いわね」

「ノリで何度か酷い目にあってる僕の身にもなってよ」

「そうだったかしら?」

「そうだよ!」


 子供の頃からユリの言う「面白そうなこと」に振り回されては、いろいろと酷い目にあってきたのだ。


 経験値……いや、くぐってきた修羅場の数が違う。数々の酷い思い出たちが、今もけたたましく警報を発している。


「青いザリガニがいるわ!」

 興奮するユリにそそのかされ、田んぼの用水路で頭から転び、泥だらけになった小3の夏。


「スケートができるかも!」

 公園の池に張った氷に乗った途端、割れて膝下まで水没した小4の冬。


「はちみつが採れるんだよ!」

 神社の御神木にあった天然のミツバチの巣。それにちょっかいを出し、ハチの大群に追いかけられた小5の春――。


 すべて言い出しっぺのユリは、離れた場所から指示を出していただけだ。


 僕は「そうかなぁ……?」と疑問に思いつつも、無邪気だった僕はなんだか楽しくて、言われたままに行動した。その結果、ひどい目にあってきたわけだ。

 今回はそうはいかない。

 中二にもなって、同じ過ちを繰り返してなるものか。

「もう少し落ち着いて」


「……わかったわ」


「ユリ?」


 いつの間にかしゃがんでいたユリが、ランシューの靴紐をギュッと結ぶ。校庭のほうに視線を向けたまま、膝小僧をスカートから出して左右の靴紐を結び終えると立ち上がった。


「私一人で調べてくる。帰りは4時半。ここに集合でいい?」

「い、いいけど……って、ちょっ!?」


 軽やかに足踏みをはじめるユリ。

「ハルトは図書委員の仕事があるんでしょ、ちゃっちゃと片付けて来なさいよね!」


「待って、一人で行くつもり」


 まさか、屋上に?


「陸上部のみんなと、顧問の先生のとこ!」


「あっ」


 と、いう間にユリは目の前からダッシュで走り去った。

 風のような速さで駆けてゆく後ろ姿を見送る。すると、校庭の端に転がってきたサッカーボールを、バシッと蹴り返した。

 ナイスー! と部員から声が飛ぶ。


「ま……いいか」


 陸上部が本当に練習をしていないのか、確かめるつもりなのだろう。

 先生にも部活の事を確認したいだろうし。

 それと「屋上の鍵」について、あわよくば先生から情報を聞き出すつもりなのかもしれない。

 

 いずれにしてもここから4時半までは別行動。

 けれど帰りは、報告も兼ねて一緒に帰ることになりそうだ。

 どうせ家が同じ方向なのは皆が知っていることだし、クラスメイトに見られても「屋上の秘密」について話しているなんて思いもしないだろう。


 トンガリ屋根の大時計を見ると、時刻は3時50分。

 まだ30分以上も時間がある。


 と、ようやく後輩に図書室を任せきりだったことを思い出した。


「やば……」


 僕は図書室へ足早に向かうことにした。


 ◇


「せんぱい、遅いです」


 三階の北側にある図書室へ入るなり、受付カウンターから充希(みつき)さんが小声で抗議してきた。

 ぷく、と頬をすこし膨らませているようにも見える。


「ごめんごめん。ちょっと話し込んじゃってさ……」


 てへへ、と腰を少し曲げながら図書室の扉をくぐる。


 室内は外とは別世界のように静まり返っている。ほのかな古書の匂い。けれど先ほどとは違い、数人の利用者が書棚の間で本を探している。


 すぐ戻ると言って飛び出したきり、30分以上もほったらかした事になる。

 後輩の充希(みつき)さん一人では大変だったことだろう。


「もう4時ですね」


 手元の文庫本に視線を向けたまま、感情を抑制した声だった。

 古い文庫本を開いて読んでいる。


 ちょっと怒っているみたい。

 真面目な彼女にとってサボリに等しい僕の行動は、許しがたいことだったのだろう。


「そうだね……忙しかった?」


 受付カウンター越しにおそるおそる尋ねる。


「せんぱいのおかげで、ワンオペでしたから」

「……ごめん」

「図書室はブラック部活か」

「それ、おもしろい」

「そうですか?」


 普段はあまり喋らない充希(みつき)さん。けれど、話しはじめると言葉のチョイスが面白い。


「何か手伝うことある?」

「返却された本、もとに戻してくれますか?」

「うん」

「おねがいします」


 小柄な後輩は、おでこを出したショートボブの前髪を、指先で整える。


 けれど憮然とした感じだった声色は、「おねがいします」のあたりで、いつもどおりの調子にもどっていた気がした。


「まかせて」


 充希(みつき)さんの横には、買い物かごと同じ形の黒い樹脂製のバスケットがあった。

 その中には本が10冊ほど積まれている。放課後、図書室を開けてから返却された本だ。


 これを書棚に戻せばいい。

 本のジャンルごとに管理番号のシールが貼ってある。けれど慣れれば、だいたい置いてある位置はわかる。

 ハードカバーの小説に、図鑑と古い詩集。それに参考書。書棚の間を歩きながら、手際よく本を戻してゆく。

 ひととおり戻し終わったところで、受付カウンターへと戻る。


「おわった」

「ごくろうさまです」


 充希(みつき)さんはこちらには目もくれず、古びた文庫本のページをめくる。


「なに読んでるの?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。

 本好きとしては、尋ねられると答えたくなるもの。


「『夏への扉』です」

「何か青春小説っぽいタイトルだね」


 爽やかな青春小説っぽい。けれど予想に反して彼女は首をふる。


「ちがいますよ」


 抑揚の無い声だけど、明らかに食いついてきた。

 ぐいっと身を乗り出して、小さな顔をこっちに向けて本の表紙をみせる。


「あ、ハヤカワ文庫?」

 本好きなら知らない者はいない。SF小説の老舗出版社だ。


「はい。古典SFです。猫ちゃんが冬になると家のあちこちの扉を、開けてくれーって頼むんです」


 なんだそりゃ。


「ねこが?」

「ねこ小説です。ネコすきですから」

 ネコ小説なのか、SFなのかよくわからない。けれど充希(みつき)さんはめずらしく瞳を輝かせた。


「どのへんがポイントなの?」


「それはですね、ネコのピートちゃんは、家の扉のどれかが、夏に通じているっ! て信じているところですね」


「扉が……夏に通じている」


 とくん、と心臓が跳ねた。ついさっき体験したばかりの、あの不可思議な事を連想してしまう。


「扉は時間を跳躍して、季節の違う世界へ行くための通り道……って信じてるんです。ネコかわいい」


「違う世界への……扉」

「はい」


 充希(みつき)さんは静かにうなずいた。


「それって」

「どうかしました? せんぱい」


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 気がつくと、図書室に射し込む光はオレンジ色を帯びていた。

 そのせいだろうか。いつになく饒舌な後輩の瞳の奥で、何か光が小さく瞬いた気がした。


<つづく>


★出典『夏への扉』(1956)

 アメリカのSF作家、ロバート・A・ハインライン作のSF小説。

 ネコの小説ではありませんw


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