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屋上フロンティア! ~「学校の屋上」~   作者: たまり
『シュレーディンガーの屋上』編
1/15

屋上へ行こう!


 ★


「ウチの学校にも屋上(・・)ってあるわよね……?」


 教室の窓から外を眺めていた夏野ユリが、こっちを向いて話しかけてきた。


「え? 屋上がどうしたって?」


 読書をしようと文庫本を広げていた僕――桜樹ハルトは、夏野ユリの問いかけを聞きかえした。


 ここ、春日野(かすがの)中学2年A組の教室は、お昼休みの真っ最中。みんな給食を食べ終えてお腹いっぱい、ちょっとガヤガヤと騒がしい。


 僕は手元の文庫本から、隣の席に座っている夏野ユリに視線を向ける。


 窓ぎわの席に座っているユリは、卵みたいな輪郭の顔を右手の甲で支え、机に片肘をついていた。肩の長さで切りそろえた髪が、蜘蛛の糸みたいに光を集めて光っている。


 真っ青な5月の空には、ぷかぷかと綿菓子みたいな雲が浮かんでいて、小鳥たちが自由気ままに飛んでゆく。

 僕は眩しさに思わず目を細めた。


「聞いてる? 屋上よ、屋上! 行ってみたいなって思って」


 小鳥のさえずりとともに、夏野ユリの声が耳に届く。

 四角いアルミサッシの窓枠を背にした彼女は、まるで絵画みたいな構図に見えた。別に絵になるって意味じゃない。そんなふうに見えたのは気の迷いだ、きっと。


「あぁ……うん? 屋上ね」

 眩しさに目が慣れてくると、じーっと見ている夏野ユリと視線が合った。


「屋上はあるけど、あそこは立入禁止だぞ」


 僕の知る限り、屋上は普段施錠されている。

 同じようなことを考える生徒は他にも居て、階段の踊り場の更に上、屋上への入り口を目指して階段を上ってゆき、そして落胆して戻ってきたのを知っていた。


「えっそうなの!? ……ガーン」

「口でガーンて言うやつ、始めて見た」

「ショックだもん」

 夏野ユリは、ガッカリした様子で机に突っ伏した。


 その様子がちょっと面白くて、思わずくすっと笑ってしまう。


 本来なら、ここで「なんで屋上に行きたいのさ?」と、親身になって聞くべきだろう。

 けれど深追いは禁物だ。

 面倒なことに巻き込まれそうな予感がビンビンする。これは経験から来る、(かん)


