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屋上フロンティア! ~「学校の屋上」~   作者: たまり
『シュレーディンガーの屋上』編
15/15

ふたりの「また明日」

充希(みつき)さん? おーい……」


 再び扉を開けた時、充希さんは忽然と消えてしまった。


 屋上の何処かに隠れているのかと思ったけれど、隠れられる場所なんて無い。

 フェンスで囲まれた屋上を見回してもどこにもいない。もちろん一瞬で乗り越えられる高さではない。

「そんな……嘘だろ」

 さっき充希さんといた屋上では4時20分。大時計を見上げると時刻は4時30分になろうとしていた。やはり元の世界だ。だって10分ほど時間が進んでいるのだから。

 信じられない。けれど本当に「もうひとつの世界」に僕は行っていたのだ。


 フェンス越しに見える風景は、見慣れたものだった。うっすらと夕焼け色に染まる山並み、家々の明かりも空をゆく国際線の飛行機のシルエットも。何もかも元通りだ。

 部活もそろそろ終わりのようで、野球部や陸上部はそれぞれ片付けを始めている。陸上部で駆け回っている夏野ユリも、そろそろ終わる頃だろう。

 戻らなきゃ、と思ったところで僕はあることに気がついた。


「鍵……!」


 そうだ、「もうひとつの世界」の屋上へ出入りするあの不思議な鍵!

 充希さんがポケットに仕舞い込んだままだった。


 慌てて踊り場の電源ボックスを開けて確かめたけれど、やっぱり鍵は消えていた。「向こう側の充希さん」が、あの鍵を持って帰ってしまったんだ。


「ユリになんて言おう……」

 

 僕はしばし呆然と立ち尽くした。


 いろいろ考えたあげく、図書室へ向かうことにした。


 世界線がどうとか、向こう側の充希さんと、こっちの世界の充希さんは別人だとか。難しいことを言っていたけれど、彼女が無性に心配になったからだ。


 図書室の後輩が消えていたらどうしよう。


 そんな不安に駆り立てられる。


 屋上の踊り場から屋上への扉を静かに閉める。そして階段を早足で掛け下りた。三階の北側階段に通じる廊下を右に曲がって、しばらく進めばやがて図書室だ。


「せんぱい、遅いです」


 図書室の扉を開けるなり、受付カウンターごしに充希(みつき)さんが抗議してきた。

 ムッとした様子で、かなりご立腹みたいだ。

 けれど、僕はどっと全身の力が抜けるのを感じていた。


「……よかった……」


「よくないです! 何言ってるんですか? こっちはワンオペで大変だったんですよ」

「ご、ごめんね、ちょっと充希さんと話し込ん……」

 と、言いかけてハッとする。


「は?」

「あっ、いやごめんそうじゃなくて」

「何言ってるんですか」

「いやいやこっちの話でさ」


 本気で不審がられた。

 僕が屋上で話していた充希さんと、図書室にいる充希さんは、同一人物だけど、世界線が違うからちょっとだけ違うのだろう。


 違うけれど、同一人物。

 この世界では本来の充希さん。

 時間の遅れた世界の充希さんは、向こうの世界に帰った。

 だからすべて元に戻った。


 ……ということだよね?


