静かな時間
ドキドキしているのは坂道を上って来たから?
さあ、『見晴らしの丘』に着いた。辺りを見渡し、大きく深呼吸をする。でも、ドキドキが収まらない。それが、坂道を上ってきたせいなのか、愛しい人との対面を間近に控えているせいなのか。
私は、いつもの場所にそっと腰を下ろし、持ってきた本を開いた。
もうすぐ会える、もうすぐ会える。そう思うと、なかなかページが進まない。でも、それさえも楽しく感じてしまうほどだった。
どれほどの時間が経ったのだろう、時計を見ようとしたその時に、名前を呼ぶ声に胸が躍った。
『彩葉!』
「あ、たっくん!」
『ごめん、遅くなって』
「こうして会えたんだから、時間なんて関係ないよ。たっくん、バイクは?」
『坂の下に置いてきたんだ』
「そっか」
『さあ、本を読もう。スマホ越しじゃなく、背中合わせで。話はそのあとで』
もっといっぱい話したいことがあったのに、もうそんなことはどうでもいい。何も話さなくても、ただ一緒にこうしていられるだけでよかった。
背中合わせに座り、お互い好きな本を読み耽る。お互いの存在を感じ合いながら、静かに流れゆく優しい時間。
ただ一緒にこうしていられるだけでよかった。
すぐ傍に大切な人がいるという安心感。ただそれだけで。
あなたの背中にもたれ
ずっとこうしているのが好き
優しく微笑むあなたの顔を
思い浮かべるのが好き
潤んだ瞳の奥
何が
何が見えますか?
ああ、瞳からあなたへの想いが溢れてくる。
「せっかく会えたのにね」
『どうしたの?』
「この本泣ける」
私は上を向いて、たっくんの背中に頭をもたれかけさせた。
どうしても零れる涙。
『彩葉、ずっと会いたかったよ』
「私もずっと会いたかった」
『大好きだ』
「私も大好き」
『幸せにね』
「幸せだよ、たっくんとまたこうして会えて」
『そうか』
「そうだよ」
『今まで……ありがとな。彩葉、大好きだ。元気出して、頑張れよ』
「え……」
たっくん、どうしたの? と振り返ろうとした時、別の方向から名前を呼ばれ振り向いた。
そこには……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「見晴らしの丘で」もよろしくお願いします!