 僕と夏野ユリは家が近所で、いわゆる「幼なじみ」というやつだ。幼稚園からの友達付き合いを重ねる中で、いろいろと苦い経験をしているのだ。

 遡ること幼稚園時代――。

 男子顔負けなほどに活発だったユリに、僕は終始引っ張り回された。

 好むと好まざるとに関わらず、家が近いからという理由で、下僕のような扱いを受けた。引っ込み思案だったおかげで、彼女に引っ張りまわされてはひどい目に遭わされてきた。

 用水路で「ザリガニが欲しい」と言われ、泥だらけでザリガニを捕獲させられたり。

 ある時は柿の実を「毒味して」と言われ、齧ってみたら渋柿だったり。

 まるで主人と奴隷みたいな感じだったと思う。


 その経験の積み重ねが「気をつけろ」と警告を発している。

 これはアラートでワーニングだ。それにもう中学生なのだから、もうユリに振り回されない、自由に、我が道をゆくんだ。

 昼休みは静かに、読みかけの本を読み進めたい。

 話に興味が無いふりをして、手元の文庫本に視線を戻す。

 ゴーイングのマイウェイだ。


「ねぇちょっと。私が屋上に行きたいわけ、聞きなさいよハル」


 ほらきた。

 ずいっ、ずいっと机を寄せてきて身を乗り出し、さらに身体を傾けるユリ。


「べ、別に興味ないし。どうでもいいんだけど……」


「どうでもよくない」

「いや、ほんとに」


 勘弁してください。


 文庫本のページをめくっても、一文字も頭に入ってこない。ここはもう諦めて、半分だけ聞いたふりをして受け流すことにするべきか。


「いいから! 聞きたいでしょ? 私が屋上に興味をもったわけ」


 しつこい。そんなに話を聞いてほしいのか。しょうがないなぁ。


「実は昨日ね」

「勝手に話し始めた!?」


 ご、強引すぎる。

 こうなるともう、聞き手に回るより他はない。

 なんたって「女の子は話を聞いてほしい生き物だぜ……!」っていうお父さんの、疲れ切った顔が脳裏に浮かんだからだ。

 僕の妹も、従姉妹(いとこ)たちも、そして近所に住む夏野ユリも。みんなおしゃべりが大好きで、話しはじめたら止まらない。

 はぁ、と思わずため息をつく。


「何よ、その顔」

「生まれつきこの顔だよ」

「ハルの顔は昔からそうだけど。って、そんなことはどうでもいいから、ちゃんと私の話を聞きなさいよ」


 ユリが「むー」と頬をすこし膨らませてにらんでくる。

 不機嫌になるとさらに面倒くさい。ここは真剣に話を聞いたほうがよさそうだ。


「わかったよ。で話って一体、屋上がどうしたって?」


「そうそう、それなんだけどね。ドラマとかアニメとかでよく、屋上のシーンってあるじゃん?」


 じゃん? といいながら左右の手の指先を合わせて、傾けるユリ。制服の袖口から見える手首がすごく細い。


「あー、あるある」

 適当に相槌を打つ。


「でしょー? だから私も屋上で、ああいう感じで、こう……わーっ! って。あー、なんて言えばいいのかな? とにかく楽しくて素敵なことを、してみたいなーって思ってさ」


 楽しそうに話しはじめるユリ。機嫌も一瞬で良くなったみたい。あぁめんどくさいなぁ。


「うん……?」


「ね! いいと思わない?」

「と言われてもね……」


 隣の席からは「ハルはどう思う?」と、次の反応を期待しているらしく、キラキラとした瞳が向けられている。

 ユリが言いたいことはなんとなく、わかる。


 今、おそらく想像するに夏野ユリの頭の中には、校舎の屋上で繰り広げられる映画やドラマのワンシーンが、リプレイされているのだろう。

 お母さんが夢中なアイドルが出演する青春ドラマでも、屋上で高校生の男女がイチャイチャする恥ずかしいシーンがあった。

 妹の観ているアニメでも屋上で、友達どうしでお弁当を食べたり、仲良くおしゃべりをしたりするシーンが出てきた。

 そういえば僕が好きなマンガでも校舎の屋上でのバトルシーンがあったっけ。


 とにかく屋上にはそんな「特別な事が起きる」イメージがあるわけだ。


「屋上でバトルがしたいってこと?」

「はぁ!? 違うわよ。どうして男子って バ カ なの?」

「バカを強調しないでよ」


 小学生の時なら更に「バーカ、バーカ!」とおまけが付いてきただろう。自分の期待している反応と違うというだけで、言葉の暴力だ。


「ユリは屋上に夢を持ちすぎだろ。行けば何かあるのかよ」


 少なくとも僕の頭の中では、ライバルが互いに全力で技を出し合って戦う、バトルシーンぐらいしか思いつかない。

 そもそも屋上には行けないのだから、そんな事も起こるはずがないのだけれど。


「何って……うーん。とにかく素敵な事はあるわね」


 ユリは具体的な言葉を探しているのか、ちょっと考える。イメージだけが頭の中にあって、言葉でうまく言い表せないのだろう。


「何をしたいかはさておき。とにかく、屋上は立入禁止で誰も入っちゃいけないみたいだし。諦めなよ」


「屋上に入っちゃダメってこと?」

「ずっと閉鎖されてるだろ。知らなかったのかよ」

「だってー」


 ぷくーと頬を膨らませる。

 そんな顔をされても困る。風船みたいなほっぺたを突っついてやりたいけれど、仲良しだと勘違いされてからかわれても困る。


「とりあえず、さ」


 ユリがガタリと椅子から腰を浮かせた。


「え?」

「行ってみようよ!」

「だめだよ、怒られるって」


 立ち上がり僕の腕をぐい、と持ち上げる。


「いいから! その時はハルのせいにするから!」

「はぁ!? ちょ……っ」


 昼休みの喧騒にまぎれて、僕とユリは教室を抜け出した。


<つづく>


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