第96話 忘れ物
眠ってしまったユーリエを寝室に運び、寝室に戻ると俺は忘れ物に気が付いた。
ユーリエが読んでいた本が、居間に置かれたままになっているのだった。
一緒に持って行ってあげればよかった。
「……ああしまったな、これを忘れていた」
が、リーリエもユーリエを運ぶ時に一緒に寝室に行き、今眠ろうとしている所だ。
今これを持っていくと起こしてしまう。暫く待った方がいいだろう。
それに、このユーリエが一生懸命読んでいた本には多少の興味もあった。
学校では自由研究というものがあり、それぞれ自分が決めた課題に取り組んで何かを作るらしいのだが――リーリエはポーションを作ると教えてくれたのだが、ユーリエは秘密と言って教えてくれなかったのだ。
それについて是非は問うまい。あの子にだってそういう事の一つや二つはあっても仕方がないだろう。
それが成長していくという事なのかもしれない。
が――少し寂しさを感じたのも事実。
だから本の中身が気にかかる――のかも知れない。
いや、これはそれとは別と話で、子供が読んでいるものが健全かどうかを判断する親として当然の務めの一つであって、俺がユーリエに秘密にされて寂しかったからではない!
そう考えれば納得がいく、中身を見させてもらおうか――
いやしかし、勝手に読んでユーリエは怒らないか?
この本を読んでしまってユーリエが秘密にしたかったことが分かってしまったのなら、怒られても仕方がないのかも知れない。
それは嫌だ――何としても避けねばならない事態だ。恐ろしい。
「……何やってんださっきから。手ぇ出したり引っ込めたりさ。気になるなら見りゃいいだろうが」
と、俺の様子を見ていたヨシュアが呆れた口調で言って来る。
「ああ、そうなんだがな」
「いいんだよ。子供が何か悪いモン見てねえか確認してやるのも親の務めってな」
「ああ。その理屈は理解できるんだが……な。勝手に見て後でユーリエに怒られてはかなわん」
「おいおい。相手が一万の軍勢でもビビらねえ奴が、あんな小さな子に怒られるのをビビってるのか?」
「無論だ。あの子に嫌われては生きて行けん」
「大げさな奴だなぁ――まあ黙っててやるから見ちゃえよ、ほら」
「むう……しかしだな」
と、俺達のやり取りを見ていたアイリンが口を挟む。
「あははは――見ても大丈夫だと思いますよ。悪いものではありませんし、それを見てすぐにユーリエちゃんのやりたいことが分かるようなものでもないですから」
「……君がそう言うなら、そうなんだろう。では見せて貰おう」
「おい、俺の意見は無視かよ」
「いや、他意は無い。アイリンは学校でのあの子達を見てくれているわけだしな」
「ま、そうだな。他ならぬアイリン先生の仰ることだしな」
「いいえそんな――わたしはただの助手で……そんな偉くは――」
「うちのリコが迷惑かけてないかい? あいつ騒がしいからなぁ」
「いいえ全然。ゴーレムの材料を運ぶよりはずっと楽しいです。皆可愛くて、見ているこちらが笑顔になれますから」
「うちの子もうまくやっていけそうだろうか?」
「ええ。楽しそうにしていましたよ。ただ、リーリエちゃんとユーリエちゃんは魔術の素養が特に高いですから、あの子達に合わせた環境を整えるのがちょっと大変ですけど」
と、アイリンはリーリエの魔力が強過ぎて、学校の備品の薬品には魔術が込められなかったという話を教えてくれた。
ユーリエの治癒魔術の力もリーリエと互角である。
ポーションの作成に挑んだのがユーリエならば、ユーリエも備品の薬品を蒸発させていたはずだ。
「ふふふ……流石だな。将来が楽しみだ」
「カエルの子はカエルってか、正確には姪っ子だけど血縁だもんなぁ」
「それにユーリエちゃんは――話が戻りますけど、この本を見てみて下さい」
「ああ。そうだったな」
俺は本を開いて頁を捲る。
「む、これは――?」
かなり古い本のようで、文章表現は古典に近く、文字もぎっしりと詰まっている。
どうやら内容的には、昔の研究者の研究結果を取り纏めた辞典に近いようなもののようだ。対象の品の名前に効果、そしてその材料や製法について記載されている。
例えば光る蝶のような、まるで生きているように動く花火だとか、暗い所で自然と光を放つインクであるとか、傷やへこみを自然に修復する材木であるとか――
そう言った雑多な品々についての記載が所狭しと並んでいるのだ。
元が詩や小説のように人に読ませるために作られているわけではないらしく、記述はかなり大雑把で表現も難解である。
確かにこれでは、ユーリエが何を知りたかったのかは全く想像がつかない。
「……確かに君の言う通りだ。これでは何も絞れないな」
「ユーリエちゃん、これを一人で読み進めてるんです。凄いですよ、すごくよく勉強していますね。わたしの方がユーリエちゃんについて行くのがやっとなくらいで……まあわたしが不勉強なのが悪いんですけど――」
「フフ――鼻が高いな、もっと言ってくれ。あの子達を褒められるのは、何度聞いても気分がいい」
自分の事はどんな賛辞を受けても響かないのに、不思議な事だ。
だが、そうであるものは仕方がない。俺は俺の心の自然な反応に身を任せよう。
「あははは……エイスさんって本当に子煩悩ですね」
「いやそれは親馬鹿って言っていいんだよ」
「ふふ。そうですね、少しはそう思っていました」
「しかしこの本は――俺も少々興味があるな。今のうちに少し読ませてもらおう」
せっかくなので、俺の作ってみたいものの製法が分かるかどうか、調べてみたい。
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