第6話 謁見
国王陛下――
流石にこの方に窘められては、俺も首を垂れる他は無い。
俺はリジェールを離すと、陛下に対し跪いて臣下の礼を取る。
その場にいるほぼ全員が、俺と同じ姿勢を取っていた。
ただ一人の例外は、陛下が伴っている若い娘――
長く艶のある黒髪に煌びやかな飾りをした絶世の美女だ。
年来は俺より少々下で十九のはず。
ヒルデガルド姫――国王陛下の一人娘だ。
本人に目の前に出て来られると、流石に少々気まずいものを感じなくもない。
国王陛下には話があったので、ここでお会いできるのはありがたいが。
「エイスよ。儂は私室にお主を通すように命じたはずだが、何故ここにおる?」
リジェールは国王陛下の命に背き、ここに俺を誘い込んで亡き者にしようとしたのか。
やれやれである。こちらは特にリジェールに敵意は無いのだが。
どうにも昔からの恨みが、彼を暴走させたようだ。
「……我々はここに通されただけにございます」
「まことか? ではリジェールよ、なぜエイスをここに連れて来た?」
「恐れながら、エイス殿におかれましては謀反の恐れありと判断いたしましたが故――ただ通すわけにもいかず、こちらで尋問をと――」
「ぶ、無礼な! 我等が団長を侮辱するにも程があります――!」
レティシアは顔を真っ赤にして怒っていたが、俺はそれも制して止めた。
リジェールのあからさまな言い逃れだが、それはそれで――いい口実かも知れない。
「馬鹿を申すな。エイスにそのような考えが無い事くらい、暗愚と言われる儂にも分かろうというものだ」
現在の国王陛下は、アクスベル王国の版図を大きく拡大した先代王に比べて、弱腰であるとか頼りないなどと評されることが多い。
だが実際に接してみると――俺はそうは思わない。
確かに先代王のような武人としての猛々しさはないし、戦も好まない。
出来るだけ周囲と争わず協調しようとするその姿勢を貫くには、愚かでは決してできないだろう。
大国アクスベルの武を持って周囲を切り取り、おのれの領土を拡張したい貴族や騎士はごまんといる。
そういった者達を巧みに操りながら、アクスベルを平和裏に保ってきた方だ。
確かに武技はからっきしで、そこらの近衛騎士より間違いなく弱いが――
だが聡明である。俺はこの陛下が嫌いではなかった。
だからこそ、筋を通して暇を請おうと思って来たのだ。
そうでなければ、何も言わずに出奔してしまえばいい。
「陛下。恐れながら……リジェール殿の申す通り――にして頂いても俺は構いません」
陛下と俺は、陛下が即位される前から顔を見知っている。
子供の頃の俺は陛下になぜか気に入られ可愛がられており、陛下の前でも自分をいつものように俺と言っても構わない事になっていた。
俺の言葉に、陛下は驚きの表情を見せた。
「エイス……! お主、地位を捨てて国を出たいと申すのか――!?」
流石に陛下は察しがいい。
すぐに俺の意図に気が付いてくれた。
「「「「「ええええええぇぇぇぇっ!?」」」」」
そしてそれには、俺の部下である白竜牙騎士団の副団長三人、それにリジェール、さらにはヒルデガルド姫様も大声を上げて驚いていた。
そしてリジェールだけは、どさくさ紛れによし! と言って拳を握っていた。
「……リジェールよ。お主は何を喜んでおるのか知らぬが、儂の命に背いたからには罰は受けて貰うぞ。今日より暫くは自分の屋敷で謹慎しておれ」
「うっ……!? は、はい――申し訳御座いませんでした……」
陛下がきっちりと、リジェールにお灸を据えていた。
少々いい気味かも知れない。
しかし今は彼に構っている場合でもない。
副団長達が俺を止めようと躍起になっていた。
「だ、団長! 団長がいなくなっちまったら白竜牙はどうなっちまうんですか!?」
「そ、そうですよ! 団長程のお方が野に下るなど、国の損失ですよ!?」
「団長……そんなにまで――ご家族を……?」
「ああ。レティシア」
と、俺はレティシアに頷いてから陛下を真っすぐ見る。
「陛下、実は本日は暇を乞うつもりでやって参りました。俺が今回の縁談を断る事によって王家の顔に泥を塗ってしまう事は事実です。ですから、俺を謀反を企てた罪人として追放してください。それで前の事は覆い隠せます」
「馬鹿を申すな。儂が面子になど拘らん事は知っておろう。そのようなつまらん事でお前を失う事の方が我が国にとっての損失であろう」
黙って俺を見つめていたヒルデガルド様も、口を開いた。
「そうです、エイス殿――! この度の事は、拙速に物事を進めようとしたわたくしに全ての問題がございます……! どうか考え直して下さいませ。わたくしは何と言われようが構いませんから――」
俺は静かに首を振る。
「いいえ。陛下、姫様――この度の事で、俺は自分の心と向き合う事が出来ました。そして思ったのです――白竜牙騎士団長でも、筆頭聖騎士でもなく、姉の遺した娘達の父親代わりとして生きたいと……! それさえ叶えば、地位も名誉も俺には不要。ただ一介の父親として、子供達と共にいる十分な時間が欲しいのです。ですが白竜牙を預かり続けていれば、それが難しくなります。ですから――俺に暇を頂きたく」
「む、むう……子供のため、か――なんとも素朴な理由だな……」
「エイス殿――」
言葉に困る陛下とヒルデガルド姫に、俺はさらに深く頭を垂れた。
「自分自身の生き方を、こうしたいと思ったのは初めてなのです。何卒お赦しを――!」
陛下がふう、と息をついた。
「エイスよ。儂はそなたを幼い頃より知っておるが、そのような強い意志を見せたのは初めてだな――そなたは常に飄々とし、周りからの希望には応じるが、自分の希望を述べた事は無かった。自分の意思を抑えた――と言うより、持っていなかった」
「仰る通りにございます」
「それが生き方を見つけたというのであれば――一人の人間としては、お主を送り出してやらねばなるまいな……王としては、そなたのようなずば抜けた存在は、是が非でも放すべきではないのだが……」
陛下も態度を決めかねているのだろうか。
聡明な陛下でも、こうやって悩むこともあるのだな、と俺は思う。
しばらく間が開いて、陛下が再び口を開いた。
「――よかろうエイスよ。行くがいい。だが儂は面子には拘らぬ主義よ。そなたがまた戻れるよう、そなたの名誉が傷つくような工作はせん。気が向けばまた戻って来るがいい。そして我が国に火急の危機あれば――そなたが駆けつけてくれる事に期待をさせてくれ。ああ返事はいい、儂が勝手に思っておるだけよ」
「陛下――ありがとうございます!」
理解ある主に仕える事が出来て、俺は恵まれていたのだと思う。
これからは俺の主は俺だけ――たった今そうなった。
自分以外に主がいない事――それはつまり、自由だという事だ。
そう、俺はもう自由なのだ。
面白い(面白そう)と感じて頂けたら、ブクマ・評価等で応援頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。