第84話 エイスの料理法
それから数時間後――
俺達とヨシュア一家が借りる部屋を決め、部屋に荷物を運び込むと、俺は子供達と約束した食事の支度に取り掛かる事にした。
材料は既にアイリンが用意していたものが既にあったので、それを使わせてもらう事にする。
子供達が食べたいものはケーキにお魚が入ったサラダに地竜のお肉だそうだ。
ケーキとサラダの材料は用意済みのものでいいし、地竜の肉はこの間狩ったものがまだ残っている。
子供達もお腹が空いているだろうし、早く作ってあげないとな。
「さて――ではアイリン、エプロンを貸してくれ」
「あ、はい。あのう――ピンクしかありませんが、良かったですか?」
色はピンクで、可愛らしい動物の刺繍も入っている。アイリンの趣味だろうか?
「ああ何でも構わない」
俺は借りたエプロンを身に着け、台所に入る。
「あはははっ! エイスおじちゃん、可愛いね!」
リコが俺の姿を見て笑っていた。
「うん、かわいいー!」
「似合ってるよエイス君!」
リーリエとユーリエも気に入ってくれた様子だ。
「はははは。アクスベルの軍神と呼ばれた男にしちゃあ、ちょっと可愛すぎるわな」
ヨシュアは俺を眺めて苦笑いしていた。
「構わないさ。子供達のために着るものだ、騎士の鎧などよりも余程今の俺には相応しい」
「お前さんがそんなに前のめりだと、俺はちょっと困るんだけどなあ」
「? 何故だ?」
「いや、エイスさんがそんなに頑張ってるのに、お前は何もしないってステラに思われるからさぁ」
「なるほど――」
と俺が視線を送ると、ステラさんは柔らかく微笑んだ。
「そんな事は――少しは思っていますねえ」
「すみませんごめんなさい」
「まあ、人それぞれ習慣というものがあるからな。俺は子供の事から自分で料理をしていたから、やる方がが自然でな」
エイミ―姉さんと辺境のニニスで暮らしていた時は、基本的に姉さんが働きに出ていた。
俺は料理を作って姉さんの帰りを待っている事が多かった。それで自然と、自分で料理をする習慣が付いたのだ。
「では皆、暫く待っていてくれ。急いで支度をするから」
「エイスさん、私もお手伝いしますね」
「あ、私も手伝います――」
ステラさんとアイリンがそう言ってくれるが、俺は遠慮しておいた。
「いや、子供達もお腹を空かしていて、急ぐからな――ここは俺に任せてくれ。人手は足りているから」
「「?」」
ステラさんもアイリンも首を捻っていた。
「そんなに沢山台所に入れないし」
「エイス君の言う通り、休んでいて下さい」
と子供達が言うので、ステラさんもアイリンも座って見守る姿勢に戻る。
「では――」
コホン。と一つ咳払いし、俺は三人に分身した。
子供達を秘かに守らせている守護影と同じ原理だ。
剣神バリシエルの技能で生み出した分身に、闇の主神ゼノセドスの魔術で実体と力を与えたものである。
時間が無い時は人手を増やすのが一番である。
「始めるとしよう」
「「了解した」」
分身した俺の一人はケーキの生地を作るための卵を手に取る。
もう一人は魚や地竜の肉の下拵えに。
「なっ……分身が物を持てるのか……!?」
「ふ、増えましたね――!」
「す……凄い! 物を持てる分身なんて初めて見ました――!」
そんな感想を聞きながら、俺は包丁を握って野菜を刻むことにする。
急ぎなので、戦士の神フィールティの気装身や剣神バリシエルの神閃を発動して作業に臨む。
ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!
あっという間に野菜が千切りと化していく。
食事の量は七人前必要だ。それなりの量を刻まねばなるまい。
カカカカカカッ! タンタンタンッ! ドドドドドッ!
続いて輪切りや短冊切りやぶつ切りも。
サラダの他に野菜のスープも作るべく、別の野菜も切っておくのだ。
子供達が言った三品だけでは少々足りないので、もう少し足す必要があった。
「は、はええ……!」
「て、手の動きが見えません――!」
「こ、これがアクスベルの軍神の料理……!?」
ゴウッ! ゴゴウッ!
分身達がケーキと肉を焼くためそれぞれ炎を生み出して焼き始める。
竈を使うよりこちらの方が早いし、火加減を自由に調整できるため焼き上がりに失敗が少ないのである。
一方俺もサラダに入れるための魚を受け取り、炎を出して焼いた。
ゴウッ!
三人で同時に火を使えるので、大幅な時間短縮である。
普通にやれば竈の順番待ちになってしまう。
「はははは……何だこりゃ、何見せられてるんだ俺達は――」
三つの炎を見て、ヨシュアが冷や汗を垂らしていた。
焼き上がると、分身の一人にスープの続きを任せ、もう一人はパンを焼くために生地を作り始める。
それを横目で眺めつつ、本体の俺は焼き上がった魚から小骨を抜く作業に移った。
子供達が骨を喉にひっかけては大変だ。この作業は念入りに――な。
シャシャシャシャシャシャシャシャッ!
「は、早過ぎて手の動きが見えないのはもう普通ですね……!」
小骨を抜き終えた魚の身をほぐして、野菜と一緒に盛り付けてサラダは完成である。
ケーキや地竜の肉の盛り付けもそのまま俺が担当する。
そうしているうちにまた二体の分身が炎を上げ、スープを仕上げてパンも焼き上がる。
「さぁ――待たせたな、出来上がったぞ」
「いやそんなに待ってねえけどさ――」
「これでは確かに、私達が手伝った方が邪魔になってしまいましたね……」
「い、いいものを見させて頂きました!」
「少々急いだ。騒がしくして済まなかった」
「ねえねえエイスおじちゃん、もう食べていい!?」
「ああ構わないぞ」
「「「いただきまーす!」」」
子供達が嬉しそうに声を上げる。
「「「わぁ! おいしー♪」」」
その笑顔が何よりの俺への報酬である。
これで元気をつけて、学校への編入試験を頑張って貰いたいものである。
俺は自分でも、自分の料理を一口食べた。
――悪くない出来だ。
久しぶりだが、俺の料理の腕もまだまだ錆び付いてはいないようだ。
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