前向きに
それからの1週間はあっという間で。
――優しい時間が流れてゆく……
その日の『見晴らしの丘』から見た夕焼けは、やけに綺麗だった。
私はこの夕景を、一生忘れない。
それからの1週間はあっという間で、すぐに夏休みになった。
たっくんと私はなるべく皆と一緒の時間を、そして2人の時間を作って、忘れないように心に刻んでいった。
いよいよ引っ越しの日が明日に迫った。そんな時でも私達は『見晴らしの丘』で読書を楽しんでいる。背中合わせに座り、残された優しい時間を満喫した。
すぐ傍に大切な人がいるという安心感。この上ない幸福感がそこにある。
「明日は見送りに行かないよ」
「え、来ないのか?」
少し驚いた様子で、たっくんは私の隣に座り直した。
「うん、絶対に泣いちゃうから。この丘で読書してる」
「そうか、彩葉は泣き虫だからな」
「だって、仕方ないじゃん。私の意思とは関係なく勝手に涙がでちゃうんだから」
「そっか? まあ、彩葉が泣くと周りが大変なんだよな」
「もう! たっくん!」
そんな風に笑いながら言われると……。私の気持ち知ってるくせに。
「仕方ないな。……あのさ、俺、向こうでバイトしようと思うんだ」
「そうなの?」
「それでバイク買って、彩葉に会いに来るよ。電車だと遠回りだし。乗り換えや待ち時間で3時間以上かかるけど、バイクだったら1時間で来られるから」
「そっか。でも危ないからあまり賛成しないな。心配でこっちに着くまで気が気じゃないよ」
「大丈夫だって。安全運転に努めます!」
そう言いながらたっくんは、敬礼をして見せた。
「本当に気をつけてよ!」
「彩葉は心配性だなぁ、まだ免許も取ってないのに」
笑いながらそう言うたっくんに笑いながら私も答えた。
「そうだね」
でも……。
「バイクで来られるようになるのは、だいぶん先になりそうだけど、それまでは、彩葉のことを考えながら、ゆっくりと電車で来るよ」
「それは安心だ」
本当に。バイクだなんて、たっくんらしくない。
そんなにムリしなくてもいいのに。電車でゆっくり来てくれれば。それで一緒にいる時間が短くなったとしたも、それでもゆっくりと会いに来てほしい。
心配しながら過ごす時間は、とても生きた心地がしないだろうから。
楽しいひとときはあっという間で、名残惜しさも一入で。
「そろそろ送っていくよ」
「うん。明日、気をつけてね。向こうに着いたら電話してよ!」
「オッケー」
立ち上がったたっくんは大きく息を吸って、下界に向かって大声で叫んだ。
「浮気すんなよー」
私も負けじと立ち上がり、大声で返した。
「そっちこそー」
「すぐ会いに来るからなー。待ってろよー」
「待ってるー」
「遠距離なんかに、負けないぞー!」
「負けないぞー!」
2人で大笑いした。私達は、普段はそんな大声で叫んだりするタイプじゃないのに、やってみると案外気が晴れて、自分たちに降りかかった辛い出来事も、ちゃんと心で受け止めて遠距離を楽しもうと、少し前向きになれた気がする。
今を嘆くより、明日に期待しよう。その積み重ねが大切なんだ。
そう思えるようになった。
そう思うことにした。
静かに時間が流れてゆく。
もっといっぱい話したいことがあったのに、もうそんなことはどうでもいい。
何も話さなくても、ただ一緒にこうしていられるだけでよかった。
すぐ傍に、大切な人がいるという安心感。ただそれだけで。
お読み下さりありがとうございました。
次話「優しさ」もよろしくお願いします!