 図書室に入ってから充希さんを見て、いろいろ思考を巡らせているとぐっとカゴを押し付けられた。


「せんぱいの分です」

「あ、うん」

「さっさと書棚に戻して、帰りましょう」

「そうだね」


 夕暮れ色に染まる図書室で、充希さんと本を書棚に戻す作業をする。


 ほのかな古書の匂い、そして後輩の頭にはちょこんとネコの髪飾り。


「あ、あのさ」

「……なんですか?」

 視線を合わせずに返事をする充希さん。一つだけ確かめたいことがあった。


「充希さんが読んでいた本さ、タイトルなんだっけ?」

「え? いろいろ読んでますけど、なんでしたっけ?」

「ほら、SFの……」


 きょとんとした顔をする充希さん。

 最後の本を書棚に戻し、不思議そうに僕の顔を覗き込む。


 そうか。つい先日、受付カウンターで『夏への扉』というSF小説を読んでいた彼女は、向こう側の充希さんだったんだ。

 SF小説のあらすじを説明してくれた彼女。意味ありげな内容で、僕を試していたのかもしれない。


「うーん? 知りませんけど、古典SFなら色々読んでますよ」

「たとえばさ、『夏への扉』ってしってる?」

「あ、聞いたことあります。図書室にもありますよね。まだ読んでないんですけど」


「なんかさ、猫が冬に扉を開けてくれって頼むらしいよ」

「……ねこが、ですか?」


 充希さんは猫と聞いて、食いついた。


「うん、その扉の先は別の世界、時間に繋がってるとかなんとか」

「へぇ……! そうなんですか。そっかー今度読んでみますね」


 充希さんは興味があるような無いような、とても微妙な表情をうかべている。

 けれど少しだけ嬉しそうに見えた。


 その後は二人で図書室を閉め、カギをかけた。

 別れ際、充希さんは振り返った。


「ハルトせんぱい」


「ん?」


「どうして私が猫好きだって、わかったんです?」


 それは……君がそう言ったから。


 とは言えなかった。

 全ては一時の夢だったかもしれない。10分間だけの時間旅行。不思議な屋上世界と、同じ顔をした別の充希さん。


「なんとなく、猫ずきかな……と」


 わけのわからない言い訳だと思った。

 けれど、充希さんは髪飾りを指でちょっとだけ整えると、照れたように微笑んだ。


「ありがとうございます! さよなら、せんぱい」

「おつかれ充希さん」


「また明日」

「また明日ね」

 僕は小さく手を振った。


 ◇


 帰り道、僕はジャージ姿の夏野ユリと並んで歩いていた。

 

 長い影が地面の上で2つ、形を変えながらついてくるのをぼんやりとながめながら。


「消えたってどういうことよ!?」


 噛みつかれるかと思った。


「だ、だから、屋上の配電盤の裏から鍵が無くなってて……。おかしいなーって」

「ふぅん? 見つかって回収されたってことかしら?」


 歩きながら、じーっと僕の横顔を見つめるユリ。


「お、おそらく……?」


「ハルってさ、昔から嘘が下手よね」

 ギク。ユリが「ジト目」を絵に描いたような顔をしている。


「うっ、嘘なんて……」

「じゃぁこっち見なさいよ」

「……うん」

「正直に言いなさいって、怒んないから」


 優しい猫なで声がこわい。


「…………いや、でも」

「ほらー、ほら」

「あーもう! わかったよ」

「自白したほうが罪は軽いわ」

「罪って……」


 僕は意を決し、ポツポツと説明した。


 時間のズレた別の世界が、屋上には確かに存在した。

 ここまではユリも感じていたことだから、クリア。


 問題はここからだった。

 何をどう話していいやら。上手く話せるだろうか?

 充希さんが実は異世界人で、成りすましていた。でも本人には違いなくて。世界線のねじれた状態で同時に存在していた……と。

 で、最後に鍵を向こう側に持っていかれた。


 でも、充希さんとの会話については話さなかった。


 僕と仲良くなりたいと言ったこと。

 どちらの世界の充希さんも、猫が好きだったこと。

 向こう側の充希さんが全ての真実を知っていて、教えてくれたこと。


「ネット小説のこじらせ系素人作家が考えた三流SFみたいな筋書きね」

「ひどい言い方だね……」

「だいたいなんで急に後輩ちゃんが出てくるわけ?」

「そ、それは」

「夢? それとも、ハルトの願望?」

「多分……違うと思う」


 別に妄想のストーリーではないけれど。

 ユリは半分納得、半分は疑っているみたいだった。そりゃそうだよね。


「ふぅん……。ま、いいわ。無いものは」

「そ、そうだよね」


 ほっとする。あの角を曲がればもうすぐ家だ。やっとユリの追及から逃れられる。


「明日からは正攻法でいくわ」

「え? 何を?」


 ユリがキラリと瞳を輝かせる。


「正式に屋上の鍵を開けて、みんなに解放してもらうように、先生と交渉するのよ。よりよい環境! 生徒の福利厚生のためにって」


「えぇ? まだあきらめてないの?」


「諦めるも何も、本来の目的はそれだもの。それに……素敵な謎現象の起こる屋上を、もっとこの目で観察したいじゃない」

「う、うーん」

「じゃ! そういうことで。ハルは説得する文章を考えとくように」

「って、おい!?」


 たたた、と軽やかな足取りでユリは走り去った。夕日に照らされた髪がおどり、一度こちらを振り返る。


「また明日ね!」

「……うん! また明日」


 やれやれと、見上げた空には一番星が輝き始めていた。


 明日もまた騒がしい一日になりそうだ。


<おしまい>


★ハルトとユリは中二病、かと思いきや本物の不思議に片足を突っ込んでいた、というお話でした。

 お読み頂き、ありがとうございました! 


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