見晴らしの丘
静かに時間が流れてゆく。
もっといっぱい話したいことがあったのに、もうそんなことはどうでもいい。
何も話さなくても、ただ一緒にこうしていられるだけでよかった。
すぐ傍に、大切な人がいるという安心感。ただそれだけで。
放課後、たっくんと私は、いつものように『見晴らしの丘』に向かった。
学校の帰り道からはちょっと寄り道になるけど、2人が読書を楽しむには最高の場所である。
住宅街を抜けた小高い丘だ。一面芝生に覆われていて、そこここに草花が風に揺れている。中央にはベンチもあるけど、私達は敢えて芝生の上に座る。
丘の端には大きな広葉樹がある。夏はその下にいると日除けにもなり、何より木陰に吹く風が心地良い。
冬は流石にベンチに座る。天気の良い日は、ポカポカの日差しを浴びて暖かい。そんな日は、茶色くなった芝生の上に座ってみたりもする。
春と秋は気候がいいから、ついつい長居しちゃう。
春は小さな草花が至る所に咲いていて、その花々を見ているだけで心が癒やされる。
秋は枯れ葉が1枚、また1枚と散っていくので、なんだかもの悲しい雰囲気もあるけど、読書にはそれもまた、エッセンスになっている。
そうやって私達はこの丘と共に、1年を過ごしてきた。
はじめは隣同士に下界を見下ろすように座って、今日1日の出来事や、たわいのない話をする。
数学の先生のシャツの模様がピンクのバラ柄だとか、生物室にはオバケが出るだのと、どうでもいい話もたまにはしたりして。
他人からすると、バカな高校生の戯言だと笑うかもしれないが、それでも私達にはとても楽しいひと時だった。
ひとしきり話した後背中合わせに座り、カバンから本を取り出し読書を楽しむ。
お互いの背中に温もりを感じ合いながら、静かな時間を過ごす。
そこに大切な人がいるという安心感がある。
背中合わせでも、背中合わせだからこそ、お互いに相手がページをめくる時には背中の揺れで解る。それどころか物語を読んでいてハッとしたり、涙を流したり、ワクワクしたり……感情の全てが背中合わせに伝わってくる。
お互いの存在を感じ合いながら、好きな読書を楽しむ。
何も話さなくても、ただこうして一緒にいられるだけでよかった。
「ふぅー」
パタンと本を閉じる音とともに、たっくんが溜め息をついた。
「もう読み終わったの?」
「うん」
「で、どうだった?」
「はじめはさ、ほのぼのとしてて、これ推理小説だったよなって確認したくらいだったけど、読み進めていくと、そのほのぼののエッセンスが効いてて、突然の……」
ふふふ。たっくんは気に入った作品を語り出したら止まらない。きっと、面白かったんだろうな。
「……で、最後に大どんでん返し。いやー、参ったなぁ、そうくるかぁーって」
「面白そうね」
「次、読むだろ?」
「うん」
いつも読み終わったら交換して、また感想を言い合うの。それまでは内容はナイショ。
「お前のはどうだ?」
「たっくんには甘々だと思う。でも、こういう恋人同士って、憧れちゃうなぁ」
「ふぅーん。じゃ、それ読んで、乙女心の傾向と対策について勉強しないとな」
「ふふふ、よろしくー! さ、早く帰って宿題しなきゃ」
「そうだな、送って行くよ」
「うん」
もっといっぱい話したいことがあったのに、もうそんなことはどうでもいい。
何も話さなくても、ただ一緒にいられるだけでよかった。
すぐ傍に、大切な人がいるという安心感。ただそれだけで。
お読み下さりありがとうございました。
次話もよろしくお願いします。