第91話 自由研究
ガラララッ!
イゴール先生が教室の引き戸を勢い良く開いた。
木製の長机と椅子が並べられたその空間は――もぬけの殻だった。
「――おや?」
「あれ? 誰もいないよ?」
「ほんとね――」
「みんな授業が嫌で逃げたとか?」
「イゴール先生、これは――?」
「うむ……?」
と、考え込んで――ポンと手を打つ。
「おおそうだった! 今の時間は自由研究だから、皆調べ物や実験等でバラバラになっているんだ。皆に紹介するのは自由研究の時間が終わってからにしよう」
「「「自由研究?」」」
声を揃える子供達に、イゴール先生が説明する。
「錬金術を使って、本当に何か物を作って貰うのさ。アイテムでも、薬品でも、ゴーレムでもなんでもいい。好きなものを作ればいいんだ。理論も大事だが、実践をしてみないと見えないものもあるからね。当然、君達にも何か作って貰う事になる」
「でも、わたし達守護紋を持ってないよ?」
「大丈夫、知啓と金の神アーリオストの魔術が必要になるのは最も基本の融合成だけなんだ。それだけしか使わずに、可能な限り誰にでも様々なものを生み出せるように考えられたのが錬金術だからね。魔術が必要な部分は先生達が手助けするよ」
「じゃああたし、その融合成って魔法を覚えたいです! それならリーリエやリコの手伝いも出来るし!」
「おっ。そうか君は知啓と金の神アーリオストの守護紋を持っているんだね。ああ、そういえば君達の持っている守護紋を聞いておいていいかな? それによって、どんなものが作り易いかはやはり変わって来るからね」
と、イゴール先生が言う。
リーリエやユーリエ達が学園の試験を受けた時は、守護紋については何も聞かれなかった。
なので、この学園が守護紋に関わりなく誰でも受け入れると言うのは本当だろう。
「ええと、わたしは――愛と水の神アルアーシア、自由と風の神スカイラ、秩序と光の主神レイムレシスです」
と、リーリエが答えるとイゴール先生の顔色が変わる。
「何ぃっ!? 三つ!? しかも愛と水の神アルアーシアと秩序と光の主神レイムレシスの守護紋だって!? じゃあ貴重な治癒術師でなおかつ、レイムレシス教団に入れば幹部になる事だって難しくない――これはとんでもない子が来たぞ……!」
「す、凄いんですか……!? 治癒術師が貴重だとは、お婆様にお聞きしましたけど――」
と、アイリンが尋ねていた。
「何を言っておるのかね!? 秩序と光の主神レイムレシスの守護紋は、混沌と闇の主神ゼノセドスのものと並んで、世界で最も希少な守護紋の双璧だよ。治癒術師も珍しいが、それを遥かに上回る希少価値がある! それを持って生まれただけで、一生の安泰が保証されるくらいにはね!」
「そ、そうなんですね――」
アイリンがそう感心している。
秩序と光の主神レイムレシスや混沌と闇の主神ゼノセドスの守護紋が世にも珍しいものであるのは、ユーリエも当然知っていた。
リーリエは覚えているかちょっと怪しいが、多分覚えているだろう。
そういう事を知らない様子のアイリンは、ユーリエとしては元々そういう事に疎い人なのだなあと思わざるを得ない。
そのユーリエの隣で、リコが自分の守護紋について述べる。
「私はその……戦士の神フィールティの守護紋です。魔孔節もないから魔術は全然――」
「ああ大丈夫だよ。誰にでも門戸が開かれているのが錬金術というものさ。魔術なんて使えなくても構わない。楽しんで学んでくれればね」
それに続き、ユーリエは自分も守護紋について述べる。
「あたしは愛と水の神アルアーシア、知啓と金の神アーリオスト、混沌と闇の主神ゼノセドスです」
「何いいぃっ!?」
「ええっ!? ユーリエも!?」
そう言えばリコにユーリエの守護紋の事を全部話すのは初めてだ。
リーリエは秩序と光の主神レイムレシスの守護紋の魔術をリコの前でぽんぽん使っていて、それは何だと質問されて答えていたが――
「君は愛と水の神アルアーシアと混沌と闇の主神ゼノセドス!? と、とんでもない子達だな――流石はエイス殿のご家族だというべきか……! 噂によるとエイス殿は26種類全ての守護紋を持っておられるとか――」
「うん、持ってるよ!」
「だから、あたし達なんてまだまだ――」
「いやいや、三つも守護紋を持つ上に秩序と光の主神レイムレシスや混沌と闇の主神ゼノセドスの守護紋を持つ君達も、十分人並み外れているよ」
「そうかなあ? でもわたし達、立派な治癒術師になりたいんです!」
「それが一番、人の役に立てると思うから――」
と、二人は口を揃える。
そういう目標があるだけに、愛と水の神アルアーシアの治癒術はよく練習しているが他の守護紋の魔術に関してそれ程一生懸命勉強しているわけではない。
自分の身を守るために必要な最低限の魔術は、既に身に着けているが――
ともあれ子供達の純粋な眼差しに、イゴール先生は目を細める。
「そうか。小さいうちから自分の目標が決まっているのはいい事だよ。ただ、他にも色々な事を勉強して見識を広げれば、きっと治癒術師として生きて行く上でも役に立つよ。錬金術もその一つさ。具体例を挙げるなら、錬金術と治癒魔術が合わさればとても質のいいポーションが出来るんだ。自由研究でそれを作ってみるのもいいだろうね」
「へ~! じゃあわたし、ポーションを作ってみようかな!」
と、リーリエが目を輝かせる。
「そうだね。まず、自由研究で何を作るかを考えて決めるといい。アイリン君は三人の自由研究を手伝ってあげてくれたまえ。君の勉強にもなるだろう」
「はい、分かりました」
「それでは、実験室や資料室を案内しておこうか。自由研究で使うからね。さぁ行こう」
と、イゴール先生は学校内の案内を始めるのだった。
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