第86話 錬金術師の心得
庭に出た俺の目の前に立ち塞がるのは、黒い色をしたゴーレムだった。
金属とも、石ともつかない不思議な材質をしている。
そして体のあちこちに金色の細工が施されており、見た目は巨大な黒い騎士と言った所だ。
ただし、背の大きさは俺の倍はあるし、手足も体も人間の体型よりもず太く出来ている。
特に目を引くのが、右手の先が馬上槍の穂先のように鋭く尖っている点だ。
それがギュインギュインと音を立てて、高速回転しているのだ。
なかなか迫力のある見た目だ――こんなもので人間を攻撃すれば身体に風穴が開くこと請け合いだ。
確かにこれが街中で暴走したらとんでもない事になる。
そんなとんでもない代物を嬉々として俺にぶつけてくるのは如何なものか。
俺にならば、本当に何をしても大丈夫だと信じ切っているのだろうか――
それだけ俺の腕を買っているという事なのだろうが、この人達はやはり少々どうかしている気がする。
アルディラさんも苦笑いするわけだ。
「ハハハハハ! どうですエイス殿! これぞ我が切り札! 考え得る限り最強のゴーレムです!」
「……なかなかの迫力ですね」
「そうでしょうそうでしょう! 浮遊城ミリシアから出土した鎧兵士の装甲を利用した、とっておきのゴーレムですからな!」
と、イゴールさんが誇らしげに語る。
「浮遊城ミリシアにはそんなものが埋まっているんですね――初めて知りました」
俺は別の意味で感心する。古代の文明の遺産という事だろうか。
やはり話に聞くだけでなく、現地に来てみないと分からない事もあるものだ。
「まだまだ浮遊城ミリシアには謎が多いのです。今年の調査も楽しみですよ、新たなゴーレムの素材や強力な新兵器が出土しはしないかとね――!」
うんうん、とイゴールさんの他の錬金術師達も頷いていた。
「去年は立ち入り禁止だった中枢部に、今年は入れるといいですなあ」
「協会長達の調査では何もなかったと言っていたが――よく探せばきっと何かあるはずですぞ!」
「そうだそうだ、今年こそは浮遊城ミリシアの謎を……!」
浮遊城ミリシアは、毎年決まった時期にこのリードックの街の近郊にやって来て暫く停泊する。
その期間が終わると、また遥か高空に飛び去ってしまい、手が出せなくなってしまう。
「なるほど……」
「でもホントに強そう、あのゴーレム――あたしが作ったのよりずっと強そうだもん」
と、ユーリエが少々悔しそうにしていた。
「ううん、それ所か――ネルフィお姉ちゃんが作ってたのよりも強いかも知れないよ?」
リーリエがそう述べる。
俺は見ていないが、ネルフィがゴーレムを操って戦う所を見たというこの子が言うのなら、そうなのだろう。
「ええっ!? じゃああのおじさん、ネルフィさんよりも魔力が強いの?」
「そうなのかも――?」
「はっはははは! それは違うよ、お嬢さん達。私の魔力は弱いさ、ゴブリン一匹まともに倒せやしないだろうね!」
イゴールさんの発言に、子供達がええっっ!? と驚きの声を上げていた。
「つまり、自分の魔術で組み立てて操るゴーレムは本人の影響を強く受けるが魔素を蓄積しておくことのできる魔素槽を搭載する事により、術者の能力の問題を解決しているわけです! これならば、ゴーレムの能力は魔素槽の性能にかかって来る! 無論使っておるのは出力容量共に最高級の魔素槽ですな! とても高額です!」
「へぇ――そういうものがあるんだ。凄い――」
ユーリエが興味深そうに頷いている。
「ちょ、ちょっと良く分かんない……」
「同じく……」
リーリエとリコは首を捻っていた。
「あの――魔素槽ってどうやって作るんですか?」
ユーリエが手を挙げて質問していた。
イゴールさんは気をよくしたのか嬉しそうに頷いていた。
「おう、勉強熱心なお嬢さんだ! 魔素槽の作成には知啓と金の神アーリオストの魔術融合成が必要なんだ。それで必要な素材を混ぜ合わせるんだ。だが、一度出来てしまえば誰にでも使える! マジックアイテムの一種だからね。自分で魔素槽を作れなくても、買うなり貰うなりして調達すれば誰にでもゴーレムは作れるんだ!」
「わたしにも作れるの!?」
「私にも!?」
誰にでも作れるという所はリーリエとリコにも理解されたようだった。
「そうだよ。生まれ持った守護紋など関係ない! 魔術や技能などの特別な力を誰にでも使えるような便利な形に変えていくのが、錬金術というものだからね。世のため人のための学問なんだよ」
なるほど、だから錬金術師協会の運営する学校は守護紋に関わりなく誰でも入れるのかも知れないな。
魔素槽のようなものがあれば、別に自分が知啓と金の神アーリオストの魔術を扱わなくとも何かを作ることは出来る――と。
本当に基礎の基礎の分は魔術が必要になるが、その先は知識と工夫こそが重要であり、誰にでも門戸が開かれている――
そういった技術体系を目指している学問なのだ。錬金術というのは。
「へぇ――誰にでも平等で、いいですね」
ユーリエがふんふん、と頷いている。
かなり興味が深まったようだ。何にでも興味を持って深めていくのは、いい事である。
イゴールさんも変わった人かと思ったが、いざ真面目に話すとちゃんとしていそうであり、安心した。
「もっとも私は、強いゴーレムを作る事にしか興味は無いがね! 倫理や理念などどうでもいい! 力こそパワーだ!」
「「……」」
台無しだ。感心したものを――俺とユーリエは閉口せざるを得なかった。
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