第83話 料理の腕
「こちらが私達の屋敷です。どうかごゆっくりして行って下さいね」
アイリンが指差したのは、錬金術師協会や商店がある大通りから少し離れた場所に位置する古びた屋敷だった。
建物は古ぼけているが、庭はきちんと手入れされており広さもそれなりにある。
アイリンとアルディラさんはここに二人で暮らしているそうだが、二人で使うにしては少々大き過ぎる屋敷と庭だ。
それを言えば俺達が住んでいた王都アークスの屋敷はこの数倍は大きかったが、その分やはり多くの人手が必要だった。
そこらの事は全てマルチナさんが上手く取り仕切ってくれていたから、任せきりだったが――
今でもマルチナさんは俺達の屋敷を守っていてくれるのだろう。
目的地にも着いた事だし、今日明日にでも魔法の文箱を使って近況報告をしておこうかと思う。
「おおでかい屋敷じゃねえの。いやー悪いなあ、タダで泊めて貰っちまってさ。懐が寂しかったから助かるぜ」
「本当にありがとうございます」
ヨシュアとステラさんが、アイリンにお礼を言っていた。
「済まないな。世話になる」
俺に続いて、リコも含め子供達が声を揃える。
「「「ありがとうございまーす!」」」
アイリンはそれを聞くと自然と笑顔になっていた。
「ふふふ。賑やかになりそうね。私もお婆様も嬉しいです」
俺達は錬金術師協会で『浮遊城ミリシア』観光の手続きと、学校への編入試験の申し込みを済ませると、ここにやって来ていた。
アイリンとアルディラさんが屋敷の部屋が空いているので暫く使ってくれて構わないと申し出てくれたのだ。
別に宿を取って長期滞在してもよかったのだが、ヨシュア達は宿代が浮いて助かると喜んでいたし、リーリエとユーリエもリコと一緒に遊べるので行きたいと望んだので、お言葉に甘える事にした。
俺達三人にヨシュアの家族も三人、更にアイリンとアルディラさんの二人で系八人。確かに賑やかになりそうだ。
「わお~♪ 庭ひろーい! これは隠れがいがありそうね! ねえねえリーリエ、ユーリエ! 後でかくれんぼしよ~!」
ビュービューが牽く幌馬車が屋敷の門をくぐると、庭を目にしたリコが興奮していた。
「こらリコ。お前試験は明後日なんだぞ。今さら大して変わらんだろうが、ちょっとくらい試験に備えて勉強しとけよな」
「逆に言うと――今さらちょっと勉強しても変わらないんだから、やる意味無いし遊んでてもよしとも言えるわね!」
「こら! お前ってヤツは誰に似たんだよホントに――」
ぺしり、とヨシュアがリコの頭を軽くはたいた。
「きっとヨシュアだと思いますよ? 明るくてお調子者ですからね」
にこにことしながら、ステラさんが述べていた。
「ふふっ! パパが私だったら同じ事を言うのよ、きっと! だから私は遊ぶわ!」
「あはは――わたしもリコちゃんに賛成かなぁ……」
「「ダメ。結果はどうあれ、努力する姿勢が大事なのよ」」
ユーリエとステラさんの台詞が完全に一致していた。
「あら? ふふふ、ユーリエちゃんはしっかりしてるわねえ」
「……俺もユーリエとステラさんに賛成だ。勉強もやってみれば楽しめるさ」
「「ええー……」」
不満顔のリーリエとリコである。
「あ、エイスさん。馬車はあちらに停めて頂けますか」
「ああ分かった」
庭の隅に小ぢんまりとした厩舎があった。
今は使われていないらしく、空になっていた。
ビュービューには少々狭いだろうが、野ざらしよりはいいだろう。
この街までの旅路も頑張って貰ったことだし、暫くは休んでもらうとしよう。
「さあどうぞ、こちらに――」
馬車から降りた俺達は、アイリンに誘われて屋敷の中に足を踏み入れた。
古びた建物だが中はきっちりと手入れがされており、ある種の趣がある。
いるだけで落ち着けるような、そんな安心感がある。
玄関から入った正面は大きな広間になっており、そこに上へ続く階段がある。
広間から奥に続く大きめの扉と、地下室への階段も見えた。
「この奥が台所になっているんです。客間は二階と三階で、地下は食料の貯蔵庫と研究室があります。部屋は沢山空いていますから、二階でも三階でも好きな所をどうぞ。三階には屋根裏部屋もありますよ。あと書庫は二階ですね」
「おお屋根裏ー! いいないいな! 私屋根裏がいい! 三階三階!」
「こらこらお前が勝手に決めるな。リーリエちゃんやユーリエちゃんも屋根裏がいいかも知れんだろ」
「わたし達は屋根裏じゃなくていいよね? ね、ユーリエ?」
「うん」
書庫と同じ階がいいからだろう。リーリエはユーリエの事をよく分かっている。
こういう小さな所にこの子達の絆が見て取れて、俺は微笑ましい。
「じゃあ部屋は決まりですね。それで、こちらが台所ですね」
と、広間から奥へと続く扉をアイリンが空ける。
そこには窓からの柔らかな陽光に包まれた台所の様子が見える。
かなり広いのだが、置いてある食卓は小さめで、数人用程度だ。
二人でこの屋敷を使っているのだから、それほど大きなものは要らないという事だ。
「このテーブルでは、全員分には少し小さいですね。後で物置からもう一つテーブルを出してこないと……」
「ではそれは俺に任せて貰おう。力仕事くらいはやってみせないとな」
「ありがとうございます。お願いしますね」
「ああ。しかし、台所があるのは久しぶりだな――せっかくだから何か作らせてもらうとするか。二人が学校に通うなら、お弁当も必要になるしな」
「うん? エイスお前料理できるのか?」
「無論だ。でなければこの子達と俺しかいない時に困るだろう? そんな事は許されん」
「ま、まあ……そうなんだが。旅先でちょっと肉焼いたりそのくらいかなと――」
「少し意外ですね……」
「本当に――世界でも随一の、最強の騎士だって誰もが知っている人なのに……」
「それ以前の話だ。人の親を努めようという以上、子供のために食事を作るのは当然だろう? そこに騎士だの何だのは関係がない。二人とも、何か食べたいものはあるか?」
「ケーキ!」
「お魚が入ったサラダ!」
「地竜のお肉!」
リーリエとユーリエに続いて、リコまでしっかり希望を述べていた。
「ああ分かった。しっかり食べて、しっかり勉強をして試験を頑張ってくれ」
子供達の試験の力になるならば、いつもより作り甲斐があると言うものだ。
俺は三人の頭を順番に撫でた。
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