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第89話 天使の初登校

「じゃあエイスくん、行って来るね~♪」

「エイス君、お見送りありがとう。クルルもいい子にしてるのよ!」

「私の分もおべんと作ってくれてありがと~おじちゃん!」


 リーリエにユーリエにリコの三人は、『アルケール学園』の校門前でエイスとクルルに手を振っていた。

 今日は初登校。エイスとクルルは学校の門まで見送りに来てくれたのである。


「ああ。気を付けて行っておいで」

「クルルー!」


 優しい表情で手を振るエイスと、元気に鳴くクルルと。

 両者の声に背中を押されて三人は門の中へと入って行った。

 同じ制服を着た学園の生徒達も、続々と中へ入って行く。


「こういう学校って初めてだね! 楽しみー!」


 リーリエは好奇心に目を輝かせていた。

 これまでアクスベル王国の王都アークスで暮らしていた時は家庭学習が主で、屋敷に先生が来て勉強などを教えてくれる事が専らだった。

 王都にはエイスも通っていた騎士学校があるが、リーリエもユーリエも騎士を目指しているわけではない。

 なりたいものは母エイミーや『聖女ミルナーシャ』のような立派な治癒術師だが、治癒術師は希少な存在で数が少ない。

 そのため、治癒術師を育てる学校なども無いのだ。都合、治癒術師の育成は弟子入りだったり、個人で家庭教師として雇うとか、そういった形態が主になる。

 王都の魔法学校でも治癒術は対象外なのだそうだ。


 リーリエとユーリエの場合は、基礎は生前の母エイミーが教えており、そこからは治癒術師の先生を呼んで教えて貰っていた。

 普通の勉強もそれと同じくで、主に元教師でもあるマルチナさんに教えて貰っていたのだ。

 集団で学習する学校は初めてで、リーリエとしてはわくわくしっぱなしだった。

 一体どんな人がいて、どんな楽しい事が待っているのだろう。


「上手く馴染めるかなぁ――ちょっと心配かも……」


 半面、ユーリエにとっては慣れない環境というのは不安要素になる。

 勿論嫌なのではなく、楽しみは楽しみなのだが……物怖じを全くしない性格のリーリエと違い、ユーリエは多少の人見知りをする。

 慎重に物を考えるが故の事だが、こういう時はリーリエの性格が羨ましくなる。


「大丈夫だよ! わたしがちゃあんと守ってあげるから。お姉ちゃんだからね!」


 リーリエはエッヘンと胸を張ると、ユーリエの手を取ってきゅっと握った。


「こういう時だけお姉ちゃん顔するんだから――」


 そう言いながらも手を振り払わないのだから、ユーリエも実はこういう時はお姉ちゃんを頼りにしているのである。

 人の気持ちを察するのが上手なリーリエには、言葉にしなくともそれが伝わる。


「えへへっ。出来る時にしとくんだよ、普段全然できないもん♪」


 だから、嬉しそうに笑うのだった。

 妹に頼りにされるのは、お姉ちゃん冥利に尽きるのである。


「あ、リーリエの方がお姉ちゃんなんだあ? 私逆だと思ってたな~」


 と、二人の様子を見ていたリコが言う。


「えぇぇ~! わたしがお姉ちゃんだよ! どこからどう見ても!」

「でも、いつもユーリエがリーリエに色々教えてるよ? だからユーリエがお姉ちゃんなんだなあって思ってたし」

「それはリーリエがそそっかしいし、いろんな事をすぐ忘れちゃうから仕方なくなの」

「ちょっとユーリエ――! いいもん、お姉ちゃんがんばるから――!」


 リーリエは、ユーリエの腕を強く引きつつ歩を早めようとした。

 だが丁度運悪く、目の前は段差になっていた。

 勢い良く踏み出し過ぎた足が、段差を踏み外して――


「うわぁっ!?」

「きゃあっ!?」

「おおぉっ!?」


 リーリエに巻き込まれてユーリエも転倒し、そのユーリエに躓いてリコも転倒した。


「「「いたた……!」」」


 三人揃って涙目になっている様子を、他の生徒達がくすくす笑いながら見ていた。


「は、早く行こ! 職員室に来てって言ってたよね!」

「う、うん、急いで行きましょ!」

「ひー、かっこわる! 逃げよ逃げよ!」


 三人はそそくさと職員室に移動した。

 幸い校舎に入ってすぐに職員室があったので、全く迷わずに済んだ。

 お姉ちゃんらしい所を見せようと張り切ったリーリエが、三人を代表して声を上げた。


「おはようございまーす。今日から学校に来たリーリエ・エイゼルとユーリエ・エイゼルとリコ・バーネットです! 職員室に来てって言われました」


 その挨拶を聞くと、中の先生達はにこやかにリーリエ達に注目するが――


「あっ。リーリエちゃん、ユーリエちゃん、リコちゃん。おはようございます、こっちよ」


 と、声をかけて来たのは――


「あ、アイリンお姉ちゃん!」

「アイリンさん!?」

「アイリンおねーちゃんだ!」


 そう、この街でお世話になっているお屋敷に住んでいるお姉さんのアイリンだった。

 ひょっとしてアイリンは、この学校の先生なのだろうか?

 いやしかし、初めて会ったときは山の中でゴーレムを暴走させていたけれど――?

 三人はこれはどういう事なのかと、ちょっと首をひねったのである。

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